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isu
イス
2022/1/12 20:48 [3]
(どの廃墟にも、椅子がある。まるで何かの目印のように、まるで君を待ち構えていたように。ひょっとしたら、「なんでこんな道端に?」なんて思うこともあるかもしれないし、その場にまるで不似合いな椅子が、ぽつねんとそこに残されているのを見つけることだって、あるかもしれない。例えば潮風にすっかりニスのハゲた、砂浜にたたずむピアノの椅子や。湖のほとりで足を氷漬けにされたダイナーのスツール。朽ちたモーテルのど真ん中に運び込まれた、ハイスクール用のテーブル付きの椅子や、路地を曲がった所にでんと置いてある角のほつれた立派なアームチェア。それらは一体、どこからやってきたのだろう。どんな道のりと人間の手を経てそこに行き着き、そして置き去りにされたのか。それらに出会った人があれば、「どうしてこんな所に、こんなオンボロ椅子が?」なんて思うかもしれない。けれどこの世界にたったひとりだけ、“なぜ”を知っている女の子がいる。そこで腰掛けたい人がいたから、椅子があるんだってことを。椅子一脚につき、一人分。人間のあとかたが座っていることを。それは決して、目には見えないけれど。)

(ぽつんと残されたアルミ製のシートの表面には、薄らと雪。開け放たれたホテルの扉の暗がりの中には、埃が積もったゴブラン織りの猫足の椅子。どこかのおうちのかさかさの絨毯の上には、紫色のプラスチックのベビーチェア。今も誰かを待っているL字のソファも、夏を待ってる折り畳み椅子も。思い出はやがておぼろげになり、消えてしまうとしても。忘れてしまっても大丈夫。少なくともしばらくの間は、ぬけがら達はそこにいつづけるのだから。見たらきっと、思い出す。)──やあ、見つかってしまった。どんなにうまく隠れたって、君はいつでも見つけてしまうんだな。(そんな風に声を掛ける、思い出たちを。)

***

(僕は、君にもう一つ、嘘をついていたかもしれない。椅子である僕は、一度も寒がったりはしなかった。どんなに寒い図書館でも、どんなに雪降る道のりでも。寒がったり暑がったりする椅子なんて、おかしいだろう?……けど、本当は分かってた。僕に腰掛けた、君の温もりを。実態のない体で受け止めていた、君の重さを。レディにそんなことを打ち明けるのは、失礼だからね。いつも知らんふりをするので、一生懸命だった……ついぞ君には、打ち明けないままだろうけれど。──ああ、君のいのちの、どんなに温かかったことか!)
2022/1/12 20:48 [3]
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