(すととん、すととん、とリズミカルに回る回し車の音は明け方じわじわペースを落とす。窓辺に置かれたアクリル製の本宅は真夜中の静謐な空気の中適度な広さで毛玉を守っていた。太陽が登り切る頃に足を止め、名残でゆらゆら揺れる回し車から降りもしないで軽く毛繕い。その内起きてくるのは奥方だ。おはようえんじゅ、とやわらかにかけられる挨拶に)おはよう奥方、いい朝だね(と鼻粒をひくひくさせながら返す。その後は敷地のへりに佇んで朝の支度を始める奥方を眺め、今日はお友達とお茶をするの、とかの楽しみな予定の話や、息子がどうにも心配で、とかのご子息についての愚痴のような懸念のような話を聞いて過ごす。じゅうじゅうと心地よい音を立てて焼けていくハムエッグ、こんがり良い香りを放つトーストにはお好みでジャムとバター、しゃきしゃきに鮮やかなサラダはりんごが乗っている。最近あの人咳をするから、とコーヒーの代わりに用意されたのは蜂蜜湯。材料の在庫次第で変動する朝食メニュー、本日は比較的オーソドックス。そうしてこの家の主で、毛玉の友である男がルーティン通りに起き出して、やがて綺麗に身支度を整えてダイニングに現れる)おはようクリフォード、今日のご飯は何かな(アクリルの一面に取り付けられた金網の扉部分でそわそわ待っていれば、友がそこを開けて手のひらを差し出してくれる。迷わず乗っかって、連れていかれるのは食卓だ。奥方が縫ってくれた小さな敷物、友が用意してくれた小さなマグカップや器。えんじゅも飲みにくいでしょうに、と奥方は苦笑するけど気にしない。逆に絵本のように両手に持って、とは行かないのが申し訳ないところだ。その毛玉用の小さな食器に盛られるのは柔らかな食パン、裂かれたキャベツ、つやつやのアーモンド、瑞々しいりんご、そしてぷりぷりのひまわりの種。仕上げにマグカップに蜂蜜湯を注いでもらえれば、二人と一匹の朝食が整った。『いただきます』はきっと同時だ。勢いよく齧られるあれこれ、こぼれるパンくずもひまわりの種の殻もぽろぽろと足元に落ちて行く)今日もいい天気だね、クリフォード。畑に行くのかい?それともデスクワークかな。買い物に行くならそろそろ僕の家の巣材を買い足して欲しいところだよ。そういえば君、奥方が洗剤を買わなくちゃ、と言っていたよ(他愛のない会話。ひまわりの種は全部食べたいところだけど、りんごもある事だし残りは頬袋に詰めてお弁当にしようか。毛玉は望まれる限りどこへだってついて行く。だって、僕たちは最高の相棒だからね)
(いつも何を喋っているのかしら。羨ましいわ、と奥方が笑っている)
2022/1/15 22:03 [7]