(爆風で剥き出しになり、灼熱に溶けてねじ曲がった鉄筋を物干しとする。今さら皺を気にする者もないのでろくに伸ばしもせず引っ掛けた。黒旗が風にはためいて。)ぃ っきし。…………ぁー。(住所不定の旅暮らしを始めて三年と少し。速く多く進むことを目的とはしていないこともあってか、時折ゴミの山から掬い取る活字を見るに、広大な母国をまだ出ていないようだ。どうやらこの国には夏がなくなってしまった。終わりない曇天に見えている上空、そしておそらく大気中にも舞っている灰らしきものが原因で、ずうっと薄ら肌寒く、喉にいがらっぽさがある。おかげで汗かくことも少なく、着替えは二、三日に一度。汚くなればそこらの亡骸から適当に追い剥ぐことがままだが、ここら一帯がひときわ破壊し尽くされているからか、このところ手ごろな衣服が見つかりにくい。替えが貴重になってきたので、面倒臭がりながら前のを捨てずに洗濯した次第。しもやけになりそうな手を自然乾燥させるべく振る。)たまにゃおまえのカバーも洗ってやろうか。(一喜一憂さえ許されず変わり映えない天気では、固く絞った化繊でも乾くのにうんと時間がかかる。分類上は完全に全壊したビルの、かろうじて天井と壁とが残る一角に引っ込めば、荷物の上に放ったらかしていた無限暇つぶし要員に声をかける。)メシが出てこない話がいいな。今夜も変色した豆の缶詰だ。(その声を初めて聞いたのはたしか、二年ほど前のとりわけ寒さ厳しい夜。)
2021/12/12 00:07 [33]
ゾッキ
2021/12/12 01:37 [38]
(私を深い深い眠りの縁からムンズと引きずりあげたのは、……シイィ──ン……といった、物寂しい音であった。凝然としたままの、私の、所謂耳にあたるであろう器官が捉えたその……シイィ──ン……という音は、草臥れた空気の、干からびた地面の、花咲かぬ草木の、凍える音だった。動じぬ眼をかっぴらき辺りを見渡した私の前に、ニョキッと顔を覗かせた彼はその直前、瓦礫を掻き分けていたのではなかったか……あれは確か、この姿を見るや否や、ほんのりとうれしそうな面持ちを浮かべたのではなかったか……そして私が第一声に張り上げた「よう、ともだち」は、なんとも場違いに響いたのではなかったか……。二年の歳月は彼ばかりを死に近づけ、私は日毎表情を変えながら、あるでもない生を賜り続けた。)オヤ。風邪かい? だらしがないなア、人間の病は気からだとドコかに書いてあったと思ったが……。(すっかり乾燥してしまった世界は、湿気にメッポウ弱い――そんな気がする私の身には、その点ではすこぶる優しかったが、ドコ迄もドコ迄も粉塵灰燼にまみれた大気は、本来艶やかであるべき肌を翳ませも、亦、彼の喉をひたすらに刺激しもした。いくら少ないといえ幾日もすれば汗をかき、皮脂を浮かせ、ただ寝転んでいるだけでも薄汚れてゆく人間の、なんと面倒なこと……彼は辛うじて生きた水脈を探し出しつつ、汚れた衣服をコスリコスリ慰めつつ、人間としての最低限の生活を維持すべく奔走しているのである。私はかつてこの辺りにも生息していたとされる蛙みたように、ゲエッと声に出し、それから定位置たる『最低限ノ生活維持用品』らの上で……カタカタカタ……と水を恐れ震え、意を決し、出来得る限りの諧謔を弄して「やさァしく洗っておくれよ」としな垂れかかる女みた声を絞り絞りあげた。それも、ペラリとカバー袖を片側めくりあげて……。)ふうむ。それなら『注文の多い料理店』はどうだろう。メシは狩れぬし、挙句、最終的にメシになって逃げるという話さ。ハハハ。それ、その豆に逃げられる前に食った食った。(少なくともここ数ヶ月のところ、彼がマトモな食事にありつく姿を見た記憶がなかった。変色した豆の缶詰……マシなところで言えば乾パンに角砂糖……私の存在しない鼻をもヒン曲げるような発酵食品……。湿気りに湿気りを重ねたポテトチップスのりしおを見つけたのは、何時ゾヤのことであったか……断固として、この身に触れさせなかった過去を思い出し思い出し、ふん、ふん、と頷くかわりに、表紙をパタパタ揺らした。)
2021/12/12 01:37 [38]
たまには医学書にでも化けろよ、文系。(何せド文系の妄想が凝固したものだから非科学的な皮肉を言うのだろうかと考えもするが、それにしちゃあ自分の知らない知識を教わることもある気がするしで不思議なものだ。すっかり忘れて自力で引っぱり出せるところにはない知識が脳みその奥にこびりついているということかもしれないし、もっとうんと非科学的な事情があるのかも。それこそ缶詰の側面の成分表だとか、もはや何の用も足さなくなった道端の案内板みたいなものですら有難がって目が追う活字中毒者には、全くもって稀有な拾いものだった。本の形をしたものに乱暴を働くことは人にするより罪深いので、踏みつけにしたことはおろか放り投げたこともない。ドッグイヤーと読みかけを開いたまま伏せて置くのは辞さない派にせよ、だからざぶざぶ洗うのも論外だ。「気色わりぃ」と舞台上の女優めいた豊かな表現力を横目にすげ無く断じる。)今なら誓って山猫に感情移入できるね。牛乳クリームを塗りたくるシーンで涎が出るぜ。もっと食欲が失せるようなのがあんだろ。猫は猫でもポーの黒猫とか。(内容がどうあれ、そそられる物語さえ始まってしまえば食事も二の次にするのを友は知っているだろう。それでも壁を背にして腰を下ろすと、寿命の近いレギュレーターストーブに火を点ける。賞味期限の印字は掠れて読めない豆の水煮缶を開けて上に直置き。貴重な甜麺醤をせせこましくほんのちょっぴり乗せてふつふつ言い出すのを待つ。火さえ通せばだいたい何でも安心だし、味さえすればだいたい何でもうまい。)手の潤いが死んだ。自動で捲れてくれ。(主体性の強い一冊における愛すべき機能のひとつだ。本来ページを捲るという行為自体を愛しているが、気候や洗濯のせい以上におそらく加齢のせいで指先が乾いて乾いて。いちいち唾をなすりつけられるのは友も望むところではないだろうし、しなしなのポテトチップが纏う青海苔込みの油ならますます。ちり紙もないのでいい歳して鼻を啜ってばかりいる。豆を煮る火の暖で少しは治まるといいのだが。)
2021/12/12 13:41 [50]
ゾッキ
2021/12/12 23:03 [60]
(物語というものは数多星の数ほど存在するが、私はその全てにネットワークを張り巡らし、密接に関係しているのではない。ドウモ彼の生涯に──いまや星の屑と朽ち果てた累々の人人と同じく、十月十日我が物顔で陣取った、母親の腹からオギャアと生まれたに違いない彼が、人並みか否か小中高大と学を修め、どのようにかしてこの天変地妖より先に、強固な牢へとブチ込まれる迄の生涯に──例えば国語の教科書に載っており……書店に平積みされており……ドラマ化され映画化されアニメ化されており……電車の宙吊り広告、街頭掲示板、そのような一見して何んでもないような引っ掛かりが、記憶として蓄積され、私に反映されいる様なのだ……。故に、私が医学書に化けられぬのはサイズ感の問題のみならず、彼が文系から抜け出さぬうちには、そこには無量無辺の問題があり、「アレッ」カカと笑うたび、まるで風に煽られでもしたように……ハサッ……と小口を波立たせるのであった。)オヤ。あれで食欲が失せるときたか。かわりに酒が飲みたくなっても知らないよ。アルコールだ何だは暫くお目にかかれていないからナ。(人っ子一人みえぬ天変地妖に、火は貴重な財源だ。度数の高いモノならば飲用のみならず、私を照らす灯りとして、細々使われることもあったのではあるまいか……。他でもない彼の虚妄のカタマリである私に、声がある理由……目や耳や鼻と遜色なく働く五感がある理由……そこまでのことが許されながら、ヒトでなかったことに、何か理由はあるのかしらん……などと思い思い、彼がこよなく愛する『文字』を、ブルブルブルウッと震えながら、この身に浮かべて言った。)ムフフ。いいとも。勝手に捲れるのはスキさ。何なら読み聞かせてやろうか。ン、ン、どれ、『プルートォ──というのがその猫の名であった──は私の気に入りであり、遊び仲間であった。食物をやるのはいつも』──……ところでプルートォというのは冥府の王の名らしい。(現代……彼以外の人間も生息していた最新の時代にしてみれば、幾らも古めかしかった青年の声は、物語を語り聞かせる数秒だけスゥ……と壮年風の声色へ、然るにマメ知識の披露には元通りと相成った。新品でありながら、不良在庫として一山いくらの捨て値で売られる、ゾッキ本である私には、天地に引かれたマーカーという何よりの証があった。豆の缶からはクツクツと煮詰まる音がした。)どうだい、ともだち。ここいらで私に名前をつけるというのは?
2021/12/12 23:03 [60]
(世界には人を殺しでもしない限り死刑にならない国や、そもそもあらゆる罪を死で裁かない国もあったらしいが、母国は極刑の適用範囲をわりあい広く設定していた。俺も若いころはやんちゃをしてと得意げに語り聞かせる趣味もないので、何をどうしてぶち込まれたと話したこともなかったが。)ああ……贅沢言わずに拾っとくんだったよな。あの、工場跡で見つけた。(語り草にするのはひと月ほど前に数日滞在した上等の宿。消毒用エタノールと書かれたポリタンクの山を前に、飲めるの飲めないのと議論を交わしたのはまだ記憶に新しい。「酒か。酒ね……」つぶやく声音は雲行き怪しく、俄かに恋しさを募らせた。ほんの少しのウイスキーでもあれば指先までぽかぽか温まるに違いないのだ。)…………なんだよ、すぐ脇道に逸れやがって。(声音から使い分ける朗読劇の中断に文句を唱える唇は薄く笑っている。目ならば時間を忘れて酷使できるが、耳のほうの集中力は今ひとつ続かないのは彼も知ってのことだろう。)何だってハーデスからそんなに響きが変わっちまったんだろうな。ゼウスもユピテルだろ? 何にせよ犬だの猫だのに物々しいのをつけるもんだ。(ベロの長い垂れ耳の黄色い犬もそんな名前じゃなかったか。残念ながら水しか入っていないスキットルと、何を食うにも使っている先割れスプーンを荷物のポケットから取り出しながら)おまえ、名前なんかほしいのか。そのうち目鼻がついて手足が生えてきそうだな。(どう贔屓目に見ても無生物であるところの姿をしげしげ眺める。その見た目だからこそ余計に人間臭さが際立つのかもしれない。)書名らしいのと人名らしいのとどっちがいいんだ。兼ね備えてハムレットって手もあるか。シェイクスピアしか読ませなくなったら嫌だな……(与えられたお題にすぐには結論を出そうとせずに、ああでもないこうでもないをしたがるのは暇人の特徴だ。金属のスプーンの先をちょんと豆の煮汁に浸けてから、行儀悪く自らの唇へ押し当てるとまだ生ぬるかった。)
2021/12/13 19:39 [72]
ゾッキ
2021/12/15 01:22 [92]
(消毒用エタノールの飲めるだの飲めないだのといった論議の終着点は、今や昔と成り果てた時代、救急搬送された例がチョットやソットではない数あった、というドチラかの……といっても私も彼の妄想の産物である以上は、詰まるところ彼一人の……記憶により、別れを惜しむこととなった。消費者一人の世界とはいえ、生産者の居ぬ世界だ。いずれ万事枯渇するのは目に見えていよう……。)戻ってみるかい? だけどヤッパリ飲めたものじゃないと思うがなあ。酒蔵を探してみるのもアリか。ナニ、時間なら捨てるほどあるだろう。(屋根があり、雨風を凌げ、暖を取れる屋内はそれだけで三ツ星ホテルである。それも鉄筋混凝土造でさえ粉塵を立てて崩壊し、瓦礫が大半を占めるこの殺風景な地球上に、酒蔵だのワイナリーだのが、ソックリそのまま現存しているなど泡のような夢に違いない。サテ、鼻をスンスン、奥付をパタパタし、揚々と語り聞かせる気も満々の私だったが、このように思いついた話にヒョッと移動してしまうことは、これまでにも何度となくあった。)ソリャアお国が違えば名前だって違ってくるものだ。静というのも海を越えればセイやらシズカになるそうじゃないか。ふうむ……国が違えば、ともだち、君はシズカちゃんだったわけだ……アハアハアハ。(もしも人型を保っていれば、人差し指と親指とで腮先をコスリコスリしていたのではあるまいか……と思わせる、そんな声色で言った。いずれにしても、犬猫につける名前として、冥界の王は如何にも物々しいという点において、否定の余地は見当たらない。何の気なしにパタンッと表紙を閉じ……かと思えばツイ今しがた開いていたページをパサッと広げ……私なりの照れ隠しは、生娘みたようにモジモジと身体を捩り、二往復と半繰り返された。)名付けてこそ愛着が湧くというものだろう、シズカちゃん。私は今愛着が湧いた。 なに、ハムレットだって? そりゃあ大層な名前だ。マクベスもいいな。コホン。エー……『フェア・イズ・ファゥル、ファゥル・イズ・フェア』……。(きれいは汚い、汚いはきれい……而して、人っ子一人見えぬこの景色の、哀れさ、そして儚さを、綺麗と感じるか汚いと感じるかは、個人の尺度によるといえ、少なくない懊悩を齎すものである。)
2021/12/15 01:22 [92]
(行ったって戻ったっていい。それこそが本当の自由というものだろうが、未踏の土ばかりおよそ限りなくあって、それを踏み得るのが自分だけとなれば、引き返すのはどうも貧乏性が許さなかった。いつか奇跡的に無事の酒樽が見つかったなら風呂にして浸かってやろう。)何だそりゃ、からかってるつもり? でもそうだな、言葉ってのは本当にややこしい。Quiet Pleaseを言いたくて、静静請看って訳した国もあるらしいぜ。(女子ども扱いらしき響きに軽く眉を顰める。又聞きの誤訳の意味するところはそれこそ静ちゃん、どうぞご覧ください≠セ。剥き出しのコンクリート─それも決して真っ平ではなくごつごつと荒くれている─は毎度ながらに尻から体温を奪う。横着してそのまま座り込んでは、ややあってやっぱり厳しいとくたくたのブルゾンを下に敷き直すいつもの愚行。そして)読み替えただけで名付け親面かい。本より誠実なもんはないと思って生きてきたのに、何だっておまえときたらそんなに胡散臭ぇんだろう。愛されたいってか。いじらしいね。(ようやく間違いなく真ん中までぐつぐつ言い出した缶の中身をかき混ぜ、ふーふーとやらずにいきなり口へ運んで「熱」と舌を出すところまでお決まりの流れだ。しばらくは豆が暖房がわりになるので火を消してケチる。そんないじましい貧乏人でも幸い懐に愛情はあった。)……どうせだからありものじゃないタイトルをやるよ。世界に物語は五百億とあるし、そりゃあどっかじゃ既出だろうが。…………憂炎……紙に火は縁起が悪いか。雲嵐……雨は雨でなあ。(どれだけ物語を愛せど、自らこねて丸めて世に送り出すことは終ぞなかった頭である。ゲン担ぎという極めて凡庸な消去法で、浮かんだ名前をぶつぶつ引っ込めるのを繰り返した後)…………宇航か、睿。 どっちがいい?広い宇宙に漕ぎ出したいか、物事の本質を見つめたいかだ。(響きとしてはユーハンかルイ。どちらも彼の気に入るとは限らないが、選ばせる程度に自分では甲乙つけがたい。)
2021/12/15 13:05 [96]
ゾッキ
2021/12/17 00:52 [114]
(ホウ……と興味深い誤訳に唸っているうちに、私の身体は……ズズ──ッ……と定位置から三センチほど横に辷りズレたのだが、これは私の下に敷かれていた布っキレやナンヤが、辛うじて残されていた混凝土の壁も虚しく、風に煽られたためであった。)諧謔を弄してみたつもりだが気に食わなかったかい。見世物パンダ扱いしたわけじゃナイことは……イヤナニ、ここは観客の無い動物園だがね……。ところで動物園のパンダってのはドウシテ音を重ねる名前になるんだろうなア。(音を繰り返すことによって、『かわいい子』というニュアンスを付与するとは、どこから得た情報であったかしらん……。大気中に蔓延する灰燼みたようなもののために、終わりなき曇天の寒々しい空の下では、ハタシテ今が朝昼晩のどれに当たるのか、僅かの機微より察する他なく、今とてこの豆は何メシになるのだろうと思い思い、くたくたのブルゾンを見つめるともなく見つめるのであった。)エエッ。失敬な! 私ほどともだち想いな存在もあるまいよ。ホレ、似た者同士集まると言うだろう。(私を胡散臭いというならば、彼も亦胡散臭いのであり、私がともだち想いであるように、彼も亦ともだち想いなのである……というのは私の、「名前が欲しいよオ」といった切々の情を見聞して、ゾンザイに扱わぬところからも判然る。拝名の儀に向け、チョット居住居を正した私は、……火……雨……と彼の言葉をタドタドとした音調でなぞった。ホウと感嘆の溜息を吐いたのは、それよりすぐのことである。)ヤッ……驚いた……確かに私の知識欲は広い宇宙のごとく……いかにもかしこい……。(これは人生……ならぬ本生で、一番に悩んだのではあるまいか……。ユーハンが良いか……ルイも捨てがたいぞ……と優柔不断をきわめつつあった私に、選択のキッカケを与えたのは、つい今サッキ話題にあがったばかりの、愛玩動物であった。)──ヨシ決まったぞ。睿だ。睿睿請看だ。どうだい、いい名前だろう……名付けで魂が宿るとはよく言ったものだよ、力が漲ってくるようだ。フフフフ……ここに新生、睿さまア──のォ、おなあア──りィ──とな。(歌うようにご機嫌でパタパタパタと表紙を跳ねさせた拍子に、ベロンとカバー袖が外れ、嬉恥ずかしと小さな咳嗽をした。今なら空だって飛べそうである。)
2021/12/17 00:52 [114]
似た者だとはこれっぽっちも思わねぇけど、おまえが友だち想いなのはそうだろうよ。(そりゃあそうだ、己の渇望に応えて姿を現したものを自分想いでなくて何と言おう。友だち甲斐の塊である。)それに報いてやろうって気持ちくらいはあるさ、俺にもね。(結局のところ一から十までひとり遊びだと思えば絵に描いた餅を食うような気分にもなるが、近ごろではむなしさもずいぶんと麻痺気味だ。何と言っても目の前の本ときたら、並大抵の生き物より生き生きと表情豊かなので。その辺りも似た者同士とは到底認めにくい所以。どちらかと言えば良い意味で悩ましがっているらしい様子は、手のひらサイズのミニマルな食事の悪くないおかずだった。よく噛んで食べでを出そうにも柔らかすぎる煮豆をなるべくゆっくり消費するには、見るものと話し相手があった方がいい。)よう、睿。るいるいじゃあパンダってより死屍累累の響きだけどな、気に入ったんなら何よりだ。なあに、礼は要らねぇよ。ひとたび本として名前を授かったからには、そのうち誰が書いたんでもないお前だけのお話を読ませてくれるんだろ。(命名料はそれで結構とばかり、自分自身でも作れた試しのないものを己の妄想の産物にねだる。顔面も手足の有無も全く問題にしない歓喜の立ち回りひとつ取っても、演出家が裏についていると言われればあっさり信じられよう役者ぶりだから、才能にはよほど事欠かなそうだ。)……ああ、やっと小指の先に間隔が戻ってきた。ちょっと登ってみるか、なあ睿。ジェンガの後半戦みたいな有様だが、今さらひと一人分の重心移動くらいで崩れたりしないだろ。(粗末な飯でも飯は飯。偉大なもので、あとはもう丸まって本でも読みながら元気が湧いてくるのを待つしかないというくらいに擦り減っていた気力体力が、少し探索してみるかという気を起こさせるレベルには回復してきた。瓦礫の山が圧倒的非バリアフリーのスロープを作り、地続きに進入できてしまったが、外から一見して察した限り今いるのは地上3階。1階は完全に水没しており、やろうと思えば穴ぼこの開いた上階の床から釣り糸を垂らせそうな具合だ。そしてここよりまだ上がある。屋内階段は潰れて行き止まりだけれど、ほとんど失われた壁の向こうに危なっかしげな非常階段が見える。空き缶を瓦礫にカロンと投げ込んで、友を片手に歩き出そう。)
2021/12/18 13:08 [132]
ゾッキ
2021/12/20 02:00 [153]
(今に、サアサ寄った寄ったと見えぬ観客を寄集め、チャカポコチャカポコと出囃子のかき鳴らしそうなほど、拝名の喜びに打ち震えていた私であった。死屍累累の光景も、過去にはあったのだろう……私が彼によって生み出され、瓦礫の下からヒョイと見つけ出され、「よう、ともだち」の産声を上げた時には最早すでに、そういったような影は無くなっていたけれども……。当時から、私の嗅覚に引っ掛かるのは、彼のナニか霊的みたような香と、粉っぽい乾いた空気のにおいだけだったので……。他は食事時の、その時々の、今ならクッタクタに煮詰められた豆のにおいなので……。)ム。だがジンジンよりは強そうだぞ……。いやいや礼は言わせておくれ、私だけの物語を読ませてやるのはモチロンだがね。舞台は廃頽し荒廃した世界、相棒とふたりで旅をする男が主人公のSF超大作なんてどうだろう。(アハハ、アハ、笑い声はいつになく陽気に響いた。──彼との旅は、当然、足の無い私を彼が引っ掴む形で行われる。書籍の類にメッポウ優しい彼故、他の荷物に挟まれることはあっても、生乾きの衣類などに包まれることは無かったであろう。そのつもりになれば、彼が私から目を離し、アチラへ視線をやったその瞬間に、私もアチラに現れる……みたような、所謂瞬間移動の如き神業をご覧じることも出来るのだが、亦そのようにすれば彼の補助なしに移動出来るのだが、私は私で甘んじて揺さぶられつつ、どの様な状態でも話し相手になりつつ……。)アンマリ叩くと崩れそうな石橋ばかりだからなア……うっかり落とさないでくれよ、ともだち。(元は輝かしい銀色であっただろう非常階段も、風化して赤茶けた錆が一面蔽っており、如何にも危なっかしい有様だ。踏み抜けば最後……という恐怖で思わずブルリブルリと身震いしたが、それにつけても更なる上階への期待は高まるばかり。)そもそもここは何んの建物だったんだろう……病院か……ホテルか……将又パチ屋か……。マンションか……金庫のひとつでもあるといいなあ。(今更金目の物に価値など無いが、薬の類は非常に希少価値が高く、この世界になってシミジミと金庫の有能性を感じたのは、一度や二度ではない……。彼が歩めば足音はザクザク、一人分だけの足跡が後ろへと伸びた。)
2021/12/20 02:00 [153]
こちとら可憐なシズカちゃんよ。(逞しくあろうはずもないと素面で真顔の悪ふざけ。他の荷物に挟まって曲がったり歪んだりしないように、すぐ取り出すときは一番上、険しく長い道を歩こうという時は全部の下に大事にしまっている友だ。息苦しさや窮屈さというものを感じるのなら後者の場合は相応だったかもしれない。その間は姿を消していればいいだけの話かもしれないし、そも自分が目を離しているあいだかれが存在しているのかどうかだってわかりゃしないが。)超大作にはそろそろ山場も必要だろうぜ。中空からあわやでっけえ水たまりにポチャン……と思いきや、寸でのところでバサァッと広がったページが瞬きの間に鳳凰の羽根になり、なんてどうだ。(やらせの茶番を語る間にも、フリですら手すりの外へ友だちを差し出してみせやしないのだから、主人公らしからず度胸も知れている。胸に抱える文庫本。錆びた階段は靴底に砂っぽい感触を残す。ひゅうひゅうとビル風が吹き抜けるのを嫌がって首を縮こめた。)どうも役所っぽい間取りだけど。一部屋一部屋が広くて……(もちろん至るところに風穴が開いてはいるが、無事たどり着いた4階は下よりも幾分昔の名残をのこしている。なんだかんだ造りがしっかりしているのか、国や自治体が建てた箱は大禍の後にも持ち堪えがちだとはこれまでの経験則でわかっている。「開くほうの金庫な」と声に応じた。崩壊を耐え抜いた上でさらに解錠を許してくれる金庫の発見は樽酒レベルの大ラッキーだ。ダイヤル式なら三日三晩粘ってやる時間だってこっちにはあるけれど、粘って大量の紙幣ばかり見つけたときの徒労感も知っている。)……………………警察署かな?(そうでなければマフィアの根城。と思わせたのは、金庫に厳重にしまわれるでもなく不用心に床へ放り出された─あるいは誰かが最後の悪あがきに持ち出そうとしたものだったのかもしれない─冷たい一丁の拳銃だった。自分以外に息するものもない世界で、紙切れと化した大金と同等のガラクタかもしれないおもちゃを拾い上げる。いくらか埃をはらって、まだ残弾があるのを確認してから)おう睿、ちょっとマシな缶詰が手に入るかもな。備蓄はこういうとこにこそ貯め込まれてるって相場が決まってら。(些か人の悪い笑みを浮かべて口にするのは希望的観測。探索のしがいが出てきたと進む先で出遭えるのがうぞうぞと黒光りする虫の親子ばかりとはまだ知らぬまま。)〆
2021/12/20 18:06 [160]
ゾッキ
2021/12/21 18:22 [170]
(可憐なシズカちゃんの、チョット可憐とは言い難い胸に抱かれる私の耳……という器官が一体どこについているのか、というのは難解を極めた謎であるが、キット小口がそれにあたるのではあるまいか……食パンの耳と同様に……とウスボンヤリ物思いに耽るその小口に、トクットクッ……と聴こえてくるのが、私にはない、彼のみが生きている証である。一定規格以上の生物の、生命が失われてから、鼓動は久しく届かない。食糧難に至り、柵から放たれた肉食獣達がコチラの生命を脅かしに……或いは残り少ない貴重の食料の奪い合いに……といった地獄絵図を描き現わすことにならなかったのは幸いながら、動物性タンパク質の枯渇も痛手と言えば痛手である……。しかし愛玩動物などが存命だったならば、このぬくもりを知ることも、クダラナイとされる冗談の応酬も、彼だけが知れるSF超大作の誕生も無かったのだろうなア、と思う私であった。)鳳凰とはまた威勢がいいなア! 突如として出現す渦巻く気流にのってバサアァ──ッと天高く羽ばたくだろう、そこからともだちを連れて空の旅が始まるのさ。目に見える範囲全てが道だ。地に足ついた奴らにゃ出来ない芸当だ。ハハハ。(良くも悪くも、固定観念に生かされた『文庫本』のカタチは、彼が純然たる心で『文庫本は空を飛ぶ生き物』と信じて疑わぬ限りは、中空からあわやでっけえ水たまりにポチャン……する末路である。彼の視線が外れてもなお凝然としつつ、過去に矛盾を突き付けてきた開かずの金庫の数々を、その中身を繰り返し繰り返し思い出した。)紙幣ならまだ火を熾せるが、金塊だったときの徒労感といったらなア……分かり易く銀行なら態々開けたりしなかったものを。(いずれにしても私に出来たといったら、彼の応援くらいなものであったが……しかしかのオルレアンの乙女も旗を手に鼓舞するのが役目であったというし……。そこにフト攻撃力を底上げするアイテムが見つかれば「ヤ、本物かい」と、前に一度、そういった見てくれの玩具のライターを見つけたのを思い出した。──キット一攫千金を狙う悪党どもは皆一様に、コウイッタ悪い笑みを浮かべているのだろう……チョット頼もしいぞ……つられてクスクス忍び笑いをしていた私も同罪である。重たいばかりで建付けの悪くなった一枚扉の鍵を開けるには、弾くより拳銃の台尻でブツのが手っ取り早いし、ドアノブをまわすより、靴底で蹴破るのが賢い。更に言えば崩れた壁を跨ぐのが一番だ。却説、六……七階はあろうかというこの建物の、最上階と屋上は足の踏み場もない有様であるも、四階から先はもしや宝の宝庫……趣向を凝らした乾パンは意外や意外に美味なもの……という希望は、早々に挫かれることとなったのであるが、)ア──ッア──ッ私は打撃に適していないッ! 私は打撃に適していないッ! ア──ッ無駄打ちをするな!(せめて、こんなところで死屍累々を積み上げるなど、御免千万蒙りたいものだ────……。)〆
2021/12/21 18:22 [170]