(お父さんもお母さんも、友だちもご近所さんも、すべて。3年前、人類は突然その姿を消してしまった。そして不思議なことに自分だけが今でも生きている。毎日の食事は缶詰め中心、時々生野菜と生果物。飲み物は大体ペットボトルに入っているものを消費期限をよく見ていただく。寝床は適当な民家に侵入して勝手に借りるか、お店の家具コーナーなどで展示品を勝手に使うかで。キャンプがしてみたくってテントや寝袋を用意したこともあったけど、子どもひとりの力じゃうまく準備が進まずすぐ諦めて中止した。そんな調子で人類の遺産に頼りっぱなしの旅だけど運良く3年続いてて、現在地もいつの間にかトルコ。家族で住んでたフランスとはまったく違う景色で中々如何しておもしろい。特に今──春の街並みは花で満ち、気候の良さも相俟って最高の旅先だった。)──え〜と、お店お店っと……ううん、どこかなあ?(昼下がりの話。街中に点在する標識などの案内を、辞典を頼りに解読試みて。ふらふら歩いて進み、きょろ、と度々あたりを見渡しながら食料確保の為の店探しをする。この3年間ほぼ毎日やってるルーチンワークに似た作業。生きてく上で欠かせぬ大事な仕事だ。ふとうしろを振り向けば、)ねー、アイ。 お店、あった?(傍目にはなんにもないだろう空間に向かって呼び掛ける。さも当然のように。)中々見つかんないね。……ごはん、まだあるけどさあ。ちょっと心配になっちゃうや。(──少年のひとみには、今、確かに映っている。自分と同じ姿かたちの"ともだち"が。ひとりぽっちになった自分が生み出した妄想の産物で、特に名もなく、なんとなくアイ《自分》と呼んでいる実態のないもの。わりと頻繁に首をしめてくる以外はコストの掛からぬいい話し相手だった。)
2021/12/12 00:24 [34]
(《それ》は昨日と何も変わらないある日から君のそばにいた。生まれた時から一緒にいたいみたいに「缶詰めにも飽きたな」食事に文句をつけ、「沈殿物を飲まなきゃセーフだよ」消費期限の切れたジュースを持ち寄り、「僕が7人いても眠れそうだ」店内で一番大きなベッドの端から端まで転がってしまいには床に落ちていた。キャンプをしようと思い立った日には君が眠るまで諦めずに上手に開かないテントと格闘し、次の日の朝は君が起きてからもしばらく起きてこなかった。そんな、滅んだ世界で自由に生きる君よりもさらに少しだけ自由な《それ》は、)ハュル、ハユル。(質問を投げかけた君のものとまるで同じ声質で、聞き慣れない異国の単語を不器用な発音で紡ぐ。トルコ語辞書の冒頭カラーページに纏められていた簡単な会話集の一単語である『いいえ』を付け焼き刃な知識で二度繰り返し楽しげに笑いながら、一人分の影が落ちた道を振り返って、もう随分と前に悩んだ三叉路の方角へと視線を向ける。)さっきの道は左へ曲がった方が良かったかな。僕はどんどん住宅街に向かって進んでいる。僕もそんな気がしてるよ。(例えば建物の様子だとか、掲げられた看板の減り具合だとか。そうした視覚的情報からの推察を口にしながら《それ》は君へと近付いて、まるで“ともだち”かのように肩を組もうとするだろう。3年間できっと柔らかさのすり減った君の頬をつんつんと指先でつっついて、)もう誰もいない無人の家に入り込むのに罪悪感を覚えるなんて僕もおかしいけど、できれば食事はお店で貰いたいからね。
2021/12/12 02:53 [42]
(その言葉は確か、否定だ。トルコ語辞典を本屋で拝借した日、適当にそのページを捲った先で見た記憶があった。少年は「そっかー、」と残念そうに溜息を吐く。彼は自分の産んだまぼろしなので自分と"ともだち"は記憶を共有している筈だ。けど、注目する点は自分と"ともだち"でたぶん違う。だから彼に聞けば、自分がうっかりスルーしてしまった情報でも拾い直せるかもって。そう思って時々彼を頼るのだけど、狙い通り拾い直せたことはあったっけなかったっけ。彼がいつ誕生したか細かくは記憶になくとも、少なくとも半年以上はいっしょにいる。ふたりで過ごした時間が長くなり過ぎて、どんなふうに過ごして来たのか、もう思い出せぬことの方がいっぱいあった。)え〜……じゃあ、ちょっと戻ろっかな。住宅街って、お店があってもかなり小規模なことばっかだし。保存食はな〜、おおきいお店じゃないとな〜…──っとと!ばか、転んじゃうだろ!(3年間の旅路で学んだことだ。自分が入った店たちがたまたまそうだっただけで、店の大小は本当は無関係かもだが。早速来た道を戻ろうかと歩く速度を下げた時、急に彼が肩を組んで来たからびっくりしてよろけた。怒ってふくらませた頬は昔よりずっと痩せっぱち。貧相な肉の厚みが少年の栄養状態を如実に物語る。自分のことを自分以上に理解してる"ともだち"の言葉は時々、自分に現実を突き付けて来るので嫌いだ。無人、の単語に俯く。)……もしものため、だよ。無人だと思って入った家に誰かいたら大変だろ。泥棒と勘違いして襲って来たら困るじゃん?(心配しなくたって、世界中どこの民家に入ろうと人類はいないだろう。生存者探しは半ば諦めててそう思っているけど認めたくはなくて、生存者がいることを前提に滅亡以前のルールと常識に従って行動しがちだった。はーあっと溜息を吐きつつ、くるっと回って方向転換。来た道を戻ろう。)でも、今日の寝床はどっか適当な家になるんだろうなあ。ホテルっぽいのも家具屋さんっぽいのも見当たらないし……。……う〜ん、ねーアイ?どの家にしよっか?(食料確保の道すがら、今宵の宿決めもはじめる。いっそのこと宿を確保してからの店探しでもいいかなあなんて思う。どちらが先でも、この旅に不都合は生じない。良くも悪くも自由度は高いので。)
2021/12/12 23:26 [61]
(例えば。見上げた看板に綴られた見慣れぬ単語を読めぬまま通り過ぎた君が、以前開いた辞書に載っていた見慣れぬ文字列と無意識のうちに照会して翻訳に辿り着けていた場合、《それ》は「さっきパン屋を通り過ぎたね」と素直に告げていたことだろう。君が忘れてしまったと思い込んでいる情報を容易に引き出す《それ》はともすれば君より博識に見えるやも知れないが、浮かべているのは君よりもずっと呑気で責任感のない笑顔だ。)僕が転ぶはずないよ。足元をよく見て。(優しく眼差しを緩めて、しんと冷えた声が現実を指差す。君の足元にある僅かな段差と、どこかで手に入れた君の靴。もしも健やかな世界に生きていたのならもっと伸びやかに成長していたかもしれない君のほそこい身体と同じかたちをしていながら、どこか健康的な瑞々しさを帯びた《それ》が、ひどく楽しげに笑った。)大変だけど、喜ばしいね。その人が僕を知っても、僕を正常だと思ってくれるような、稀有な人でありますようにと願っていよう。僕は殺されたくはないからね。(つい数日前にも君の息の根を止めようとしていた手のひらが君の頭を優しく撫ぜる。柔らかい風のように。空っぽのキャンディ缶に石ころを転がしたような笑い声が、深いため息をつく君の真隣に響く世界の終わり際。方向転換する君の後ろを《それ》はついて行くような動きを見せて。)綺麗な家が良いよ。狭くても構わないかな。この間の家は壁の染みが女の人の顔に見えて怖かったね。あぁ、早く家を決めるなら、シーツを干すことから始めるのも悪くないな。洗いたて程の贅沢は難しいけれど、まだおひさまの香りには間に合うかも。(語り掛けるような口調での独り言。僕の願いなんだよと嘯く唇はいつだって贅沢をしたがった。今日だってそう。結局何一つ手伝うことなんてできないくせに、心地の良い寝床を欲しがって夢見がちな夜を想う。君はまだ幸せなベッドを思い出せるだろうか。)
2021/12/14 09:47 [81]
("ともだち"は自分と同じ姿かたちをしている。でもそのかおばせに浮かぶ表情は自分が知っている自分のものとはまるで違って映った。自分が気付いていないだけで、ガラスの前を通り過ぎる時とか、ふとした瞬間には同じように平和な顔をしているのかもしれないけど。もしくは、呑気にしてる自分を認めたくない何かがあって、気付かぬふりをしてるんだろう。人間は都合のよいように記憶を改ざんするプロだと、昔むかしに本で読んだ。)うわっ。……キミって親切なんだかそうじゃないんだか、よく分かんないよなあ。(転ばずに済んだのはよいことだ、と思うけど。"ともだち"に指摘を受けて見た足元には、このまま歩いていたら蹴っ躓いていただろう薄い段差。寝る必要も食べる必要もないからなのか元気そうな"ともだち"の頬を憎らしげに指で突っつき。ちょっとだけ大きめの靴で、わざと段差を踏み付けて越した。この段差はちゃんと現実だ。)大丈夫だよ。アイのいない僕は正常だから。("ともだち"は自分のことも"ともだち"のことも"僕"と呼ぶから、時々どちらを指す言葉なのか判断に迷う。でもこの場合、異常を疑われて殺されるのは僕──イマジナリーじゃない、現実の真志の方かなって。他のひとに出会った時点で"ともだち"は死んじゃうんだから。余計なお世話だ、って言うように不満げな目で"ともだち"睨む。ただの方向転換がまるでそっぽを向くみたいになった。"ともだち"の言葉で思い出す、いつかの平穏と幸福。干したてのシーツで覆ったベッドに飛び込んで肺いっぱいに嗅いだお日様のにおいと、そんな自分の姿を見てくすくす笑うお母さんの優しい笑顔。段々と俯きがちになって、歩く速度が落ちてったのは多分必然だった。)…………子ども用のシングルベッドがある家が、いいな。大人用は僕にはまだおっきすぎて、寝心地が悪いんだ。(まだ家族がいた3年前に自分が使っていたちいさなベッド。「ちいさい方がシーツも干しやすいしさ。」と言い訳するみたいにメリットを付け足して。ちょっと顔を持ち上げて周りの民家を見る。子ども用っぽい自転車がある家があったから、あそこなら、と気持ち急ぎ足で。)──アイ。ちょっとうしろにさがっててね。キミだってケガくらいするかもしれないんだから。(そう呼び掛けながら、民家の庭で朽ちてた植木鉢を持ち上げて。慣れた様子で窓ガラスに向け思いっきり投げた。ぱりん、とガラスが飛び散る。どこかに侵入したい時には玄関じゃなくて窓を狙うべし、とは滅亡した世界における大切なライフハックだ。)
2021/12/15 13:42 [97]
僕は優しい子だよ(告げる言葉は妙に柔らかな声色で、眼差しはまるで愛しい人を見ているようだった。どちらの僕の話なのかなんて《それ》には到底どうでも良いことなので、区別の仕方は君次第。例え問われたとて「僕は僕だよ」の一点張りだろう。君の記憶に残る幸せで健康だった頃の君とまるで同じ柔らかな頬に君の指先が埋まれば、一度不思議そうに瞬いた後に嬉しそうに両目を細める君と同じ顔の“ともだち”。誰が正常で誰が正常でないのか、君の答えに「本当かな〜」なんて揶揄るよな声は君の真後ろから聞こえてくる。君の足取りが重くなった元凶はそのくせ軽やかな口笛をぴるぴす吹いて、一定の速度を保っていたからほんの数歩で君に追い付いた。)確かにね。大きいシーツは僕には重たすぎる。(僕のことなら僕の方が分かるんだよと常から言い張るくちびるがきゅうっと楽しげに弧を描いてから、君のあげたメリットに納得したなあとわざとらしい態度で頷いた。くすくすと喉の奥で笑みを燻らせたまま、急ぐでもない足取りが君を追う。下がっていての願いに特に逆らう理由もなければ呑気な返事と共に少しだけ後退して、君が振りかぶる鉢植えをただただ目で追っていた。盛大な音を立てて窓が割れて、ぴゅうっと今度は賞賛の口笛が一度。)さっすが僕。でも、投げる前に一声かけたほうが良くないかな?『家に誰かいたら大変だろ』。(それは先程の君とまるで同じ声の響きのはずなのに、どこか意地悪な言葉に聞こえるのはきっと間違いじゃない。君のいる庭に遅れて侵入を果たせばごく自然な流れで植木鉢を放った君の手を取り、導くように手を引きながら窓へと寄ろう。割れた窓ガラスの隙間から躊躇うことなく手を突っ込んで錠を開けたのなら、「お邪魔します」と形ばかりは礼儀正しい口調で、砕けたガラスを気にせず踏み締めながら屋内へ。)子供部屋は大体二階かな。その前に少し台所を見てみる?あ、でもシーツを干すなら先が良いか。(解かれていなければ繋がったままの手を引いて、侵入した部屋から廊下及び階段を探しに向かおうとする。もうすっかり人の気配など消えてしまった建物の中を眺めながら、足を止めずに問い掛けた。)どうする?可愛い女の子の部屋だったらさ。(わりとどうでも良いことを。)
2021/12/17 03:15 [117]
真志
2021/12/17 22:44 [126]
(僕《アイ》が僕を肯定する。その声音に、表情に、消滅してしまって久しいお母さんの姿を思い出した。僕とよく似た顔で、僕を『優しい子ね。』とよく褒めたお母さん。世界滅亡の前日にも、はじめてのひとり旅がちょっと不安で口数の減っていた僕を『真志はいい子。大丈夫よ。』と褒めて鼓舞したっけ。時々こんなふうに古ぼけた記憶が蘇って、さみしさと恋しさに胸がギュッとした。「……んーん、やっぱ気のせい。優しくなんかない。」ってふるりと首を左右に。指先が拾った柔い頬の感触は単なるまぼろしなのか、"ともだち"のいない現実では自分で自分の頬を指していたのか。分かんなかったけど、彼があんまりにも嬉しそうにしたので、気が抜けてしまってどちらでも良くなった。どちらだろうと旅に支障はないから余計、悩むのが馬鹿らしくなって。)──でしょ?楽できそうな時はしっかり楽しなくちゃね〜。体力は温存すべし、って指南書にもあったし!(昔お父さんの書斎で読んだ旅行ガイドの隅っこに、豆知識っぽく書いてあった。彼の言動はひとの神経を逆撫でするようなもの、図星をつくようなものが多いように思うけど、賛同は悪い気がしない。だから得意げに胸を張って、フフンと鼻で笑った。既に生存者は他になし、という諦めの気持ちが行動に滲んだことに、彼の指摘で気付く。む、とくちびるをへの字に曲げた。)……気配がまっっったくなかったから、セーフ!声掛け必要なし!(とか何とか言い訳して。当たり前のように彼に手を引かれ、名も知らない誰かのご家庭に堂々たる侵入を果たす。粉々の窓ガラスを持ち主が見たらきっと卒倒しちゃうな、なんて申し訳なく思いながらガラスの破片をぱりんと踏み締める。)台所漁りは時間あんま掛かんないし、今日はシーツ優先で。太陽は待ってくれないからね。それに、そんな焦らなくっても食料の余裕ならまだあ…──ん゛っ! けほっ、ゲボッ!(女の子の部屋だったら。頭の中で彼の言葉を復唱した。嫌だとか平気だよとかそういう回答になる話じゃなくて、ちょっと違うことを想像しちゃって軽くむせた。思春期なので。)べ、別にどうもしないよ。見た目が可愛いだけじゃ寝心地は変わんないし……。キミこそ、どうするのさ?女の子の部屋で寝るってなったら。…………ドキドキ、しない?(まぼろしに何を聞いてんだ、僕は。階段を見付け、民家の2階に上がってゆく。──運がいいのか悪いのか。階段をのぼりきってすぐのとこだった子ども部屋。扉を開けてみた先に広がっていたのは、ピンクとかレースとかがたっぷり飾り付けに使用された明らかに女の子だと分かる部屋だった。びっくりして、固まった。)
2021/12/17 22:44 [126]
うんうん。臨機応変って大切だからね。(君の稚拙な言い訳だって笑顔で全肯定マシン。実際本当に声をかける必要なんてこの世のどこにもありやしないのだと、君は知っているはずだから。横目で台所の場所だけ確認しながら、見つけた二階への階段へと向かう。手すりが少し脆そうに見えて、君の手を引いて壁沿いを意識して登った。咽せた君にけらけら笑うまぼろしは、君にもいつかできていたかも知れないお年頃の“おともだち”のように。)え〜、するよ ドキドキね。もちろん。分かるだろ?僕ならさ。女の子のベッドでなんて眠ったことないからね。初体験になっちゃうな。(部屋じゃなくてベッドで、なんて意地悪に言葉を変えて繰り返し、揶揄うように笑ってみせる。思春期を煽るような《それ》の発言は、君がそれを意識したからかも知れない。君がひとらしい感情を見せる瞬間を好んでいるからこそ、君がどんな反応をみせたところできっと《それ》の笑顔は深まるばかり。とはいえ、こんな会話が立派なフラグになるなんて、流石に想定外だったので。)わぁ。(固まりやしなかったけれど、シンプルな一言が溢れた。ぱちくりと瞬いた双眸。一歩部屋に足を踏み入れるころにはもう手は繋がっていなくて、代わりに触れたシーツはやっぱり、埃のような砂のような、あまり衛生的ではない手触りだった。)確かに、寝心地は何も変わらないね。あったかくも、良い匂いもしないや。でもまだ今から干せば大丈夫。女の子の香りはしなくても、おひさまの香りにはなるからさ。(気を落とさないで……、なんて滅多に浮かべない労いの表情を浮かべるのだって、君を揶揄う為に他ならない。子供部屋の窓を開いて君がシーツを干す為の下準備を整えながら、ぐるりと部屋を眺め直す。)これじゃあ、僕の着替えを見つけるのは難しそうだね。(何にも気にせずにクローゼットを開けたら、僕たちよりひとまわり小さな女の子のお洋服がたくさん並んでいた。愛された少女の証拠を一瞥した後は、けろりとした表情で、特に躊躇いもなく順に引き出しを確認していく。途中、可愛らしい下着が詰まった段を引き当てた際も、《それ》の手元は何の感情も浮かばせないままに家探しを続行していた。もしも君が止めたのならば、素直に手を引くくらいの道徳心は持ち合わせていたけれど。女の子の部屋にドキドキするなんて口ばっかりで、スーパーで在庫の棚を漁る時とまるで同じだった。“何か旅に使える物があるといいな”しか考えていない。)何もなさそう。台所に戻る?
2021/12/19 12:46 [143]
真志
2021/12/19 22:14 [150]
(世界が滅んだ時、思春期真っ只中だった。異性を異性として意識しはじめた頃でもあって、ちょっと発育のいいクラスメートの女の子の身体を──彼女達のまるみを帯びた肢体を、無意識に目で追ってしまったものだ。すごくいけないことをしている気分だったので同性の友達にも終ぞ明かしたことはなかったが。世界が今日も存続していたならば、そういうことを話せる友達だっていたかもしれない。"ともだち"との会話はただのひとり芝居に過ぎないのでノーカンだ。)ばっ… ばかばかばかっ!べ、ベッドとか、は、初体験とか……なんかダメ!言葉のチョイスがアウト!…………き、気持ちは、分かる……けど。(にわかに赤く染まった顔の色。その瞬間に何か効果音が付くとしたらきっと、ぼんっ、と電子レンジの中で袋が破裂した時に似た音だったろう。ドキドキ、しちゃうんだろうな。女の子のベッドってだけで。想像だけで既に脈は速かった。──そうしてうっかり回収してしまったフラグ。ああどーしよ、なんて焦ったのは束の間だった。経年劣化した子ども部屋の埃っぽさとか日に焼けたカーテンとか、色んなものが此処が廃墟であることを分かり易く主張した所為で。この部屋の持ち主がとっくの昔に死んでしまったことを、感じた所為で。そのセンチメタルもまた束の間で、揶揄う彼の言葉でどっかに吹き飛んだ。ひとり歩きしてる"ともだち"を忌々しげに睨む。)〜〜〜っ、女の子のにおいなんか要らないから!他人のにおいが残ってたら落ち着かないじゃん!(ギャンギャン喚き、また頬を膨らませた。そのままベッドからシーツを剥がす作業に着手する。3年前は新品だったんだろうか、シーツは思ったより丈夫そうな感触をしていた。「まあ、サイズ合わなさそうだしね。」と彼の言葉に頷く。ささっとシーツを窓に干せば、家探しをはじめた彼の背後からその手元をひょいっと覗こう。下着の引き出しを当てた時には「ちょ、」と一瞬焦りを見せたが、結局何もせず見守った。"ともだち"があまりにも淡々と作業的だったから、その落ち着きっぷりが自分にも移ったのかもしれない。もしくは、家探しをしたのは自分じゃなくて"ともだち"だ、としてしまうことで罪悪感を減らそうとしたか。)うん。台所を漁って、何もなかったらまたお店探しに行こうか。もしくは、隣の家も漁るか……だよね。(シーツがお日様のにおいで充ちるまで暫くかかる。その間に、と部屋を出て階段を下ろう。無人の台所で、引き出しとか収納スペースの類を片っ端から確かめてくさまはさっき子ども部屋を漁ってた彼の動きによく似ていた筈だ。)う〜ん……ダメだなあ、腐ったものしかないね。缶詰食べない家だったか〜。ちぇ。(残念がる舌打ちの音。仕方ない、割った窓からまた外に出ようか。できることなら少しくらい、食料の収穫が欲しかったから。)
2021/12/19 22:14 [150]
っは! あははっ!僕ってば、顔が真っ赤だな。(一瞬で熟れたリンゴみたいに染まった君の頬に、今度は堪えられないとばかりに久し振りに発された大きな笑い声が廊下に響く。ヒィヒィと腹を抱えて笑う様はよほど生きているひとらしかったかも。立派なフラグ建築士の秒での回収ぶりは目を見張るものがあったけれど、君がこの部屋に感じたのは少女の息吹きではなくて朽ちた亡き骸のようだったから、《それ》は悪戯に君の情緒を揺さぶるような真似はしなかった。僕の気持ちは僕がよく分かっているからねと嘯くように。──“ともだち”は日頃、イマジナリーフレンドであると公言して憚らないわりに、食べ物も食べるし睡眠も取るし何なら君より頻繁に湯浴みをしたがる。そのくせ、瓦礫を退けるとか今回のシーツを干すとか、そうした肉体労働の時に限って「僕は手伝えないのが申し訳ないなぁ」と飄々とした表情で傍観者を決め込むタチの悪さだった。お疲れの言葉だけは優しく響いた。淡々と少女の部屋を漁った後は、引き続きキッチンも君と一緒にしらみつぶし。戸棚の奥に子供用のおやつが隠されていたりはしたかもしれないけれど、どれも腐っているか、もしも腐っているか分からなくても、今はまだ、賞味期限が3年近く前のものを軽々しく口には運べない。当たり前のように割れた窓を通路に使う君のあとを追って、再び外へ。)隣の家、かぁ……(気になって咳き込むほどひどいわけではなかったけれど、屋外に出ればやはり先程までの埃っぽさがない空気が肺を満たすことだろう。振り返る動作で近所の家を眺めてみたけれど、同じ立地に並ぶ似たような家はきっと内側だってそう大差ないだろうから。首を振って、先刻『ちょっと戻ろう』と君が提案した方角へと爪先を向けた。)いや、それより店を探した方がいいな。せっかく久しぶりの良いベッドなんだしさ、食事もきちんとあたたかいものを食べて、ちょっとした贅沢をしようよ。いつが終わりになっても良いように、時々は思い出作りをしなくっちゃ。それなら今日が最適だろ?(数歩進んだ足取りが止まり、君を振り返る。君とまるで同じかたちをした双眸が優しく細まり、春の風が少し伸びた前髪を浚った。君がひとりきりになる前には確かに浮かべていたであろう、さいあいを目の前にまどろむ僕の笑顔。)〆
2021/12/21 13:45 [166]