(どうかぼくをひとりにして。)
kaname
2021/12/12 01:31 [37]
(『未だ肉体に縛られている愚かで愛しい人類の皆様。さあ、煩わしいだけの肉体を捨て、共に新たな未来を創造しましょう。地平線の存在しない、データの世界で。』――世界最高峰の人工知能を神として崇める宗教団体。彼らが理想として掲げたものは、優秀な人類のデータ化。そして、残りの人類すべてを間引くこと。まるで出来の悪いSF小説みたいだと笑っていられた期間は、そう長くなかったように思う。)お、これとかそろそろ食えそうじゃね?(ありとあらゆる手段によって、人類は間引かれた。たったひとりの少年を残して。校舎裏のプランターを覗き込んだ少年は、吊り上がった目を僅かに緩めると、まだ青さの残るミニトマトに手を伸ばした。幸か不幸か、この町の住人を襲ったのは強力な有毒ガスの類であったため、家や商店のほとんどが当時のまま存在している。スーパーの端っこで売られていた野菜の種も、毎日水をやっていれば多少の愛着が湧いてくる。すり、と丸みを帯びた表面を親指の腹で撫でた。)トマ子、トマ太郎、俺がおいしく食べてやるからな。(この町から人々が消えて、三度目の夏。初めて成功した家庭菜園に、自然と声が弾んだ。朝顔を枯らした小学生時代からの進歩を感じつつ、その実を摘もうと指先に力を入れる。そこでふと、いつも視界の端にいる"あいつ"の存在を思い出し、呟いた。)次は大根でも育てるか。(あくまでも独り言の体を取るのは、幻が見えるほど狂っちゃいないと思いたいから。もしも、白くしなやかなからだと二本のスマートな足が見えたなら、大袈裟に肩を落として溜め息を吐いただろう。そしてうんざりした声で告げるに違いない。「居たのか、大根」と。)
2021/12/12 01:31 [37]
root
ルウト
2021/12/12 12:12 [47]
(足音など聞こえぬ代わりに、それは大抵なにか声を発していることが多かった。ただ歩くにもなにやら呟いては楽しげに笑い声をこぼし、段差を飛び降りるにもささやかな掛け声は必須。飛んでいく虫をちょこまかと追い、傍らに咲く花に気づけば駆け寄っていって挨拶をする。さながら幼児の如き自由な行動のいずれも、彼の視線が“それ”に向いているかどうかは関係がないようだった。明るい声が彼の耳に届く仕組みは謎ではあるが、基本的には彼との距離を詰めれば、声の響きも近くなる。たとえば遠くにいれば、なにやら呟く声もセミの大絶叫に掻き消されてほとんど聞き取れぬだろうといった程度に。声以外の物音をたてぬので、気にせぬように努めれば、多少意識の外に放り出すことは可能かもしれなかった。彼の視界の隅を、常に落ち着きなくうろちょろと動き回っていることと、そして、彼の独り言をちらほらと聞き拾ったように歩み寄っては楽しげに葉を揺らすことを除けば。)からくてにがいのは ともかく すじばかりでないと いいねえ(彼の傍へと軽やかな足取りで近付きながら、それは歌うように言った。数年前まで店先で──そしてこの何年か視界のなかに見かけられるであろう、イメージ通りの大根を育てるのは難しいらしい。あくまでも独り言の体を取るのは、彼の返事を求めるわけではないから、なのかどうかはきっと、それ自身もわかってはいないだろう。彼の声が向けられたなら、数歩の距離を保った位置で立ち止まった。)え そんなの どこにいるんだい?(舌っ足らずの甘い声は心底不思議そうな響きで、それは後ろを振り向くようにからだを動かした。おのれの背後に変わった様子がないことを確かめてから向き直り、鮮やかな色の葉をぴょこりと揺らす。)……ねえ はやく ひかげにはいったほうが いいんじゃない? あつくて こわれたの?(心配そうに告げる声色は、ふざけた調子の欠片もない。日陰の方向を葉でちょいちょいと示したアニメ的な器用さも、彼の前ではもう日常だろう。だってぼくは、みてのとおりの、まんどらごらだからね。)
2021/12/12 12:12 [47]
kaname
2021/12/12 23:51 [62]
(相槌とも独り言ともつかない言葉に頷く横顔には、幾らかの諦念が見て取れただろう。どんなに無視を決め込もうと、その身を遠くに放り投げようと、起きている限り"それ"と離れることは出来ない。この二年余りで嫌というほど思い知らされた事実に、はあ、と重たい溜め息を吐く。半袖の学生服から伸びる腕とは対照的に、白いからだは透き通るような色をしている。見ての通りの大根の、青々とした葉の根元を指先でぐりぐりと押したなら、)お前以外いねえだろうが。冬になったら絶対おでんの具にしてやるからな。(反抗期真っ盛りの時期のまま成長する機会を失った少年にとって、小さな同居人の心配は挑発にしか聞こえなかったようで。ただでさえつり上がった目尻を更につり上げるようにして、俺は怒っているぞとアピールをする。身振り手振りが大仰なまんどらごらに自分の気持ちを伝えるには、こちらも多少やり過ぎなくらいがちょうど良い。そう自分に言い聞かせて、今度こそ熟しきっていないトマトの実を二つもぐと、その場に立ち上がった。)まだ壊れちゃいねえけど、確かにあちーな。……後で水浴びでもしに行くか。(やはりひとりで呟いて、足早に体育館裏の出入り口を目指す。もう咎めてくれる先生たちは居ないのに、かつてと同じように入口で上履きに履き替え、土のついた運動靴を来賓用の下駄箱に収める。電気やガス、水道といったライフラインは全て絶たれているから、校舎内はどこもかしこも薄暗く、熱気が篭っていた。うっすら汗ばむ首筋を手の甲で拭って、それから今もすぐ近くに居るだろう同居人に声をかけた。)大根はどうする?留守番しとく?着いてくるなら、チャリのカゴに乗せてやってもいいけど。(二つのミニトマトのうち、より大きい方を自身の口に入れて、もうひとつは後を着いてきているだろう彼に向かってひょいと投げる。そもそも植物である彼に人間と同じような食料が必要なのかはわからなかったが、自分だけ食事をするというのも居心地が悪い。噛み締めたトマトはまだ青臭く、苦かった。)
2021/12/12 23:51 [62]
root
ルウト
2021/12/13 14:24 [68]
(伸ばされる手を避けるような仕草はわずかもなかった。たとえ過去に幾度、放り投げられたり乱暴に扱われたりしたことがあったとしても、それの反応は最初と少しも変わらない。最初に触れてもらった時より、彼の手はどのくらい大きくなっただろう。それの肌を押せば返ってくるのは、根菜のような張りのある滑らかさではなく、少しかための低反発枕にも似たもちもち感。めりこみそうな指にも、それは、くすぐったそうに小さな笑い声を零しただけであったが。)ええっ ぼくは こんなにりっぱなまんどらごらなのに……(お前しかと逃げ場をなくされれば、いかにも心外といった様子でふるりと葉を震わせた。ただ、それも長くは続かない。すぐに機嫌よさそうに小さく左右にからだを揺らしながら、「まんどらごらのおでん えいようまんてん かなあ」などと笑うのだ。輪切りにされる想像は出来ないので、きっと鍋の中に入浴よろしく浸かっている絵面は愉快だった。立ち上がる彼を見上げるような仕草も、出会いの最初のころと比べれば、より高くを見上げることになっていただろうか。水浴びと聞いて、その場にぴょんと跳ね上がった。歩き出す彼を追う白い足はちょこまかと動く合間に、弾むようなステップが混ざる。)かごに のる! ちゃり!(ひときわ嬉しそうな声音で宣言した。留守番の選択肢ははじめからないものの、特等席にのせてもらうのは特に嬉しい。そうしてその場でバレリーナの如く、くるりと回った瞬間だった。彼がトマトを投げて寄越したのは。)  あっ とどかな (顔面──は存在しないが、いつも歩くときの前面である側を下にして、慌てたせいか足がもつれて、躓くようにぺったりと廊下に倒れ伏した。受け止められることなく落ちて小さく跳ねたトマトが、勢いのままにころころと転がっていく。その実がつっぷしたままの緑の葉先を掠めるときに、少しの減速も方向転換もないのは仕方がない。世界の中でたったひとつ、それに触れられるのは、彼だけなのだから。) わーん たすけてえ…… (情けない声を上げて、その場でじたばたとする。両腕が存在しないから、いくらその葉が器用でも、転んでしまえば起き上がるのも一苦労なのだ。)
2021/12/13 14:24 [68]
kaname
2021/12/13 19:44 [73]
(輪切りにして煮込まれた大根ひとつひとつから無邪気にはしゃぐ声が聞こえる様を想像して、思わず呻き声をあげた。イマジネーションの方向性も、足取りの軽やかさも、笑い声の高さも。何もかもが正反対の人間とまんどらごらであったが、喜びの表現がやけに大袈裟なところだけはよく似ている。元気いっぱいの返事だけでなく、全身を使って嬉しいと伝えてくれるいきものに妙な面映ゆさを覚えたのはほんの一瞬。「あっ!」という間にバランスを崩したそいつが倒れていくのを、ただ見守ることしかできなかった少年は、予想外の出来事にぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。)え……? だ、ダッサ……。(困惑を声に滲ませて、じたじた暴れる両足を眺める。困り果てているまんどらごらには悪いが、学校の廊下に大根――しかも、俗にセクシー大根と呼ばれるような外見だ――が落ちている状況が面白くないわけがない。数秒の沈黙の後、品のない笑い声をあげながら隣にしゃがみ込むと、人間でいうところの背中やおしりに当たる部分を数回つついて。)助けて欲しいのかー、そっかそっかー。でもなー、どーしよっかなー?(意地の悪い笑みを口元に浮かべて、指先でもっちりとした体の表面をくすぐり始める。彼はあくまでも想像上の存在だから、わざわざ抱き起してやる必要はないのかもしれないけれど。想像上のいきものに恩を売って、損をするということも無いだろう。暫しくすぐり攻撃を続けていた手の平で、その細い両脇を抱えると、)まあ、俺は優しいから可哀想な野良大根も助けてやるよ。感謝しろよな。(そう言って、まるで子猫や子犬を抱えるように、白いからだを抱き上げようとするだろう。随分と意地悪をした自覚はあるので、「足折れたりしてねえ?」と確認する声はいつもよりほんのちょっぴり穏やかだ。それこそ、誤差レベルの話ではあるけれど。)
2021/12/13 19:44 [73]
root
ルウト
2021/12/14 07:43 [80]
(じたじた、じたばた。廊下に倒れ込んだまま、両足とともに緑の葉が揺れる。からかいでもなく彼が困惑を滲ませてこぼしたのであろう言葉のおかげで、ざっくりと輪切りにされたような心持ちがして、それは「わーん」と悲しげな声をもうひとつあげた。じたばた。そうして短い沈黙の後、彼の笑い声が響けば、床に転がる駄々っ子のように緑の葉がぺしぺしと廊下を叩いた。つん、と突かれるたびに、「ふゅ」だの「きゅ」だのという言葉にならぬ音を発して、白いからだが海老反りに跳ねる。)ぴゃっ たす たすけてえ っきゃははははははははははは(奇声が、彼の指先が肌を擽るのに合わせて悲鳴じみた高い笑い声に変わる。全身をよじって笑い転げるさまは、期せずしてまんどらごらであると称するに、いちばんそれらしい奇声であったかもしれない。笑いすぎてのたうつ葉が小刻みに震えだすころだっただろうか、彼が思いの外やさしく、それを抱き上げてくれたのは。身をよじる動きがぴたりと止まり、ぐったりとからだを預ける。常よりも葉がしんなりと垂れ気味になっていた。きっと彼の体温に比べれば、それの肌はしっとりと冷たい。)とってもやさしーい ありがとう うれしい でもぼくまんどらごら……(求められるまま感謝の言葉を述べる声の調子は、ぐったりとした見た目にふさわしいもの。彼の向けてくれる確認の声に、右足、左足と順にピンと伸ばしてから幾度かじたばたと動かせば、さながら活きのいい大根の収穫の図の出来上がりではあった。)うん だいじょうぶ ぶじ!(声がいつもどおりの明るいトーンを取り戻すとともに、垂れ気味だった葉もいつもと同じくぴんとする。高いところに持ち上げてもらえば、それだけで気持ちも上がる、かなり単純な構造の精神の持ち主なのであった。)みずあびのまえにー きょうは
なにするー?(抱き上げてもらったままなら嬉々として、降ろされてしまったとしてもさほどの落胆を見せることもなく、彼へと尋ねるだろう。緑の葉は機嫌よく、楽しげに小さく揺れていた。)
2021/12/14 07:43 [80]
kaname
2021/12/14 18:49 [84]
(廊下の端まで響く歓喜の――或いは苦悶の声は、小説や映画で語られるものとは違い、生命を脅かすほどの威力はないようだった。むしろ、ぐったりと脱力したまま腕の中に納まるいきものこそ重傷を負っているように見える。疲れ果てた様子のそいつが左右の足を確認するのを黙って見届けて、「大丈夫」との返事があれば、気が抜けたように息を吐きだした。すっかり元気を取り戻し、上向きになった葉が頬に当たってくすぐったい。おまけに視界の半分近くを覆っているので、正直に言えば邪魔で仕方がないのだが、今日だけは大目に見てやることにしよう。左腕で抱えたまんどらごらを取り落とさぬよう気を付けながら、転がっていったミニトマトを拾い上げて、今度は投げずに白いからだの上部へと赤い実を寄せてやる。)そうだな……、図書室の本も読み飽きたし。お前のみじけえ足じゃサッカーも出来ねえし。なんか遊べるもんでも探しに行くか。(傷だらけの自転車を走らせて向かう先はそう多くない。駅前のショッピングモール、近所のスーパーやコンビニ、そして市営の小さなスポーツセンター。世界が滅ぶ前と今とで行動範囲が変わらないのは、保護者なしに学区外に出てはいけないという決まりを馬鹿正直に守り続けているからだ。そもそも、自分ひとりだけで遠くに行くという発想も持っていない。ううんと唸りながら、手にしたミニトマトを白いシャツで拭って、自分の口に放り込む。拭いきれなかった砂が舌の上でじゃりじゃりと不快な感覚をもたらすが、特に表情は変わらない。何故なら、少年が食べたミニトマトはひとつきりのはずだから。)あ、花火でも探しに行くか?夏だし。どうせ夜は暇だし。(突き当たりにある保健室の扉を開けて、抱いていたいきものをテーブルにおろす。隣には紺色のスクールバッグや空になったペットボトル、自転車通学者用のヘルメットなどが転がっている。もしも、小さな同居人が快適に過ごすためにと欲したものがあるなら、そのうち幾つかも机の上に置いてあっただろう。)てか、大根は花火ってなんだか知ってる?
2021/12/14 18:49 [84]
root
ルウト
2021/12/15 07:17 [94]
(彼が一歩で軽々と踏み越える距離に、それは数歩を要する。歩くことは苦ではないが、抱き上げて運んでもらえることを殊更喜んだとして、さほどおかしなことではあるまい。飽きるほど往復したであろう道程にも、飽きるでもなく日々楽しげに笑うのだった。彼の行動範囲は、そのまま、このまんどらごらの行動範囲でもある。行きたい場所は、いつでも彼といっしょだ。彼のいる場所にいることが、すべてだ。彼が本を読むときには傍にいて一緒に覗き込んだり、近くに開いてもらった画集や絵本の同じページを飽きず眺めていたりもした。彼が運動をするときは、隣で腹筋じみた動きをしようとしてすぐにへにゃりと横たわる姿も見られるだろう。遊びがしりとりや、歌ならば得意だ。熱気のこもる校舎内でも、彼が一番出入りするであろうその部屋は、空気も淀んではいない。テーブルの上に危なげなく着地して、「ありがとー」と明るく礼を言った。)よふかし よふかしだっ(歌うように楽しげな声をあげ、いくつかの物が置かれたテーブルの上でくるりとまわる。かつてのように電力が自由に使えるわけではないから、夜になれば、行動は必然的に狭められる。いつもとおなじもすきだが、いつもと違うのもまた、すきだ。)はなび ばけつのおみずで けす!(尋ねられるまま彼の方を向いて、弾むような声でごくごくピンポイントな知識を披露し、得意げにざわりと葉を揺らす。彼にとって三度目の夏に至っても、それにとっては未だ初めての体験があるらしい。はなび、はなび、と不思議な節をつけながら繰り返して、テーブルのうえで文字通りに小躍りする。障害物をぴょんと軽々飛び越える動きは、いつもそうするように、それほど危なげのないものだ。)はなび すき?(ぴたりとからだの動きを止めて、明るく尋ねる。それからおまけにもうひとつ、くるりと回った。)
2021/12/15 07:17 [94]
kaname
2021/12/16 08:07 [108]
(夜更かしにはしゃぐいきものを横目に、使用済みのタオルやシャツをスクールバッグに詰めていく。花火と一緒に当面の食事も持ち帰るつもりだから、大きめのビニール袋も数枚。そうして出掛ける準備を整えながら交わす会話は、さながら友人同士のそれのように穏やかだ。えへんと言いたげに揺れる葉を見下ろして、その根元を手のひらで二、三度たたく。親が子を褒め称えるように。或いはやるじゃんと友の背を叩くように。)正解。まあ、今は消さなくても怒られねえけどな。(燃え尽きた花火を地面に投げ捨てては、母親にゲンコツを食らっていた子ども時代を思い出す。同時に、叱りつける母の声や、その光景を見て笑う幼馴染の表情をほとんど思い出せなくなっていることにも気付かされる。自然と下がる視線は、すっかり荷物でいっぱいになったスクールバッグへと落ちる。泣き言は言わない。どんなに辛くても生きなくてはならない。そう胸の中でくり返してから、ゆっくりと顔を持ち上げた。テーブルの上で陽気なダンスを披露していたいきものが止まる動きに合わせて、ファスナーを閉めようとしていた少年の手も止まる。)好きだよ。……そこの坂おりてすぐのとこに公園があるだろ。夏になると盆踊り大会があってさ、最後に花火も上がってたんだ。町内会のおっさんたちがかき氷とか焼きそばの屋台もやってて。楽しかったな。(クリーム色のカーテンから覗く青空を見上げて、噛み締めるように呟く。どんなに過去を懐かしもうと、あの夏は戻らない。心の底で澱んでいるものを吐き出すように深呼吸を一回。勢いよくチャックを閉めると、持ち手をそれぞれ腕に通して鞄を背負う。白いいきものの目の前に転がっていた鍵を手に取ると、)チャリまで競走!(唐突なかけっこ宣言と共に走り出す。体格差を見ればどちらに分があるかなど火を見るよりも明らかであったが、特にハンデをやるつもりもない。先ほどトマトを収穫した校舎裏のすぐ近くに止めてある自転車を目指して、全速力で廊下を駆ける。『廊下を走らない!』壁に掲示してある標語が目に入ればスピードを緩めて、廊下を振り返った。そもそもあの高さのテーブルを自力で降りられたのか。その確認をする為に。)
2021/12/16 08:07 [108]
root
ルウト
2021/12/16 12:52 [110]
(彼の称賛の指先にすっかり気を良くして、それは「えへへ」と誇らしげに笑った。ただそのあとに続いた彼の言葉に、慌てたようにじたばたと数度、葉を揺らした。)ええっ ばけつでけしたい ばけつ!(何故そうするのかがわかってはいなさそうな駄々っ子は、そう主張した。そんなわがままが彼に受け入れてもらえると、少しの疑いもないままに。彼の視線が下がって、再び持ち上がる。荷物の準備を手伝えるわけではないから、邪魔にならないように、テーブルの上で踊っていた。喜怒哀楽ははっきりとしているものの、ネガティブな感情はなかなか維持できないのが、恐らくは長所なのだろう。)おおきいほうの はなびだ!(きゃっきゃとはしゃいだ声で、笑う。本物に出会う機会はもうないだろうが、写真や絵本のなかでならば、見ることができる。ショッピングモールで、おおきいはなびを探してもらうのもいいかもしれない。そう思うだけで、楽しくてたまらないのだった。)ちゃり!(彼が学校の外に出る合図の、その鍵の音が好きだ。自転車に鍵なんてかけなくたって、もうきっと、盗んでいくひとなんていないのだとしても。よーいどんを言う前に駆け出していった彼の背中を、葉っぱを震わせてから追いかける、)……──かれいにちゃくちしたのに なんで みててくれないのー!(廊下の先で彼が振り返ったのに気付けば、半べそで叫んだ。かけっこ宣言に歓喜して、テーブルの上から一回転して華麗なる着地を決めたのに見ていなかった、というようなことを言い募る。ぐすぐす文句を言いながら、それにとっての全速力で廊下を駆けてくるさまは、ある意味シュールな光景だろう。腕がないから、代わりに葉で、それなりに器用にバランスを取って走っている。廊下の壁の標語には気付くこともなく、彼が立ち止まったままなら躊躇いなく抜き去って、駆け出してしまえばその背を追って、自転車の傍まで一直線。笑いながら、駆けていく。)かご! ちゃり! かご!(恐らくは肺がないから全力疾走したところで乱す呼吸があるもわけなく、それは直後に元気に自転車の近くでぴょこぴょこと飛び跳ねるだろう。のせてのせて、のおねだりとして、ありもしない両腕を差し出す代わり、彼の方へとバンザイめいて葉を向けながら。)
2021/12/16 12:52 [110]
kaname
2021/12/16 19:21 [111]
(保健室を飛び出した直後、廊下の端に設置された掃除用具入れにバケツが入っていたことを思い出す。中庭の池はすっかり緑色に濁っていて、水浴びや洗濯には向かないけれど、消火に使うくらいなら問題ないはずだ。はしゃぐ小さないきものに「うるせえ」「俺がルールだ」と文句を言ったにもかかわらず、いつもと違う夜が少しだけ楽しみに思えて、指に引っ掛けた鍵をくるくる回す。その動きは、一生懸命に走るまんどらごらが少年と並ぶまで続いただろう。わーん、と泣き出しそうな声に大きな口を開けて笑うと、その隣を同じペースで走り出した。大股で歩いたという方が正しいかもしれない。)大根のサーカスになんか興味ねーもん。(素っ気ない言葉の割につかず離れずの距離を保って、なかよく同時にゴールイン――するつもりだったのだけれど。下駄箱で忙しなく靴を履き替えている間に離れていくそいつの影に、余裕ぶっていた表情が一変する。「オイ!」と叫びながらスニーカーに両足を突っ込んで、かかとを踏んだまま校舎を飛び出す。必死に地面を蹴る足が先を走るいきものを追い抜いたのは、自転車に辿り着く直前のことだった。)……っはあ、クソ、そんくらい自分でのぼれや……。(肩で息をしながら、青い葉を伸ばすまんどらごらに悪態を吐く。そうは言っても彼ひとりでこの自転車をのぼるのは至難の業だろうから、諦めてその白いからだを抱き上げて。そのまま、網目の大きな自転車の前かごへとおろした。)あぶねえから足はバッグに入れとけよ。……とりあえず、一番近いスーパーから見てくか。時期的に花火は置いてなかったかもしんねえけど。(ファスナーを開けたスクールバッグを先客のいるかごへと載せて、空いた片手で施錠を解く。限界まで上げたサドルに跨って、伸びた前髪が落ちてこないよう耳にかけると、ゆっくりとペダルを漕ぎだした。傷だらけの自転車は、ひとりと一体を乗せて学校から徐々に離れていく。途中、ハンドルから離した指先で白くもちもちとした肌をつつくと、)なんか歌って。……静かすぎると逆に気が散っから。(人を狂わせる悲鳴ではなく、いつもの陽気な歌声をリクエスト。もしも気分じゃないと言われてしまったら、悍ましいほど音もリズムもめちゃくちゃな少年の歌声が夏空の下に響くことだろう。)
2021/12/16 19:21 [111]
root
ルウト
2021/12/17 09:43 [120]
(うるせえと怒鳴られたところで、堪えるような殊勝さの持ち合わせはなかった。ついでに、憎まれ口を叩きながらも己を待ってくれる彼が靴を履き替える間に、立ち止まって待つという選択肢も。少しの加減もなく一生懸命、楽しく笑いながら走り続けていた。大根呼ばわりされるたびに「まんどらごら!」と訂正は挟むものの、もちろん、そのやりとりだって大好きなのだ。調子の変わった叫び声を追いかけるように、背後から迫ってくる大きな足音。ゴールに到着する前に追い抜かれてしまったが、一生懸命走ったので、悔しいけれども悔いはない。息の上がった様子にぴょんぴょん跳ねながらまた、笑う。学校では、かけっこをするのがルールらしい。彼が何かをして勝つことができるのは今のところ、このまんどらごらにだけなので、彼が勝ってくれるのは、それもまた嬉しいのだった。)のぼれなーい!(と主張すれば、文句を言いながらもかごまで届けてくれる。やっぱり嬉しくて、風もないのにさわりと葉を震わせた。言われた通り、わざわざ開けてくれたバッグのなかによいしょと両足を突っ込む。)すーぱーの すみっこにあるかなー はなびっ はなびっ(彼の漕ぐペダルの動きに合わせて、自転車が進む。自分の足では絶対に感じられないスピード感に、楽しくなってからだを小さく左右に揺らす。手入れされることのない公園の木々、道路脇の植え込み、戸建ての庭。手つかずのまま繁茂する緑と対象的に、彼の往く灼けるようなアスファルトは未だ、かつてとほとんど変わりなく、目的地へと続いているのだろう。日陰から出れば、じりじりと暑い。ほんの少ししんなりとしかけた葉は、後ろから突っつかれて、すぐにぴんとした。)もちろん どらいぶに おんがくはひつようだからね(嬉々として宣ったそれは、彼のペダルを漕ぐリズムに合わせて歌いだす。レパートリーは彼に聞き覚えがあるだろう程度のかつてのヒットソングと、作詞作曲まんどらごらの曲とがばらばらにある。たったひとりの観客のために、それは楽しげにからだを揺らして彼の視界の端の邪魔をしつつ、伸びやかな歌声を響かせるのだった。──スーパーへ辿り着いたなら、今度こそ見てとかごから飛び降りようとして、そのままぺったりと駐輪場の床に倒れ伏すまでがもちろん、セットで。)
2021/12/17 09:43 [120]
kaname
2021/12/18 16:49 [134]
隅っこっつうか、裏側に行けばあるかもな。店員さんしか入っちゃいけないようなとこ。(可能な限り日陰を選んで走る自転車に、セミの鳴き声が降り注ぐ。以前は暑苦しくて仕方のなかった鳴き声も、すぐ近くで聞こえる賑やかな歌声も、うるさいほどの静寂を掻き消してくれるなら何だって有難かった。耳慣れない曲には「何それ」と視線を下ろさぬまま問いかけて、それがたったいま生まれたオリジナルソングだと知れば、「変なの」と笑い交じりに悪口を言った。この数年で道の端に溜まった枯れ葉を避けるように、車道の左端を走り続けて、決して飛行機雲が伸びることのない青空を見仰ぐ。目的地まではそう遠くない。自転車を転がすこと十数分、辿り着いたスーパーマーケットの駐輪場に自転車を停めて、鍵をかける。その最中、空に飛び出したまんどらごらがぺちゃんと地面に落下するまでの一部始終を見ていたが、)早くしないと置いてくぞ。(自力で起き上がることが困難だと知っていながら、今度こそ助けることなく横を通り過ぎた。そもそも助ける義理も無いのだし。とはいえ、わんわん泣かれでもしたら居心地が悪い。肩越しにチラチラと様子を伺って、着いてくる様子がないのなら本当に置いていくぞとせっつきもしただろう。――自動ドアがすっかり手動ドアになってしまった地元のスーパーマーケット。その扉を無事にふたりで潜れているのは、まんどらごらの身体能力によるものか、それとも痺れを切らした男が小脇に抱えてここまで運んできたからか。どちらにせよ、むっつりとした表情は日頃と変わらぬまま。)大根は花火探してこい。俺はメシとか歯ブラシとかシャンプーとか……まあいろいろ、必要なもん探してくるから。(入口に積んである緑のかごを手に取って、薄暗い店内を眺める。肉や魚、野菜類は既に腐っているかネズミに食われてしまっているから、賞味期限切れのレトルト食品やシリアルで食いつないでいる。シュガー味とチョコ味、どちらのコーンフレークにしようか箱を見比べながら、店内のどこかに――もしくは花火を探さずすぐ傍にいるかもしれないいきものに声をかける。)なあ、チョコと普通のだったらどっちがうまいと思う?
2021/12/18 16:49 [134]
root
ルウト
2021/12/19 00:29 [138]
(オリジナルソングへの感想が悪口だったとしても、彼の声音に笑みの気配が滲んでいれば十分なのだ。おかげで上機嫌にかごから飛び出したものの、華麗なる着地には程遠く、傍らから歩みだしていく彼に気付けばやはりじたばたとしながら「わーん」と鳴いた。じたじた、じたばた。めそめそしながら再び両足と葉でなんとか起き上がろうとするものの、結果は芳しくない。彼からの最後通告を受け取って、それは、ひとまず起き上がることを諦めた。)まってえ……(半べそでぐずぐず言いながら、横になったまま床をなんとか葉で押して、ころころと転がる。その速度は当然の如く二足歩行時よりも遅く、上りの階段やスロープがあれば完全に詰んで、彼へと情けなく助けを求めることになっただろう。常日頃には転ぶこともそう多くはないから、今日はきっと、そんな日だった。──彼に抱き上げられてスーパーへと入る。降ろしてもらえば、「ありがとーう」と嬉しげに礼を述べた。彼の表情がいつもと同じだから、特別悪びれたりもしない。)はなび……(ざわり、と葉を揺らして、繰り返した。彼と、店内とを見比べるように軽く左右にからだを捻る。その間にも必要なものを求めて棚の間へと踏み込んでいく背中を見失いそうになって、慌てて彼のあとを追いかけていく。だって、まんどらごらへの指示はなかった。ということにした。)ちょこ! ふつうより ふつうじゃないほうが うまいとおもう!(近くの棚をちょこまかと覗き込んでいたそれは、声を掛けられれば、ぴょん、と跳ねて主張する。植物なので食事など必要とする筈もないが、彼が望むなら食事の折に、ひと欠片やふた欠片のご相伴に預かることはままあるだろう。葉の付け根に謎の空間がぱくりと開いて食べ物をもぐもぐと飲み込むさまは、クリオネの食事風景と比べれば、見た目の衝撃度も多少控えめな筈だ。そんな姿を見せるのは彼にだけであるし、そもそも大根ではなくまんどらごらなので、とは自称である。)あとは? もっと なにかえらぶ?(彼の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねながら、明るい声で楽しげに尋ねる。構ってもらえたら嬉しいし、頼ってもらえたらもっともっと、嬉しいので。)
2021/12/19 00:29 [138]
kaname
2021/12/20 07:28 [156]
(静まり返った店内では、葉っぱの擦れ合う音や、小さな足がてちてちと地面を蹴る音がよく聞こえる。言いつけを守らず後をつけてくるいきものにやれやれと肩を竦めたものの、特に叱責したり邪険に扱うことはなく――というより、言ったところで仕方がないと既に学んでいるので。二種類のシリアルを比べる折には、実際に袋を掲げて見せる素振りも見せたろう。)んじゃあチョコで。(誰も居ないと分かっていても、店頭に並ぶものを袋に入れて持ち出すときは心臓がドキドキとうるさくなる。左右をキョロキョロと確認して、素早くビニール袋にシリアルを投げ入れると、やはり辺りを気にしながら立ち上がった。ふう、と短い息を吐く。妙な汗を掻いてしまったと額を拭いながら。)そうだな、ポカリの粉と水と……、あとなんかしょっぱいもん。他にもいろいろ。(言いながら、飲料の棚へと足を運ぶ。途中、足元を走り抜けた黒い虫に「ギャッ!」と悲鳴を上げてからは努めて足早に。そうして食料や飲料、衛生用品など、生活に必要なものを彼とふたりで吟味しては袋にどんどん詰めていった。最後に、一番の目当てである花火を探すため店内をぐるりと回る。季節の商品は大抵レジ近くの雑誌が置いてあるコーナーの近くにあるからと棚を覗いて、そこに並ぶかぼちゃ飾りに肩を落とした。が、セールのカゴに積まれた売れ残りの花火たちを見つけて、思わず飛び上がりそうな心地になる。)あった! 花火! すげー!(いつだってすぐそばにいてくれるいきものを勢いよく抱えあげて、カゴの中を見せてやる。喜びが抑えきれないと言わんばかりに腕を上下に揺すっていたから、少年が落ち着くまでちゃんと見ることは叶わなかったかもしれないが。中身が湿気ていることも考慮して、手持ち花火を2セット、小型の打ち上げ花火を3つほど手に取ると、既にパンパンになっているビニール袋に無理やり押し込む。)ポテチも持って帰るか。夜更かしつったらポテチだもんな。(平和だった頃の思い出をなぞるように呟いて、それから地面に下ろしたまんどらごらに好みの味を問いかける。「俺はコンソメパンチ」そう自己主張するのも忘れずに。)
2021/12/20 07:28 [156]
root
ルウト
2021/12/20 23:35 [165]
(荷物を運ぶ手伝いは出来ないから、彼の傍を歩いてあれこれと話しかける。彼の耳に静寂が聞こえないように。軽やかな足取りで左右の棚へ行ったり来たり、通い慣れた通路ならば、必要なもののありかも迷いはしない。途中で悲鳴をあげた彼をきゃははと明るく笑って、その急ぎ足にも遅れることなくついていくだろう。最後にいつもと違う棚を覗けば、それもまた楽しい。探していたものが見つからず、がくりと肩を落とすさまに彼の足を、葉でポンポンと軽く叩こうとした時に、突然すくい上げられて「はなび!」と彼の口にした音をそのまま辿った。目鼻はないが、上下に揺すられると事象の認識がうまくいかない。それでも途中で揺らされることそのものが楽しくなって、なによりも彼が嬉しそうなことが嬉しくて、明るく楽しげな笑い声をあげていた。)はなび うれしいな すげー!(いつもと違う収穫にほくほくと、いつもより多めのステップを踏んで、くるりとまわる。彼の言葉を真似、またぴょんと跳んだ。いっぱいに詰め込まれた物資のいずれもが、今日からまた彼を生かす。たくさんあれば、少しだけでも安心できる気がした。お腹を満たすだけでなく、遊び笑うことを忘れないための道具だって、今日はある。1本だけでも火が付けば御の字、というような実情かもしれないけれど、それでもきっと大丈夫。)ぼくも こんそめぱーんち!(ひときわ明るく、それは笑った。菓子の並ぶ棚まで、再び彼と一緒に歩む足取りは、やっぱり軽かった。まだまだ日は長い。確保した物資とともに次に向かうのは、洗濯と水浴びにだろうか。たくさんの荷物に自転車の前かごを追い出されたとしても、なんとか一緒に乗せてもらおう。彼が歩くのなら、隣を歩くのでもいい。何処へ行くときも、それはいつでも彼の傍にいる。見えないところへ離れることもしないで、いつでも、彼に声の届く場所にいるのだから。)
2021/12/20 23:35 [165]
kaname
2021/12/21 18:08 [169]
(喜びを分かち合った人間とまんどらごらは、踊るような足取りでお菓子売り場を目指す。たとえ空元気だとしても、現実逃避だとしても、今日を生きる糧になるなら何でもよかった。多すぎる荷物を自転車まで運ぶために途中でカートを拝借して、「ぼくも」と笑ういきものの隣を歩く。当時、住民のほとんどは町内の緊急放送で公民館や市民体育館に集められていたから、店内に死体が転がっているということもない。仮に店内に死体の山が築かれていたとしても、今や骨の山と化していただろうけれど。コンソメパンチと書かれたスナック菓子の袋を手に取り、花火の上に乗せる。)しけってないといいけどなあ……。(花火ではなく、ポテトチップスのことだ。この場で開けて確認すれば良いのだと思いつくこともなく、カートを押して店外へ出ると、ビニール袋ふたつを強引に前かごへと詰めて、それからお供のまんどらごらを抱え上げた。既に満員となっている前かごの上に乗せることも出来ただろうが、段差を乗り上げた衝撃で飛ばしてしまうのも忍びない。しばらく思案するように青い空を見つめていたが、やがてかけっこをした時と同じようにスクールバッグを背中に背負うと、)お前の席はここ。あんまりじたばたするなよ。(地面にしゃがみ込んで、開けたチャックから中に入るよう促す。必要があれば、いつものように手助けもしただろう。そうして背中に愉快ないきものを乗せて、少年は再びペダルを漕ぎだした。行先は町の端っこにある小さな河原。これだけ晴れているなら、夕方までには洗濯物も乾くだろう。行きに披露してもらったオリジナルソングへのアンサーとして奏でる鼻歌は、それこそ聞いた人間を死に至らしめてもおかしくない代物だ。呪いの歌声リサイタルは、自転車が目的地に到着するまで続く。)――……よし、次は打ち上げ花火だ!(陽が沈み、日中に川で捕まえた小魚を食べ終えたあと。中庭の広場にバケツを運んで、ひとりと一体は花火に興じていた。持ち帰ったお徳用花火セットのうち、ひとつは中身が湿気てしまっていたが、もうひとつは問題なく遊べるようだった。叱る大人が居ないのを良いことに、四、五本まとめて火をつけてはぐるぐる振り回したり、左右で手にした線香花火のうち先に落ちるのはどちらかを賭けたり。しんなりしたポテトチップスも、好きな時に好きなだけ食べてしまおう。そうして、最後に取り出した打ち上げ花火の説明書きをしっかりと読み込んで、かすかに震える指先で導火線に火をつけた。)…………すっげー……。(ひゅう、と黄色い光が空に昇って、三階の窓より少し高いところで弾ける。赤い閃光が夜空と少年の瞳に映りこみ、やがて溶けるように消えていく。空に浮かぶ月を残して消える光の粒が、自分を置いて死んでしまった家族や友人たちの姿に重なって、瞼がじわりと熱を持つ。誰に指摘されたわけでもないのに、煙が沁みたのだと言い訳をしながら残りの打ち上げ花火のパッケージをはがしていく。夜空では、欠けた月に寄り添うようにして白い星が瞬いていた。)〆
2021/12/21 18:08 [169]
本文
名前
パスワード