(夜のこしかけ)
gigi
ジジ
2021/12/12 01:55 [40]
(だってね、たとえばいつもベッドがそばにあったら、ずーっと眠っちゃうでしょう? おしゃべりしてくれるふかふかクッションたちと、洗わなくってもにおわないブランケットにつつまれちゃったら。でも、だからって、歩きつづけることもできません。わたしはいつでもとまってやすめるんだって、そういう気持ちが必要でした。それに、ほら。思い出すじゃない。そこに座ってたひとのこと。パパの書斎の、古い革の。お兄ちゃんの部屋の、F1の座席みたいなやつ。猫のハーティーのおきにいりのスツール。おじいちゃんちの玄関にある、ポスト代わりのロッキングチェア。学校の机にくっついてるやつの、濃い青色の背もたれ。スタジアムの平たくて冷たい席。二回目のデートの映画館の席の埃っぽさ。それで、もしわたしを思い出す誰かが、この宇宙のどこかにいたら、そのときはこの友だちのことを、いっしょに思ってくれるんでしょう。)

(あれから、季節は三つに分かれた。冬のはじまりと、北欧神話かシベリアの嵐みたいな冬と、あと、冬のおわり。冬がおわってまた冬がはじまるその境目には、ほんの数日だけまぼろしみたいな春と秋がある。太陽がすっかり隠されて、ほとんどいつも夜のような暗さだが、ときどきは日食みたいなぼんやりとした明るさの日もあった。ひとり生き残った娘は生まれ育った湖のほとりの街を離れずに、およそ三年を生きている。世界全体が冷蔵庫とか冷凍庫になってしまったようだったので、腐らずに残っている食べものを見つけるのはたやすかった。まだ両親のいる病院や図書館、ショッピングモールや教会。形を保っている建物を選び、いくつか拠点をつくってそこを転々としていたが、本当に冬が深まると、りすのようにたっぷりと準備をした上で冬ごもりをする。今年は凍った湖の近くの古いホテルで。)ねえ〜、まだ、いいかなあ。最近、ちょっとお天気おちついてるし……、まだ、外、いけるかな? クリスマスになっちゃう前に……。(ロビーから区切られたその部屋は、かつてはささやかなラウンジだったのだろう。暗い部屋の真ん中あたりに置かれた鉄のストーブの中では赤々と火が踊っている。そういう揺れる光源のせいで、もう座るものもいなくなったソファやちいさなテーブルが、ときおり体をくねらせているように錯覚した。いつそれらが本当に踊り出してしまってもおかしくはないのだと思う。だって今話しかけている相手も。)イス。(物の種類ではなく、誰かの名として口にする。ストーブの上にかけていた片手鍋からマグにお湯を注ぐと、すぐにコーンスープの湯気が立った。それで両手を温めながら、“彼”に近づいてゆく。)すわっていーい?(ひょいと背もたれを覗きこむようにしてうかがった。実体のない一脚きりの友だちが、今はどんな輪郭をしているかしらとたしかめるのもついでに。)
2021/12/12 01:55 [40]
isu
イス
2021/12/12 18:37 [57]
(椅子の生は少女と共に始まった。正確には“少女によって”、とするべきか。“光あれ”という号令と共に発生したのだとしたら、「これが?」と問いたくなるような。そんな寂しい空の下、気づけば彼女とふたりポッチの世界で在った。世界に唐突の椅子。そういうおざなりなやり方で生まれ出たにも関わらず、自分は全てを知っていた。革張りのアームレストをトントンと叩かれる感触も、少年独特の骨太な躍動感も。愛らしくも鋭い一撃必殺の猫の爪も、老人が口ずさむ何十年も前の流行歌も、座面の裏にガムをくっつけられる屈辱も。大勢の人間の熱狂、或いは怒りと落胆、退屈、安寧、甘酸っぱい恋慕。それは彼女と、彼女につながる誰か、もしくはその誰かに繋がる別のどちら様。そういった人間たちの、記憶と痕跡。いのちのぬけがら。それらは常に、自分の中に在る。だから、彼女にとても礼儀正しい自己紹介をしたのだ。世界で最後、たった一人のじんるいへの友好と、敬意。それから自分なりのユーモアをもって。なにしろ、挨拶ははじめが肝心。)

(──そんなわけで、自分とこの少女の頭上には、相変わらず同じ空がある。あの侘しい光が、肩をそびやかしているような色。天の大号令が、なんともけち臭いじゃないか。今や聖書なんて、彼女の体を温めるための貴重な資源にすぎない。くちゃくちゃに丸めて暖炉に放り込めばよく燃える。ホテルのベッドサイドテーブルの奥底に仕舞われて、長年忘れられていたようなカサカサのものが望ましい。そんなものでも、このストーブに放り込むには丁度いい。燃えるひかりの近くにいた椅子は、そんな考えに耽っていた。抗菌プラスチックと安っぽい青の合成皮革の、やたらと仰々しいかくばった椅子の形は、先ほどまで興じていた“絶対にその場所にふさわしくない椅子ごっこ”の名残だ。そう、どこの歯科医院にも置いてあるようなやつ。古びたホテルのラウンジを台無しにするような真似を、この椅子は今までにも時々やった。それもこれも少女に向けたささやかなエンターテインメントの一環だったのだけれど、彼女からの批評は、さて。)…どうだろうね。天気が明日もこのままなら、或いは。去年の冬の嵐はいつごろ始まったか、覚えているかい?(少女の声に、考え事から浮上するまでのほんの少し。人間で言えば瞬きを1回するくらいの間。落ち着き払ったおとなの声が、彼女の耳に、或いは胸に届くだろう。「思い出してごらん」と促す声は、彼女の聞き覚えのあるものなのかもしれないし、全く知らない誰かだったかもしれない。それから、自分がたった一人知る肉声が自分の名を呼ぶのに、)なんだね?ジジ。(と、椅子は返す。彼女がその音をかたどる時、およそ示すものはこの世でたった一つだという、プライドにも似た確信。覗き込む少女の顔はリクライニング機能のある背もたれの辺りにあり。それから彼女が瞬きをする間に、その場にふさわしくない椅子は、その場にふさわしい椅子になっていた。スッとした猫足にアームレスト、ふかふかしたゴブラン織りの、実にすました顔をしたやつ。それこそ、このラウンジの片隅の影の方に埃をかぶってシンとしているやつよりは、ダンゼン。多少の使用感はどうにもならないが。)もちろんどうぞ、奥様。(椅子は極めて気取って言った。丁度ホテルマンがそうするやり方で。腰掛けた少女がマグに口をつけたら、「お口に合いますか?」とでも言おうか。)
2021/12/12 18:37 [57]
gigi
ジジ
2021/12/13 18:51 [70]
(よわい明るさの中、眠ったホテルのラウンジには絶対に溶け込んでしまわない青が見えている。ちいさなころに見た医療ドラマを思い出して、それから実際に自分が座った歯医者の、薬っぽい匂いを記憶の中に嗅いだ。椅子、という約束ごとを守ったあとは自由に姿を変える友だちは、忘れてしまっていたことをときどき思い出させてくれることがある。見たこともない夢のような椅子の姿だってあるけれど。その大人の男性の声は、パパの弟の、ダグおじさんに似ているみたい。でもしゃべりかたはスペイン語のサイムズ先生のように静かだ。そーっと首を傾けて、脳を揺らしてひとつ前の大冬のことを考える。マグを抱えた手の指先をすりすりと合わせながら。その手首には男性用の自動巻きの時計が巻かれている。)去年はねぇ…、12月に入ったら、もうだめだったな。ずーっと、図書館から出られなかったもんね? 今年は、何を日記に書こうかな。なにかお話を書こっか。新聞の連載みたいに…、去年たくさん本よんだから、そりゃ〜すごい名作ができそうな予感よ〜?(日記。これは父親との約束だった。日付だけでもいいから、毎日何かを書き留めなさいと、たくさんの鉛筆とノートといっしょに。母親からは、起きたときと食事のあと、寝る前はかならず歯みがきをして、それから一日をはじめるときには鏡を見るように、ということ。今日もすこし前は手鏡を覗いてこの前切りすぎた前髪をいじっている姿があっただろう。覗きこんだあとのほんの一瞬、魔法よりも早く友だちが装いを変えることにはもう目をまるくしてびっくりはしないけど、でも、毎回ふしぎと新鮮だ。)うふふ。さっきのも、かっこよかったんですのに。(片足をちょこっと引いて、しゃなりと舞踏会みたいな礼をしてから、そのまわりと調和したかたちの椅子に腰かける。背中もお尻も、たしかにクッションのやわらかく反発する感触があるし、マグから離れた片手がアームレストをくすぐって、みがかれた材木をつるんと撫でもした。けれど、これは夢の椅子。それをわかってしまっているのは、おなじようないつかの冬の日だ。外で友だちをたよって休んだあとに、地面に座ったみたいに冷たく汚れたズボンをはいていたので。でも、わたしがいて、彼がいて、それならどれもこれもがほんとうのこと。こればっかりは、宇宙人にだってうそだなんて言えないわたしたちの世界だ。「毎日のんでもあきませんわ」と言いながら飲むコーンスープの粉は、ロビーの物資置き場にまだ大きな缶がある。)この前、ちっちゃいツリーをモールからもってきたでしょ。星をさ、取って、ちがうのにしちゃおって思って。(聖書を焼べることができる娘は、ベツレヘムの星だってもう見上げない。)
2021/12/13 18:51 [70]
isu
イス
2021/12/14 17:27 [83]
(外に出たがる彼女に、「買い忘れかい?」と確認するのも忘れない。冬籠もり前は、入念に、そしてたっぷりと蓄えの“買い物”を済ませている彼女。少女とりすは同じ素粒子でできているのに、自分はそうではない。ただの空の存在だ。そう思えば、椅子にとっては少女もりすも同じようなものだった。異なるのは、少女は座面のクッションを指でほじくって、そこに食物を隠したりはしないであろうということだけ。だが少女と自分は思考する。だからりすとは異なる。彼女が口を噤んで思考すると、ストーブの中で燃料が燃えるぱちぱちと言う音が聞こえる。それから、彼女が指とマグとを擦り合わせるかすかな音。それからそれから、小さな機械式の心臓が、チキチキと時を刻む音。)…そうだったね。しかしあの図書館は天井が高すぎて、室内がなかなか温まらなかった。僕は君が凍え死んでしまうんじゃないかと、それは毎日気を揉んで…、まあ、確かにあの場所で君が退屈することはなかっただろうけれどもね。成程、日記がエッセイになるというわけだ。君は世界最後のもの書き。帯文寄稿が必要なら言ってくれたまえ。(13年と、1日とんで3年分のメモリー。彼女が折り目正しく綴る日記には、前髪を切りすぎた時、「どうせまた伸びるじゃないか」とデリカシーにやや欠けた言葉を投げた誰かことも、綴ってあるだろうか。)TPOは大切さ。こんな時でもね。(椅子は相変わらずツンとすまして言いながら、豪奢な四つ足で少女をしっかりと受け止める。そうするのが当たり前という顔をして、姿勢を正しくして、触れられてもぴくりともせず。本当に立派な椅子は、光の中で浮かれて影を踊らせたりはしない。)それはようございました。(少女がいつか、どこかで見たかも知れない。ちょっと古いクリスマス映画の中に出てきた、気取ったベルボーイの発音。けれどもその遊びは、話題がくるりとスカートの裾をひるがえすように軽く宙返りするのと同時に、そこでやめになった。彼女の思考は実にころりころりと身軽に移り変わる。椅子は、ちょっとだけ気分を削がれたように黙った。椅子は大人であるらしいので、少女の頭の中の目まぐるしさに、ちょっと鼻白むようなそぶりを見せることがあった。それはまるで、ときどきまじめくさって板書ばかりをきちんとさせる、不人気な教師のようなのだ。けれども結局、最終的には彼女の話を面白いと感じているのだけれど。)ああ。飾りも頂戴して来ていたよね。…星を?…。(と、その目論みを知った椅子は、また少しだけだんまりになった。なぜ傷ついたのだ。「一体全体、何をかわりにするって言うんだい?」と問う声は、答えに興味はあるけれど、分別ある大人の振る舞いを忘れないようにしているのか、極めて落ち着き払っている。だが、友だちには声の端に潜むわずかばかりの好奇の響きは誤魔化せない。)
2021/12/14 17:27 [83]
gigi
ジジ
2021/12/15 23:56 [103]
(りすが地面に冬の巣穴を掘るかわり、そのソファの質のよい織物のささやかな凹凸を、短く切った爪の先でかりりとなぞる。もうずっと夜の中にいるので、きっと目で見るのとおんなじくらい、友だちの姿を肌でたしかめてきた。上等のソファに大統領みたいにどっしり座りこんだあとは、マグの底が近くにつれて味が濃くなるスープをすすりながら「そうねえ」と暗い天井に声を放る。新作を考え中の作家の顔で。)さむかったねえ! でもきっとね、このへんで最後まで残ってるのは、こことか、図書館みたいに、ふるくて石でつくった建物だよねえ。冬がおわるとさ、……、ちいさい家は、雪でぺしゃんこになってたり、するじゃない?(暗さにすっかり慣れた目で、揺れる火がつくるラウンジの闇の濃淡を眺めている。友だちのようなはっきりとした姿ではなくても、だんだんと、そこから物の輪郭がじんわりと溶け出してしまうような。それはまぶたの裏をよくよく見つめているとあらわれる不定形の星のようでもあって、今よりももっと、ほんとうに明かりがないときはよくまばたきをした。目をつむっているか開けているか、わからなくなるから。)そうだ、わたしが文字に起こすから、イスがお話を考えるんでもいいよ。んふふ、そしたらあなた、世界最後のゴーストライターね〜。(この口が語るのは、そんなふうにいつも気軽な思いつき。日記だって、物語を書くなんて口にする前からあることないこと書いている。が、今日の天気を書く代わり、友だちがどんな姿だったかってことだけは真実を欠かさずに。かつて、太陽が隠れておしまいになり、人類が滅びてしまう前。どちらかというと聞く側にまわることの多かったおしゃべりは、今はわりあい友だちよりも自分がマイクを握っていることのほうが多いと思う。大人びたふうの友だちが、黙ってしまうことがあっても。ときどきは「どうしたの?」と声を掛ける気づかいを見せることもあったかもしれないけれど、今日は失われたホリデーシーズンまっただなか、あと数週間後には誰にだって特別なしあわせが訪れるはずのクリスマス。ひどく寒さの強まる時季であるから、そういうものを余計あじわいたがるのかもしれない。つまりちょっと、浮かれようとしているのだった。)そう、そうそう、買いわすれだよね、これも。……、なにでつくったらいい? わたしたちの頭のてっぺんにあるものよ。宇宙人の船をかざるの。虹色のミラーボールなんかかな。(かつて世界を奪ってしまったその張本人(?)を、ツリーの頂点にかざるのだという。)イスのかたちのオーナメントももっと増やそうね。お気に入りのお顔、そだねえ、あとみっつくらい考えといてちょうだいよ。
2021/12/15 23:56 [103]
isu
イス
2021/12/17 05:49 [119]
…いや、待てよ。リスはもう存在しないのだから、素粒子ではない…ならリスと自分の方が近しいと言えないだろうか。(そんな不快な並列思考は段々と音になり出して、焦ったようにぶつぶつと囁くような声となっていた。それも少女の丸っこい爪で引っ掻かれた感覚でおしまいになるのだけれど。「ちょっと」と、いたずらな指を嗜めるように呟いて、それから彼女と共に記憶のページを辿る作業に戻る。)ああ、寒そうだった。僕は椅子でほんとうによかったと思うよ。…確かに、そうかもしれないね。今年はいったい何戸の家がペシャンコになるだろうか。(消えてゆくものばかりの世界で、一生懸命に自分を保つためのまばたきをしている少女のことを、椅子は知らない。死にそうなほどの寒さも、コーンスープのあたたかさも、黒と黒の狭間で瞼を感じ続けるたいへんさも。椅子は椅子に備わっている機能と、人間の記憶から参照して「どうやら“そう”であるらしい」という有限の知識しか持っていないのだ。だからこそ椅子なのであり、人間ほどに柔らかく複雑な機構でもない。少女に対して、いつだかそんなことを尤もらしく講釈垂れたこともあるだろう。)だからね、僕はお話を語ることはできるけれど、お話を考えることはできないんだよ。椅子はそういう風にできてないからね。だからお話を聞かせてくれるのは君の仕事。(そんな下地があるからこそ、どこか困ったような口ぶりでそう語った。でも本当は、試したことなんてない。無から有限のお話を作ろうなんて、椅子のすることではないからだ。くるくると想像力を働かせ、創造の翼を広げるのはいつだって人間の方だ。そう思っている。「どうしたの?」に「なんでもないよ」を返したあと、その翼に追いついた椅子は、「うん」だの「ほう」だのと相槌を打ったりする。そして、ボクシングデーの朝の記憶を思い出そうとしている。1日1日少しづつ膨らんだ風船や、パチパチと楽しい音を立てる静電気が、冷たい朝の空気に上がる子供たちのよころびの声と共にぱあっと弾けるようなときを。)宇宙人の船を?(きゃあ、という子供たちの歓声とは裏腹に、げえっというような響きのこもる、やや素っ頓狂な大人の声。それに驚いたように、共にストーブの中でぱちっと火の粉が爆ぜる。それから、きらきら7色に輝くミラーボールを想像する間、椅子はまた黙り込んで。)……なるほど、ツリーは人間世界の敗北の象徴というわけか。そこに僕のかたちがたくさんぶら下がる様は、何というか…実に象徴的だ。そうだな…ショッピングモールにいったいどれだけの種類の椅子のオーナメントがあるかといったところだが…発想は実に面白いね。(努めて冷静で、極めて儀礼的な批評。次いで、ふと思い出したように「でも、」と付け加え。)そうなると女の子のオーナメントだって必要だ。僕をぶら下げるなら、君もいなきゃおかしいだろう?(何せ僕ら一蓮托生なんだからね、と。)
2021/12/17 05:49 [119]
gigi
ジジ
2021/12/18 17:42 [135]
(ちっちゃないたずらは、「ふふふ」と笑い声を頬に含んでおしまいになる。ときどきなにか、どうもむずかしげなことを考えている友だちの気の惹きかたは、たぶん13歳のままだった。友だちがくすぐったいと言ってくれるまで、猫の手みたいにした五指をそろえてさわさわさわとその背もたれをマッサージしたこともある。もっとも、こうやって文句も言わずにお尻の重みを支えてくれる友だちだから、ほんとうにくすぐったかったかどうかはジジは知り得ないのだけど。)竜巻やハリケーンがなくても、星が落ちてきたりしなくても、ひとがいないと、町、だめになっちゃうのね。ねえ、雪って、溶けてなくなっちゃうのに。ふしぎだね。(人の住まない街は簡単に荒廃してゆく。つけっぱなしだったガスだかなにかが原因だろうか、これまで無人の街で火の手が上がるところも見た。それはちょっとだけ、タイムカプセルのよう。いつか誰かが生きていたよと告げる手紙のようで、生きのこりの心がなぐさめられたなんておかしい話も、友だちには語ったことだろう。さて、ぺろりと下唇をなめたところで朝の一杯はおしまいだ。空のマグをおなかのあたりにのっけて、友だちの背もたれに頭までくっつけてしまう。夜にストーブの火を眺めながらスープで体をあたためて、そんなのって、じゃあおやすみなさいと言いたいところだけれど、今は兄からの最後のプレゼント──腕時計によるところは、朝の九時半過ぎくらい。)イスはわたしより、たくさんいろいろ、覚えてるのにねえ……。(語ることはできるけれど。そう言う友だちに、いまいち納得いってないみたいに、うーんとくちびるをとがらせてうなった。今はひとまずそれ以上せがむことはせず、ツリーにかざる星の案に彼が上げた声にニヤッとする。プレゼントの山の中、ささやかなびっくり箱を開けてもらったあとのような気分。)新しい世界に、なっちゃったからね。なんかね、今までの神様ってもう…、あんまり、どこにもおありにならないでしょう?天国にも、わたしの心にも。それでも生きていくなら、なにかが必要だなと思うの。……宇宙人が神様とは、思わないけどさ……。(たどたどしい説明は一区切り。オーナメントの話になると、口元はまたご機嫌そうに緩んだ。)今年は、絵を描いて切ってかざろっか。そしたらたくさんできるもの。年が明けたら、次のクリスマス用につくりはじめるの。なんせ時間はあるからねえ。…へへへ。わたしのぶんもつくったら、ほんとにこの世のすべてって感じね〜。
2021/12/18 17:42 [135]
isu
イス
2021/12/19 19:11 [147]
(人間の少女というものは、変幻自在のものであるらしい。飴色の革張りの大きな背もたれで彼女を受け止めながら、何やらむぎゅむぎゅと触れてくる仕草をする少女に「やめ給え猫君」と声を掛けたのもいつの事だったか。彼女が猫であってもエッセイストであっても、自分はいつでも椅子で、彼女を抱っこし続けている。)そうだね。そのうち図書館や市庁舎みたいに石でできた頑丈な建物だって、崩れて無くなってしまうだろうね。……最もそれは、もっとずっとずっと後のことだろうけれど。(その頑丈な建物の一つに、まだ彼女のパパとママも眠っている病院が含まれていることに言ってから気付いて。ずっとずっと先のことだと付け足したのは、椅子なりの配慮だったのかもしれない。真っ白で重たく冷たい布団にくるまって、一切合切全てが眠りにつくのは、一体いつの事だろう。少女がぽつりとつぶやいた「ふしぎ」に、「そうだね」とそっと同意を示したのも。本当は、水蒸気と風とが作り出すメカニズムを知っていたけれど、彼女が聞きたいのはそういうことではないのだろうと思ったから。燃える街にすら、いつかそこにいた人々の気配感じ取って、どこか嬉しそうにしていた彼女を見ていたからこそ。朝ごはんを済ませたらしきその少女のおつむを支えた背もたれが、微かに軋む。)……。(残念そうな、納得していなそうな声に返るのは無言。それ以上突かれると弱いお話になると、椅子はたいてい黙り込むくせがあった。ちょうどずるい大人がそうするように。彼女の案に驚かされて、そして呆気に取られていたこともあり。そうする中でも、言葉を探しながらなんとか説明を試みている彼女の言葉にも耳を傾けながら。)…君にも、信じるものが必要?(彼女の心に住んでいた神さまとやらは、どんな姿形をしていたろうか。少なくとも椅子と宇宙人でないことは確かで、それでもそういった類の何かしらが必要なのだということを、今の今まで知らずにいたことを少し意外にも思う。そこに何もなければないで、彼女はきっと何かを見出していくのだから、神さまの代わりを欲しがったって何もおかしなことじゃあないのだけれど。)絵を描くのは名案だと思う。なんならそこらに転がっている廃材を使って、何かを拵えたりもできるかもね。宇宙人と椅子の形をしたものを探しに行って遭難したら、笑い話にもならないだろうからね。(皮肉屋なところのある椅子はそう言ってから、「もう来年のクリスマスの話をしてるのかい?」と、少々呆れた声を出すけれど。「それなら」と続け)…クッキーを焼きなよ。油脂と砂糖を小麦粉を探してさ。いろんな形に型抜きして…それをツリーに飾るんだ。君の食糧にもなるし、ちょうど良いだろう。(まるで、彼女のご機嫌が感染ったみたいに言う。当の椅子は、大真面目だったけれど。)
2021/12/19 19:11 [147]
gigi
ジジ
2021/12/20 22:47 [163]
そのころには……、宇宙人も消えてるかな?もうたっぷり、次の星にワープするエネルギーもじゅうぶん、なんて言って、太陽のひとりじめも終わってるかな。(頭を背もたれに埋めたままで、後ろから声をかけられたようにちょっとだけ振り返ると、そのすっと格好のついた友だちの背もたれに頬をすりつけるような形になる。ちっとも冷たくはない感触。あの日、宇宙人が現れて人類に、あるいは太陽系すべての命にテレパシィを送ったことは、残されたたくさんの記録から知ることができた。もちろん、パパとママの手紙にも。われわれが留まるのはほんの少し、あなたがたが物事の変化を認識する概念、“時間”でいうところの──200年ほど。 もちろん受け入れられない心の持ち主がほとんどだったので、地球から返ってきたその反応を見て、宇宙人は滞在時間を短くする代わりに地球人類の命を吸い取ることにしたのだという。どれくらい短くなったかは明かされていなかったけれど、ときどきは夢物語として、長い夜がすっかり明けたあとのことも口にしたがった。今回は、「そうしたら、あたらしくお家をつくんなきゃねえ」と。友だちがつくったいつもの無言に気づいたら、ほっぺたをくっつけるのをやめて頭の後ろをずりずり押し付けた。自分のための軋む音を聞きたがるように。)……ほんとうのことは、こわいもの。ううん、なにがほんとうかは、わからないけど。……みんな、こっちに体をおいてっちゃっただけとかさ。たましいになって、宇宙人の世界で、けっこう自由にしてるとか。“そうだったらいいな”っていうのが、欲しいかもって思ったの。(新しく信ずる神が欲しいというよりは、失せた人類への救いを求めて。みんなの心残りを十字にかたどって、それを背負ってゆく“最後のひとり”になることは、たぶん耐えきれないのだろう。だからこうやって、“友だち”もそばにいてくれるようになった。「わたしが考えたくないこと、イスが考えてくれるでしょ」とも口にして。)のこぎりとか、そんなのならこのホテルにもあるもんね。おとなしくあるものでDIYしよっ……、(しよっか。友だちの案に頷きかけて、けれどもその続きとしてもっといい案を聞いてしまったので。空っぽのマグを手に持ったまま、ぴょんとその場に立ち上がって、)それね!(夜の中に髪を揺らして友だちを振り返る。目はプレゼントを開けたときのようにらんらんと。)そうしよ!今日はその練習にしましょ。オーブンは…、そうねえ、スイートルームのおっきい暖炉、あっためてみる?まあフライパンでいっか。火が通ればいいんだもん。(ふむ、と唇に指をあてて暗い天井を見上げながらの検討。それからまたちらっと友だちに目を戻して、)ね、キッチンについてきてくれるときはどんなイス?
2021/12/20 22:47 [163]
isu
イス
2021/12/21 20:33 [172]
(少女の柔らかくも椅子のクッション地よりは肉の足りない気がするほっぺたを感じながら、「どうだろうねえ」と言う生返事をする。そうしながら、彼女がいつだか話してくれた世界の顛末を思う。人間が満足に吟味することを許されなかった、究極の二択。すっかり文句を言う人間たちのいなくなったこの星の真上で、彼らがきっかり200年分ほど居座るつもりでいたとしても、なんら不思議はなかっただろうけれど。世界の命運からこぼれてしまったひとりぼっちの女の子のする明るくなった未来の話に、余計なことを言って水を差すほど椅子は意地悪くもなかったから、夢物語とわかった上で驚いたり感心したりするだけだった。)……。(自分に触れるほっぺたはいつの間にやら頭になって、それを支える背もたれと座面の境い目がキシキシ言った。少女の独白を聞くあいだも、そのキシキシかたかたは続いていただろうか。黙りこくったかわりにキシかた音をたてるほかは、椅子の感情表現は何もない。ただ高みから人の世を見守り賜う神とやら、宇宙でたましいだけになって少女を見守っているいなくなった人々。そのどちらも、椅子にとっては非現実で、ただ思いがけず彼らと同じに“物言わず耳だけは傾けている”と言う行動をしてしまっていた。だから、自分が“どんな”かを知る彼女の言葉に「まあね」とちょっと得意げに答える声があり。)そのために僕がいると言っても過言ではないだろう。(そんなふうにいつも通りのすまし顔で答え、その上自分の提案が採用される方向に更に得意げな頷きを一つ落とすような雰囲気があったけれども──唐突に受け止めていたからだがぽんと宙に放り出されるように跳ねたので、大層驚いて「おっと」と小さい声を上げた。)…では今日の予定は決まったね。(「危ないじゃないか」と零しかけた文句の一つは、その双眸に明るい光が揺れるのでどっかに行ってしまった。代わりにそう請け負って、)オーブンがわりに大きい暖炉を使えば、部屋が温まって一石二鳥だけれど…燃料も使うし火の管理が大変だ。まずは君の言うようにフライパンでやってみるのが良いだろう。干した果物はまだあったっけ?(と、干し葡萄や干しりんごなどを中身に混ぜ込んでみる提案も。そうして彼女からの問いには、少し検討するような間があり。)…ううん、…ベビーチェア…かな…。(四角い思考回路が導き出した答えがそれだった。キッチンという、およそ人が腰を下ろさない場所に合わせた苦しいTPO。小さな木製のテーブルのついた車輪付きの小さな椅子が、必要な物資を座席に詰めて少女の後ろからコロコロとついて行く午後が、今日はあっただろうか。)〆
2021/12/21 20:33 [172]
gigi
ジジ
2022/1/15 03:18 [181]
(友だちのおしゃべりだって、いつも自分のためのものってわかっていて、それでも椅子のきしきしいう音を欲しがったのはただ甘えてみただけのこと。ハグをねだるかわりの仕草は、16歳より13歳寄りかもしれない。友だちの静かな声はどこから響いてくるのかときどきわからないような、心に直接に聴こえてくるような気さえするのだけれど、きしきしかたかたのほうは肌が聴いている実感がある。そういうことにささやかに気を取られていたので、友だちが黙った間も「去年読んだ本の内容ね」と笑ってつぶやいたあとは特に何言うこともなかった。高次元へのアセンションも、カジュアルな転生も、もちろんだいたいぜんぶ受け売りの、切って貼ってのファンフィクションだ。信じるなにかがほしいのはほんとうのことだけれど。立ち上がって、片方の手の指には空のマグの取っ手を引っかけたまま、もう片手は床に置いておいた手回し充電のライトを拾う。ラジオだって聴けて、スマホの充電だってできるやつ。)イスは…、ふふふ〜…、わたしのことも、わたしより考えてくれてるもん。(自分で言ったくせ、ほんのり照れたような含み笑い。ジジの目が届かないところを友だちが見てくれている。つまりそれっていうのは、自分よりも自分のことを知っている、ということでもあるのかも。さて今日の予定が決まったなら、相手の声にふんふんと頷きながらまずは頭の中でお菓子のかたちをつくってみる。)干したのは〜、オレンジがまだあったよね? あと…、外に埋めたのがのこってるはずだよ。ネクタリンとか、ぶどうとか…、かちかちだけど!(「種はとっとこうね」だとかつぶやいたのは、これもまた夜が明けたあとの夢物語。いつかふたたび芽吹くものを見届けられたら、という祈りだ。大きな樹の下で、その木漏れ日がちらちらと頬に落ちるのを感じるときには──、友だちにはきっと、背もたれがなだらかな角度をした、揺り椅子の顔をしてもらおう。)たまごがあったらなぁ。おいしいし、アイシングだってできるのに〜……、(歩き出しながらそんなふうに言ってみるけれど、これは贅沢って自覚もあった。もしかして、もしかすると、どこか別の宇宙の滅亡した地球では、今日食べるものすら見つけるのがやっとのひともいるかもしれないし。──なんて、マルチバースのお話もまた、昨年読んだ本のひとつ。暗いホテルの中をライトで足元を照らしながら、ふと振り返ればそこにはちょっとかわいいベビーチェアの友だちがいるのだろう。ほんのり生まれるなつかしさは、もしかしたら似たような椅子を自分が使っていたのかもしれないな、と思わせる。)いまのイスのクッキーもつくろうよね。(笑って言うと、少しだけ歩みをゆるめて、友だちの隣に並ぶようにして。そうして、練習、と言ったとおりに、この日つくったクッキーの出来は──まったくそれなりだったのだけれど、クリスマスの当日までには、友だちといっしょに、世界最後のペイストリー・シェフになれたらいい。)〆
2022/1/15 03:18 [181]
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