クリフォード
2021/12/12 11:03 [46]
(男の世界は静かで、狭く、緩やかな崩壊を受け入れていく時間だけが過ぎていく。身体がゆるやかに意識を浮上させ、目覚めたときからが一日の始まり。木製の万年カレンダーの日付をひとつ進める。これは息子からの贈り物であったか。汲んでおいた水で濡らした布巾で顔と身体を拭き、身支度を整える。少し肌寒くなってきたように感じれば、ジャケットを一枚追加して男は住んでいる家を出た。──場所はとある大きな大陸の郊外の別荘地にあたる。元はボタニカルだかオーガニックだかを掲げ、周囲の手つかずの自然を目玉に観光地としても栄えた小さな町だ。森も川も豊かで汚染もされていなかった。世界が崩壊し4年と10ヶ月。男がここを居にしてから1年と4ヶ月。文明は水力や風力を原動力になんとか持ちこたえているような有様の街である。男が一人で作り上げた、男だけの街になり、男が治める国である。──今でこそ根を張る生活をしているとはいえ、定住地を見つける前は柄にもなく宛どもなく世界を回ったものだった。結局のところ、人間という生き物には終ぞ出会えることも無く3年を経た。孤独を思い知らされる月日は耐え難く、3年が限界だった。世界に期待するのをやめてしまった。旅を辞め目を付けていた終の住処を生きやすくする作業に精を出し始めると、一人を受け入れたのか受け入れられなかったのかは分からないが、その辺りから視界の端にはころんと丸い毛玉がちらつくようになった。)ぇ……ん、エホン。あーあー、……やれやれ。乾燥すると声が出なくなってしまうな。えんじゅ、今日はどこにいるんだい。(さて、水車が轢いた小麦粉を今日の分だけ袋につめて、両手と前髪を粉だらけにして出てきたところだ。たった1匹の友人に声をかけたのはそろそろ昼飯だと思ったからである。愛玩動物など飼ったことがなく、出会った時はただのネズミとの違いも分からなかった。なまじ生真面目気質から文献を紐解いて、知識だけは得たハムスターという生き物の生態はイマジナリーの中でリアルに近づいたようだったが、結局のところお互いに自由に過ごすことに変わりはなかった。この後はパンを焼いて、ナッツのハチミツ漬けを開けよう。そういえば、夜の灯り取りに電気を貯めていたソーラーパネルの調子が悪いが、如何せん工学には明るくないからもう直せないだろうなぁ。落胆は素直にため息となってまろびでる。男は文明の残り滓を掻き集め、管理を生業としている。停滞を選び、滅びゆく世界で、やがてくる己のおわりを待っている。)
2021/12/12 11:03 [46]
えんじゅ
2021/12/12 13:17 [49]
(数多の生き物がそうであるようにこの毛玉も自由気ままに生きている。幻であるから『存在している』と言うべきか。夜行性の生き物の姿通り、就寝の挨拶を交わした後でもごそごそ歩き回るから毎晩寝入り端は耳障りかも知れない。全ハムスター御用達の回し車がこの家にないならば、家中を隈無く歩けば良いのである。幻だがその辺は誤魔化しが効かないらしい。明け方、貴重なティッシュをわさわさ運んで細かく裂いてこしらえた別荘──本宅はない──のひとつ、本棚の一角に潜り込んでいた。この家にはそうしたしっとりしたティッシュの塊が点在している。眠気を感じた時に手近な別荘で寝るものだから、時折使用に間が空いて友に処分されたとしても怒ることなくまた新たな別荘を建築するのがこの毛玉の生態である。そんな風にして、友が朝のルーティンに勤しむ間もふかふかのティッシュの中くぅくぅと眠っていたのが、ドアが開いた音に反応してむくりと起き上がる。乾咳と共に名前が呼ばれたら、少年とも少女ともつかぬ子どものそれであるのに奇妙に落ち着いた声音が応じるだろう)やあ、お帰りクリフォード。ここだよ(友が己を発見するなら本棚の仕切り板に逆さまにぶら下がり、一段一段覚束なく降下を試みているアプリコットの毛玉が眼に入るだろう。仮に落ちても何事もない事は1年を越える付き合いで分かる筈)パンを焼くんだろう、付け合わせは何だろうね?……その前に君は前髪を窓辺で払うべきかも知れないね(仕切り板の間、縦に伸びる橋と化しながら油滴の瞳がちらりと友を見て、笑う気配がするものの全体的に震えているのは無理な体勢のせいだ)そしてどうしたんだい、と聞いても恐らく何も手伝えなくて申し訳なく思うけれど、話ぐらいは聞こうと思うよ。幻なんだから、それぐらいは親身になるべきだと思うんだ(手は下の仕切り板へ伸ばし、足は上の仕切り板。ただぶら下がるばかりでどっちをどうとも出来なくなった毛玉が友の溜息に気づいて淡々とのたまう)
2021/12/12 13:17 [49]
クリフォード
2021/12/14 00:05 [75]
ああ、そこにい……落ちかけているというわけではないのだね?(部屋に入るなり、速やかな応答に声の方を向くと、短い手足には相応しくない段差に果敢に挑戦する姿を捉える。怪我をするしないに関わらず何かが落下する様は心臓が冷える心地がするもので、危なっかしい様子を気にしながら手荷物をまとめていく。この部屋に置いてあった籐の籠に、めん棒やボウルに相当するものと粉の袋を入れた。「付け合わせね……」考えながら両手の粉を雑に払い、その流れで白髪に紛れて付着していた粉については「おっと」とたった今気づいたように指先で軽く払い落とす。)鏡を見てこなかったから助かったよ。(そして次に足を向けた本棚で、柔軟に伸びている友の下に受け皿のように手のひらを差し出した。粉がなくてもカサついて、筋張って弾力の少ない壮年の男の手である。この手は小さな陽だまり色の重みが手のひらに感じられるまで辛抱強く待つとして、)なに、しばらくは夜に日記を書くのはやめようかと思っていたところでね。日に日に、目も耳も衰えていくような心地さ。労ってやらねば。(ハムスター一匹程度ならばこの身体の何処に侍らせようと苦ではない。肩か、頭の上か、ポケットの中であろうとも。ひとまずは安定する手のひらの上に乗せたまま、用のなくなった部屋から出て向かうはキッチンである。)グルメなハムスターの君に聞きたいのだが、食べごろのナッツの見分けはつくかい。(保存食の瓶が立ち並ぶ戸棚に友を案内しては、目的のはちみつ漬けやピクルス、果実酒のそれぞれを眺められる一段に降ろそう。パンを作る時に誤って混入してしまい、焼きネズミのパンになるのはあまりにしのびない。慣れた手付きで重曹とレモン果汁を用いたパンを作っている間は離れていてもらうとして、会話に興じる口舌は淀みなかった。)今日は昼を過ぎたら養鶏場からビニールハウス、倉庫の点検をするサイクルだが君の乗り物は何にする?君の気分によっては、私の帽子がハットからニット帽に変わるかもしれん。
2021/12/14 00:05 [75]
えんじゅ
2021/12/14 23:44 [90]
もちろんそうだとも、ただ下へ降りていくだけさ。仮に落ちたところで幻なんだから痛くもかゆくもないんだけれどね(己を事ある事に幻と主張するのはこの毛玉の口癖のようなもの。自信満々に落ちかけてはいないと言った癖して年相応に皺を宿した友の大きな手のひらが眼下に受け皿として現れれば迷わず何かの均衡を崩してまず小さな両手、次にもちもちした腹からぼてっと飛び込んで、縁の役目を終えた足は最後だった。桃色の手の骨張った質感と爪の感触、カイロめいてほかほかした体温、つやつやの毛の手触り、見てくれの割にはどっしりした重さを感じるのだろうが、それだって幻だ)ねえクリフォード、いくらこの世界にいるのが君ただ独りでも、身だしなみを忘れちゃあおしまいだよ(不格好な着地も文字通りの救いの手を差し伸べられたこともまるでなかったかのように、足を投げ出しくつろいだ様子で毛玉が抜かした)日記は君のルーティンのひとつじゃないか。確かに医者もいないから何かあってはいけないけれど、じゃあこれからは朝に日記を書くのかい?僕なら忘れてしまうし、付き合える自信もなくなってきたよ(夜、机に向かいペンを走らせる男の手元をちょろちょろしたり、ペン立ての隣に座ってあれこれ語る夜もあっただろう。男の手のひらで輸送されながら都合良く発露する記憶力の無さを表明し、おもむろに毛づくろいを始めたりする。キッチンの色々な匂いには鼻粒がヒクヒク動いて)ナッツのはちみつ漬けだね?ああ、とびきりのを選んであげるよ(パン種は手足につくと取るのが大変なので大人しく棚の上に降下させて貰うこととし、早速歩き回って瓶の曲面にとんでもなく伸び上がった顔を映したりしながら吟味を始める。もちろん友との会話も忘れない。幻なのだからそれぐらい出来ねばならない)今朝は少しばかり冷えた気がするけれど、今のおひさまはどんな風かな。君のニット帽の上で日向ぼっこしながら鶏達を見下ろすのも悪くないね(陽射しの具合は保存食が並ぶ棚からは確認し辛いが、余程の荒天でなければ友がニット帽を選ぶのは必定だろう。そのうち立ち上がって瓶のひとつを小さな両手がぺたぺた触りながら、油滴の瞳で友を見る)これが良さそうだ、クリフォード。このはちみつの中に沈んだアーモンドをご覧よ、つやつやで実に美味しそうだ。ここにひまわりの種がないのが残念で仕方ないよ(例えこの街にひまわりが咲かなくとも、幻だから白黒のしましまの種を勝手につまんでいるだろう。剥いた殻だってどこにも無い。無論本物があれば言う事なんて全く無いのだけれど)
2021/12/14 23:44 [90]
クリフォード
2021/12/15 20:15 [100]
(どんなに虚構で虚像であるとその本体が主張したとて、聞こえぬはずの声は脳裏で言葉として認識でき、手のひらの上の温もりを知覚している以上無視できない──というより、歓迎している感情が為、いないものとして扱うのを嫌がっている。なにせ"友"だ。友は毛繕いに余念がない。見ればいつでもくしくしと、全身を器用に梳かして艶めく毛並みを披露してくれる。そして、そんな彼に指摘される"身だしなみ"は鋭く胸をつくのである。)まいったね、おいそれと耄碌してもいられんらしい(図星はしかし嬉しそうに受け取って、キッチンまでの道中でコームを使って髪型を直した。確かに、整えた服装は心の表れだ。懐かしき学び舎でも口を酸っぱくした教えを思い出し、教え子たちの顔がいくつも浮かんでは消える。男の残る記憶はどうしたって人の顔が付随する。そういう生き様であったから。かつての日記には多くの人名が連なっていたが、今では一匹のハムスターのことも加わっている。)なぜだか、そう言われるとナイトルーティンを変えるのも惜しくなってきた。ランプオイルが消えるのが先か、老いぼれの命の灯が消えるのが先か。その程度でもあるしなぁ。(ふと湧いた選択肢の分岐を友と分かち合って決めていくような日常で、友の意見を聞く機会は多い。拠り所であるのか、ただ背中を押してもらいたがっているのかは分からずも、小さな前足がちまちまと指し示すものはやさしいものが多かったから。友を棚に置き去りにして、キッチンの奥の焼き窯を覗き込む。奥で火種が燻ぶっている。丁寧に周りを掃除して、薪をくべれば蘇る炎の揺らめきに心を躍らせた。)よく晴れているよ。(先ほどまでの記憶と窓から差し込む光に眩しそうに目を細めて、作業台で粉をこねはじめる。パンを整形して焼いてしまうまでには体感AM中の時刻は早くも昼下がりになるだろう。──熟成された蜂蜜は濃い鈍色をして、友のアプリコット色がより明るく見える。選ばれた蜂蜜の瓶と一緒に、友を机の上に乗せて一緒に食卓を囲む。焼きたてでも固めのパンを蜜でふやかして食べながら、お墨付きのアーモンドをスプーンで持ち上げた。つやつやだ。)……ひまわりの種といえば、今年の夏に咲かせた分がそろそろ取れるさ。まあ私が食べるわけではないがね。(一年の付き合いで友と過ごしたから増えたことが、様々な種子の蓄えを増やしたことだ。ひまわりは花が咲いてから2か月放置して、しっかり枯れ切ってから花から種だけ取り出して乾燥させる。天日干しの種たちは今日こそ絶好の収穫日和だろう。倉庫の管理棚の空きがあったかな。男の管理項目にまた一つ物が増える。)
2021/12/15 20:15 [100]
えんじゅ
2021/12/16 00:42 [105]
まあ、環境が人を変えると言うから、もしここが洞窟やジャングルの奥地なら多少野蛮な見た目でも許される気がするけれど、ここはとても綺麗な町だからね(自称幻の癖に、構われるのは満更でもないらしい。初めて彼の前に姿を現した時、今と変わらず淡々と名乗っては気ままにうろついて、窓の外を見て『良い所だね』と褒めた。しゅうまつを過ごすには最高の場所だ、とも。友が指摘通りに髪を整える一方、体積に見合わぬアプリコットの長毛は梳くため身を捩る傍から毛並みが波打つものだからいつまでも終わらない。一段落ついたところで、眠るため丸くなる折に律儀に畳む耳の寝癖が取れていない)明かりの心配をしているのかい。多少眼が悪くとも生きるのに支障はないと思うよ。それに、案外そういう時程いきものは死なないものさ(律儀にハムスターの生態を紐解いた友ならば、この齧歯目が本来極度の近眼である事とその割に眼の前の毛玉にはそんな素振りがないと気づくかもしれない。晴天の知らせを聞けば『決まりだね』と頷いた。そうして友はパンを焼き、幻は保存棚の上を探検して過ごした。何度調べても探検は楽しい。そうして昼食の支度が整い、友の向かいにちょこんと座ってこちらは直にアーモンドを手に取る。固めのパンはネズミの鋭い歯の前にあってはちょうど良い歯ごたえだったから、分け与えられた分を半分はパンくずを撒き散らしながら腹に収め、残りは頬袋に詰め込んだ。ひまわり解禁の報せに右の頬をパンの形に歪に膨ませながらハッ…と動きを止めてから)! やっとかい、待ち詫びたよ。人間はアーモンドやカシューナッツなんかは喜ぶのに、ひまわりやかぼちゃの種には興味が無いなんて全く不思議な事だよ──かぼちゃの種はたまに食べるらしいけれど(基本この毛玉は友に何か要求することはなかったが、夏の盛りにやたらとひまわりの成長過程を見に行きたがる事は例外だった。やがて花開いた大輪を油滴の眼差しをきらきら輝かせて見つめ、種の収穫だってバケツを伏せた特設の日陰からきっちり見守った。そこから二ヶ月の乾燥が待っていたのは想定外だったらしく、その日一日ふて寝をしていたけれど。蜜に濡れたアーモンドを丹念に赤い舌が舐めて舐めて、手についた蜜も舐めてとその食事はやはりちょこまか忙しない。満を持してアーモンドに齧りつきながら)ビニールハウスは何が採れるんだったかな。さつまいもがあるととても嬉しいんだけれど(卵も喜ばしい食事だがそれよりは野菜の方が関心高い。植わっている野菜は前も聞いたかも知れないが忘れてしまった。何せハムスターなので)
2021/12/16 00:42 [105]
クリフォード
2021/12/17 21:04 [124]
終の住処を自分で決められるのは本当に恵まれた人生だったと思うよ。これ以上何事も無ければだが("先生"と呼ばれることの多い人生だった。教師であり、研究者であり、政治家であった。実に色んな事をして善きも悪きも敵も味方も多かったのに、最早そんな判断を下す必要はなくなり、誰のためでもなく自分のためにすべてを為さなければならなくなった。それを罰だと思う日々は過ぎ、今でもふと考えることはあるけれど、この小さなハムスターの前ではそのどれにも当て嵌まらぬクリフォードであることが多かった。ハムスターにはご高説という概念はなかろう。ふふ、と笑う。身だしなみと言えばきちんと髭は剃っているのだよ、君の髭は大事なアンテナだろうけどね。)それもそうだ、寧ろペンが乗ってインクが切れたときの方が絶望してしまうかも知れないな。また物資を取りに行く旅は骨が折れる。(そうして、友人の提案もあって今晩以降はキャンドルナイトの機会も増えよう。小さな口で器用にパンもナッツも腹に収めていくその姿を何となく見つめてしまう。小動物がものを食べるさまはなぜだか面白いのだ。男といえば、蜜の滴るアーモンドに四苦八苦するのを横目に、甘いパンに飽いた口をピクルスで癒やした。)食べる用途で言えば……食いでがないからな。小さ過ぎる。保存するにはきっちり乾燥させねばならん。待った分だけ冬の間の食には困らんよ。(来年花を咲かせる分も大いに取れた。サイクルが安定すれば一定量は供給が賄える自家栽培は安心を呼ぶ。イマジナリーである彼の食料を確保したところでどうということもないが、精神的に救われるものがあった。男は細やかな管理で物事に変容がないことに安堵を感じる性格であったから。)イモ類はそうか、そろそろ時期か。冬に向けて根野菜の出来を見ておこう。(夏野菜は上手く行った。トマトはありがたい栄養源であり、何もしなくても食べられる優秀な株だ。冬よりも夏の方が老いぼれには堪える。厳しい季節を乗り越えて、少し呑気な風情ではあるが生命の危機に直面していない今、基本的に男はこんなものだ。)腹は満足いったかい。(革の手帳に昼食べたものを書きつける。自分の分と友の分も念の為。小休止が終われば「散歩にしよう」と席を立つだろう。もちろん、帽子はぽふんとやわらかいニット帽を被って。)
2021/12/17 21:04 [124]
えんじゅ
2021/12/17 23:19 [127]
恵まれたと言うよりは最後の慈悲のようにも思えるね。第二波だとかそういったものが来ないといいけれど、君一人を消すためだけなら少しばかり大掛かりな事だと思うよ(理想的な場所が無傷で存在し、そこに辿り着けた事からして友には奇跡だったろう。残念ながらその時毛玉はまだ幻ですらなかった。何事もないに越したことはない、と言えばいいものを長閑な半開きの口が小憎たらしい言い回しで紡ぐ。昼下がりの陽に透けるような細い髭にもまた寝癖が少々残っている)陽が沈んだら眠ればいいけれど、インクがなくなったら……木炭かい?それとも木の汁?君の字が一気に読みづらくなってしまう。ここは静かで良いところだけど、配達が来ないのが惜しいところだよ。たまに思うままビスケットを齧りたくなる日だってあるもの(都会の喧騒から隔絶された町は整備されたインフラで成り立っていたから、物資調達は一苦労だ。この町になければない。ハムスターに必須のあれこれが手に入らない現状も『僕が幻で良かったね』と頷き受け入れた一コマもあったろう。幻だから、傍でキャンドルに火を灯しても何も心配することは無い。アーモンドを丁寧に齧って咀嚼して腹に収める。その仕草はとても細かくちまちまとしてやはり忙しない。視線に気づけばどうしたんだい?と尋ねたりもして)量が足りないなら全て食べてしまえばいいじゃないか!保存の必要もなくなるよ。もちろん来年の分は取っておいてね(ことひまわりの種が絡むとどうにも知能が下がるのがこの毛玉だった。ひまわりを植える現場には連れて行かない方が得策かも知れない。恐らく植える種を頬袋にしまってしまう。僕は幻なんだから種は乾かさなくてもいいんだよ、とふて寝明けに言い出したから、種はきっとこの毛玉が開けられない場所で収穫の日を待っている)にんじん、大根、カブもいいね。葉っぱは捨ててはダメだよ、栄養があるんだから(幻であることを主張する癖食べ物の指導は煩い。ちなみにトマトは歯を立てる傍からぷしゅっと汁を吹くものだから食卓に上がる度小さな小さな眉間に僅か皺が寄ったのだった)うん、満腹だよ。ごちそうさま(いつの間にか左頬はカシューナッツの形に膨らんでいる。小休止の時間はちるちると手指を舐めては、やがて席を立つ友の傍へ寄って行く。迎えの手が来れば迷わず乗って、更に止められなければ上着の袖に爪を立てて毛糸に覆われた頭頂部をわっしわっしと目指すだろう。薄着の季節はこの容赦なく突き立つ小さな爪が案外痛かっただろうが、幻だから気にしないで欲しい)
2021/12/17 23:19 [127]
クリフォード
2021/12/19 20:25 [149]
生き残ることが想定されていないからこそ、手つかずのまま、食べ残しが残っているような土地。恵みが途絶えたわけでもない。確かに荒廃していくのに、それは酷く穏やかに進んでいく。──いや、遅くはないだろうな。まだたかが数年の話だ。君の言う通り、放っておけば死ぬような老いぼれに投下する核爆弾はあまりに非効率でやりすぎだとも。君であれば、ひまわりを筆頭に植物がなくなっていたら絶望で死んでしまいそうだね。そうならないためにも、私が何を生かすかもこれからに影響してくるわけだ(インクにしろ、他の備品にしろ、いつかは底をつく。たかが残り数十年と見積もっても潤沢と言えるものは何一つない。今はまだ滅亡前の生活に近しい体を成しているが、生活は変容していくのだろう。幾度となく直面した受け入れ難いことには諦念と妥協を持って今に至るが、これ以上の人間性を失うような状況に陥ったとして、果たして己はどうなるだろうか。矜持、というものがまだ残っている往生際の悪い己には野性味溢れるその日暮らしが向いていなかったように。バターの入ったビスケットはめっきり手に入らなくなってしまった。)ひまわりの種を全て?たくさん食べたら整腸剤になってしまうよ。今年よく咲いたから来年はもう少し増やしても良いかもしれないが。花は直接生きることに関係ないものの、豊かにすることは理解できたよ。改めてね。(必要最低限しか用意できないと思われた小さな街にひまわりという花が植わったのは余白だ。妻が生前、一輪の花を食卓に置いていたのを思い出す。『朝のお散歩で見つけたんですよ』優しい笑顔とおっとりとした口調が思い起こされる。彼女の手付きを真似て、丁寧に友を持ち上げるのも慣れたものだった。ついでに、寝癖らしいうねる毛並みを指先でつついて撫でながら、彼のハイキングを見守ろう。目指すところに登頂を成し得た際には、こちらで帽子の位置を直させていただくが彼は彼で好きにすると見越してのこと。──とろとろと走る自転車に乗って、ほど近い小屋を目指す。たどり着けば眼鏡を掛けて、手帳とペンを携えて日課の始まりである。鳥の数、卵の数、健康状態、餌の増減、その他諸々。軽く掃除をし、小屋に不審なところはないかをチェックしてぐるりと回る。最後にディナー用に卵を拝借して終わりだ。餌やりと卵の排出には循環機能が備わっているから大した労はかからない。電気設備のないここは比較的安定している。温度管理が心もとなくなんとか冬を越してもらいたいものである。)トウモロコシの具合はどうだい。(いつも大体餌置き場の辺りにいる友人に声をかける。いなければ、意外そうに周囲に目を配ることになるだろう。)
2021/12/19 20:25 [149]
えんじゅ
2021/12/20 00:18 [151]
君の管理が街の全てに及ぶ訳は無いから、ちょっとずつこの風景も変わっていくんだろうね。でもそれを見るのも知るのも慣れるのも君ただ独りだから、“変化”とも認識されない訳だ。ひまわりが無くなったら困る……──嫌だなあクリフォード。僕は幻なんだから、核の冬にだって君のそばにいるさ。君は君に必要なものを生かし残していくべきだよ(反射的に呟いた一言を口癖で上塗りする。ハムスターに丁寧な暮らしをさせる物資はなく、文献や飼育書に仕方なく背いた食生活でもこの毛玉は健康を害した様子もなくつやつやの毛並みでそこに居る。ビスケットがなくたって気にしないで欲しい。幻は思うまま好きなものをつまむから)人のお腹の調子を良くするためだけにひまわりの種が消費されるのも何だかつまらないな。うん、幻を相手にしているより健全だね。大体は水さえあげれば咲くんだから、手間の掛からない潤いだよ(物言う幻と物言わぬ現実とどちらを重用するかは友次第であるものの。丁寧な掌に輸送されるのも悪くはないが目指す場所は遥か頂、撫でる指はくすぐったいよ、と緩く抗議しながらも本格的な逃げはない。ふかふかのニットに落ち着いたなら、位置調整も器用に移動して邪魔にはなるまい。緩やかに走る自転車が生み出すそよ風にアプリコットと髭をふよふよ靡かせ、帽子の編み目に張り付いた短い移動の後は餌置き場に下ろして貰う。友が仕事に勤しむ間は陽光の当たるそこで麻袋に鼻粒を近付けたり登ってみたり齧ってみたりと気ままなひとり遊びだ)……、(何が齧り心を擽るかは言語化出来ない。いい感じにほつれた袋を見つけてしまえば近づいて、無心で歯を立て、齧る。体勢を低くしたり踏ん張ってみたり引っ張ってみたり、仕舞いは白い腹を晒して視点を変えた齧り遊び──最早仕事と変わらぬ集中力である。袋のほつれの拡張、その先に待っているのは、)──うわっ(トウモロコシの粒によるかろやかな雪崩である。友が声を掛け、餌置き場に目をやった時そこにはトウモロコシの小山に埋もれたアプリコットがあったはずだ。創造主の研磨忘れの様な短い短いしっぽが生えているから、トウモロコシに埋もれた体勢も何が起きたかも大体察しがつこう)……うん、よく乾いて実も締まっているよ。これなら鶏も良い卵を産んでくれるに違いないさ(ぽりぽり、という細い音は友の耳に届くだろうか。何かに埋もれるという状況は原初の衝動を刺激するもので、アプリコットはもそもそと前進を始める。丸い尻もしっぽも連動してぴこぴこ動く)
2021/12/20 00:18 [151]
クリフォード
2021/12/21 19:02 [171]
私の記録が後世に残るのならば、この箱庭の街というスモールモデルが誕生し安定していく経過も、停滞がやがて衰退に向かうさまも分かって繁栄のミニチュアとしていい資料になると思うんだがね。変化は数字が教えてくれるさ、臨場感が伝わらないのは残念であるが──ははは。いいんだよ、私は私の分を捨てたわけではない。次にくる季節への楽しみなんてものを再度見いだせるようになった。よいことだろう?(よろこびと称して笑う。餌という分かりやすい飼育の真似事だけはしていても、部屋にあるティッシュや紙切れの小山に何も言わないように、回し車の用意をしないように共存は歪で中途半端だ。統制を求める男には珍しいはずの綻びを残して、彼をそのままにしている。実在していないことを幻が主張するから忘れないでいられる。しかし、増えていくひまわりの株がたった一匹のハムスターのためであるとは男以外には分からない。本当に後世にこの街のことが残るとするなら、ひまわりの街として呼称されるかもしれない、それだけのことだ。)花の始末は手間がかかるんだがな。(苦笑しながらも、鶏小屋でのひとときは問題なく完了するかに思われた。あぁ……。呆れたような嘆息と共に額に手を当て頭を抱えよう。)ステイだ、えんじゅくん。君の遊び場は一旦外の砂場に変えたまえ。(数粒のトウモロコシと共に友を両手で掬い上げ、小屋の入り口の横で陽光に当てられ温まっている砂の上に移動させた。小屋の中の掃除用に貯めているものである。こぼれ落ちたトウモロコシは無残にも友の言う通り黄色に艶めきよく乾き──故に広く散らばっていた。麻袋の替えはたしかここに。餌として使用できなくなったものもなさそうだ。一旦は応急処置だけにとどまろう。増えた仕事の分、予定していた計画が変わることが懸念されるが脳内で組み立て直されれば大した変更とならずに済むことが分かる。やれやれと思う心境が追いつけばの話だが。)仕方ない。……今夜は麻袋を繕うことも必要だな。(握るは箒とちりとり。これ以上の被害を起こさぬために予備の袋に入れ替えて、破れた袋を持ち帰って、などしていれば少し痛む腰を摩りながら小屋の外で伸びをした。)ふぅ、なんとかなったな。明るいうちに終わって良かった。(視線を移動させれば恵みの秋色のアプリコットの毛玉を持ち上げて膨れているのかもしれない頬をつつく。トウモロコシが詰まっているのか、ナッツがまだ残っているのかは分からねども、少しだけ恨めしそうにしているのは手間の増えたことに対する八つ当たりか。綻びをつついて遊んでいたことを知らないし、知っていたとして実態のない彼のせいでもないのだ。しかし、手の上に乗せた時の温もりともふっとした毛並みを堪能していると慰められる心は確かに存在した。好き勝手に弄んで、彼の口や行動で嫌がる素振りが本気度を増したら、まあまあと宥めて帽子の上に乗せてしまおう。)ひまわりの種を持って帰って今日は帰るとするよ。ディナーは少し多く食べてしまいそうだね。(思わぬ労働で腹が空くだろうという旨のコメントだ。そして、待ちに待ったひまわりの種を今日ばかりは存分に貪れる友にとっても、きっと同じく。──夜半、寝室にしている部屋のベッドの横に机がある。消えかけのソーラーライトは間接照明になり、机の上には燭台が置かれた。手元を明るくする蝋燭の光は、身動きの度にちろちろと揺れた。日記には失敗と反省は書かれない。はちみつ漬けのナッツの目利き。ひまわりへの期待と、友との語らいに終止する。締めくくりはこうまとまった。『来年の夏が楽しみだ』。)〆
2021/12/21 19:02 [171]
えんじゅ
2021/12/22 00:28 [176]
君の日記を始め各種記録ノートを発見し紐解くのは誰だろうね。また新たに人類に近しいいきものがこの世界に生まれるのはいつのことになるやら……宇宙人がやってくる方が早そうだ。うん、それもそうだね。君が君のひまわりの種をどうするかは自由さ。それが引いては生きる希望になるならば言うことは無いとも(男は管理し、記録する。いつか堆く積まれた記録を手にするやもしれないなにものかは、この街に男とハムスターがいたと理解するだろうか。現実のハムスターとて死んで時が経てば細い骨はその内土に還るから、うつつと幻を区切るものは何も無いだろう。幻なのに餌を貰い、それでいて回し車はない。都合の悪いことや面倒事を省いた、さながらごっこ遊びめいた存在だれど、街のあちこちに増えていくひまわりを友の足を使って巡回する夏は確かに在った。花の始末なら君の奥方がやっていたように押し花にしたらどうだい?なんて提案が今後何かの折に零れるだろうか。かくて幻の癖に燃え上がった衝動は友の令通りにたち消えて、ぴたりと止まったアプリコットはぽかぽかと温まった砂場へ移動した)うん、ここの方が今後君の仕事を増やさなくてよさそうだよ。自分で穴を開けて繕うのはなかなか侘しいことだからね(あくまで偶発の事象か友本人に要因があると主張する。何せ幻なのだから。その幻の毛玉は温い砂場を猛烈な勢いで掘り起こしたりその穴に飛び込んでぐるぐる身を回転させたりと砂浴びに興じていた。麻袋に纏わる諸作業を手伝えるほど大きくもないから、砂浴びに飽きれば持参したパンとナッツの弁当を頬袋から取り出して齧ったり、また砂浴びに興じたり、少しうとうとしたりとこちらはこちらで忙しく過ごすもの。作業が終わった友の手に持ち上げられれば、砂粒の残る尻をもふりと落ち着け)なかなかの大仕事になってしまったね、お疲れ様。イモはもう一晩育ってもらうとしようか──わぁ、僕のおやつが(トウモロコシもしっかり拝借したから頬袋の中はころころと粒の感触があるだろう。うっすら怨恨の気配は感じながらも僕の責任じゃないよ、と嘯いて、暫く好きにつつかせておこう。でもその内迷惑そうに顔を顰めた空気を醸して、指は小さな手で押しのけようと試みたりもする。サイズ差を考えると無駄な抵抗でしかなくて、宥められてあっさりと馴染みのニットの上に移されてしまえば溜息とともに編み目を踏み締めるのだが)僕につられて食べすぎてはだめだよ。備蓄のこともそうだし胃を悪くしてはあらゆることに支障が出てしまうから(しかし自分が控えるという選択肢などないのだ。食卓はぽりぽりぽりぽりと細い音が響き殻を撒き散らす忙しないものだったろう──友が眠る前の習慣、日記をつける一時は揺らぐ蝋燭の炎で幻想的なものとなった。うっかり近づいて注意ぐらいはされたかもしれない。明かりが変わろうとも語らいの穏やかさは変わることなく、日記の締めくくりの一言を見れば『全くその通りさ』と種を齧りながら幻が頷く。そうして眠りにつく友と散歩に繰り出す毛玉の、中途半端で自由な夜が今日も始まった)〆
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