(carpe diem)
evangel
エヴァンジェル
2021/12/12 14:43 [52]
(気がつけばひとりぼっちで、ぽつねんと朽ちた世界に佇んでいたのが大凡2年前。だが記憶にあるのは1年に満たない短な期間だ。生きる術は本能的に、あるいは抜け落ちた月日の間にからだが覚えていて、苦労したことはほとんどない。強いていえば、最近は冬の冷え込みが少々堪えるくらい。かつて超大国と呼ばれあらゆる人種で溢れたこの国は、今や見る影もなく寂れているが、不思議と残酷さは持ち合わせていなかった。主を失って枯れた田畑や家屋はただしく目に映るのに、路端に転がるひとであったものはエヴァンジェルの見る世界には存在しない。真実を綴る言の葉は、得てして夢物語だ。朝霧にまぎれてふわりとたゆたう白煙の存在が何よりの証。)おはよう、メメント。(そこにいるんでしょう、とばかりに靄へ語りかけるけれど、思いも寄らぬほうから声が返ることもままあったろう。そういった予期せぬ出来事が好きだった。まるで己の生み出したものではないのだと示されているようで――。ジョウロいっぱいに汲んだ澄んだ泥水を、うつくしく咲き誇る枯れた花にやりながら。マリアが祈りを捧げるステンドグラスの光が白銀の髪に反射して煌めいた。この教会への滞在は数日前から。食料が尽きかけた折、ちょうど見つけた洗練な建物だった。埃と塵ばかりが舞う地で、ましろの佇まいはよく目立ち、よく目に馴染む色だ。)サンディエゴにつくころには季節がかわっているかもしれないね。すこし先にスーパーがあるみたいだから、じゅうぶんな食料が手に入ったらこことはお別れしようとおもうんだ。……メメントはどうおもう?(空になったジョウロを置いて、昨夜司祭館で見つけた地図を広げた。トン、と示したのはまだ訪れていない方角へ数キロメートルのところ。小首を傾げて見つめる先で肯定を返してもらえるのなら、朝食もそちらで済ませようと荷物をまとめ始めるだろうし、そうでなければその意見に耳を傾けるつもり。)……デイトレックスとナッツはもうあきたな…。(保存の効く食べ物はそう多くない。パンケーキにサンドイッチ、ホットドッグ。口には出さずとも、頭の中はすっかり縁遠くなったそれらでいっぱいだ。ぽつりと零した声はスーパーへ向かう途中であっても、白煙の意見を聞いたあとであっても、冷えた風が心の隙間を吹くように抜けていったのと同時のことだった。)
2021/12/12 14:43 [52]
memento
メメント
2021/12/13 01:31 [64]
おはよう。今日も良い日だね、エヴァンジェル。(呼吸を忘れた惑星で、黙示録からはみ出したひとりぼっちをからかう様にひとすじの煙がたなびいた。あるべき有象無象を失っても、その煙が機嫌良く太陽の肩を叩くことに躊躇いはない。“ともだち”の孤独の死骸を煙に巻いて、あてどない夜の先を祝福するように光を透かした白煙が視線を裏切ったところで立ち昇る。煙のくせに、高いところを好まぬ以外は光景に異様さはにじまない。清く正しい建物内を退屈そうにゆらめいて、結局はその肩口から手元を覗き込むように――人の姿を成してないうちは適当に揺蕩っているだけに見えるが――位置を整えれば、愉快そうに粒子がざわついた。)その花はいつ摘むの?(不可視の唇はともすればつり上がって見えたかもしれない。そういうくだらないハテナをぶつけては、ギャラリー不在のインタビュア気分を味わっていた。うっかりと欠けたエヴァンジェルの一部から生まれたくせに、歪を好む友人の厄介なこと。)キミの思うままに。そこのマリア様ももうきっと、ボクたちのことは見飽きただろうしね。(靄がかろうじて人のかたちを成して、ステンドグラスの生み出す影にキスをした。「でも」と再び秩序を手放した煙が友人の周囲を取り巻いて、不思議そうな声を落とす。)いいの?キミはここを気に入ってるんだと思ってた。(何にも縛られぬ自在な身体が教会の隅々をなぞって、さも意外だという口ぶり。とはいえ、メメントにとって選択は然程重要ではなく、それどころか歩みの先の未知についても、さして興味は持ち得ない。エヴァンジェルという存在が、正しく世界のすべてだったから。)ああ…、あのしけったレンガみたいな食べ物は美味しそうじゃないね。(味覚を有しないくせ、ややあってげんなりしたトーンが反響する。終末に洒落たランチボックスだって不釣り合いだが、このままじゃ最後の晩餐が土になる始末だった。地面から1m60cm程度を浮遊して、役目を忘れた扉をすりぬければ、鮮度の2文字をすっかり手放した殺風景が1+1人を出迎えた。) ねえエヴァンジェル。もう1冊日記帳をつくるのはどう?(退屈な保存食の物色中か、あるいは“だったもの”達へ目をくれている最中か。職務怠慢を誤魔化すように文房具コーナーのノートを1冊指し示した。いつの間にか人の姿の煙。)こっちにはキミのウソを書くんだ。『今日は友だちと蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキを食べた。』って。
2021/12/13 01:31 [64]
evangel
エヴァンジェル
2021/12/14 20:23 [86]
なんだよ、そっちにいたんだ。(まんまるいふたつの水晶がまたたいて振り返る。ゆらぐ睫毛をじとりと座らせてくちびるを尖らせるけれど、こんなのは素直に喜んでしまうのが悔しいというちっぽけな子どもプライドから成るもので。己が生み出した分身でなくとも呆気なく見抜かれてしまうだろう幼稚さに塗れている。ぶっきらぼうを装ったはずの声がモザイクタイルの上でバウンドして友だちへ届く頃には喜色がむき出しになっていたことだろう。伸ばした腕が白煙を集めて手繰り寄せる動きをしなくたって、きっと包み込むように傍へ着てくれるだろうに、そうせずにはいられない何かがあった。――もっとこっちに来て。離れないでいて。結局は、甘えたいだけなのだ。たったひとり、唯一の存在に。)摘まないよ。そしたらきっと、しんでしまうから。(振り向くように首を傾いで微笑んだ顔を合わせた。ただの煙でもエヴァンジェルにはよく分かる。そこに目があり口があり、ほんのちょっぴりいたずらっぽく笑っているだろうことも。戯れの問いへ返す答えに大抵意味はない、深く考えず真っ先に思いついたことだけを。時として、意図せず深層を晒すこともあったかもしれないが、自覚したこと一度としてなかった。)……うん…。たしかにここはすきだけど、神さまはぼくの味方じゃないから。クリスマスを教会で過ごすのはいやだよ。(顎を引いて細い前髪越しにマリアを見遣る瞳は、けれどすぐに嫌気が差してまぶたを落とした。世界を滅ぼしたか、あるいはひとりを救ったか、どちらにしたってひどい仕打ちだとエヴァンジェルは思う。拠り所は神なんかじゃあなく――メメント、きみひとりだけ。道中、差し伸べた手のひらが指を絡めたがった。ひとの形を成さなくても、ただそこを漂ってくれるだけでいい。すり抜けてしまうはずの煙でも、たしかなぬくもりを感ぜられるのだ。)――…いやだ、ぼくはうそをつきたくない。だからそれにはうそを書くんじゃなくて、やりたいことを書くよ。……ううん、きみとしたいこと。それから、きみがしたいこともだ。(集る虫も消えた腐敗する食材へうんざりと視線をくれる中、掛けられた声にまたたく瞳が否定を示す代わり、むんずと掴んだパンケーキミックスを掲げた。当然、賞味期限はとうに切れている。卵も蜂蜜もここにはない。だけど、朗らかに笑って)うまくできたら日記にも書くよ、だからいっしょに試してみよう、なんでも。
2021/12/14 20:23 [86]
memento2
メメント.
2021/12/15 12:27 [95]
だってキミ、かくれんぼが好きだろう?でも毎日答えを教えてちゃ退屈だから、明日はキミが見つけてくれるまでじぃっとしていてあげる。(霧散のついでに友人の耳もとを擽った。昨日と今日の段差も曖昧な凪いだ日毎夜毎、メメントが‪───あるいは、その主の無意識が、「おはよう」の4字で2人きりの世界を数えさせていた。マンネリを嫌うのは生後1年ぽっちのこのまぼろしの性だったが、営みの死んだこの星では“非日常”を叶えられるのも互いだけだから、胡乱なりに友人の暇をつぶしたがっているのかもしれない。)分からないのに。ならどうして水をあげるの?だってキミがいなくなったら、どうせしんじゃうよ。(それとも、もうとっくに死んでいるのかも。そもそも咲いてすらいなかったかもしれない。この煙みたいに。ふわふわと茎を労るように取り巻いた。)あはは!たしかに、キミ、前世でどれだけ神様を怒らせたんだろうね。星でも握りつぶしたの?(神は味方じゃないと断言する鮮やかさに無数の粒子を震わせた。宗教画にでも住まわっていそうな容姿のくせに。最も、人類創造の始を神と呼ぶのであれば、メメントにとっての神は“エヴァンジェル”だから、こちらはこちらで神様とよろしくやっているのかもしれないが。ぬるい蜃気楼が、まやかしの温度で手のひらを温めた。)ふうん。(つまらない相槌にみえて、人間擬きの口もとは今度こそ喜色をむきだしにしていただろう。)クスリの消費期限が切れてないかも見ておかなくちゃ。腐ってなくても、キミの料理の腕が天才的かもしれないし。(さても人がする様に頬杖ついたまま、胡乱な指先が友だちの頬をつっついた。不器用そうだとは偏見だったが、少なくともメメントには難易度星5の課題だった。)いいよ。キミのやりたい「なんでも」が全部終わるまで、きっと一緒にいてあげる。(世界に飽きるその日まで。結局、あれもこれもと生まれたての手足を楽しむように抱えたくせ、それら全てをどうぞと差し出して通気孔からマーケットを飛び出した。朽ちても好日だ。) それで、ボクらはどこに向かってるの?サンディエゴじゃなくって、もっとずっと先の話。
2021/12/15 12:27 [95]
evangel
エヴァンジェル
2021/12/17 00:32 [113]
(夕暮れの橙と業火の赤。ちぐはぐな虹彩のヘビのような瞳を見つめて、ふふんと鼻を鳴らした。埃かぶって文字の掠れたしあわせの素を大切そうに抱える子どものくちびるもまた、何を装うこともなく弧を描く。友だちは天の邪鬼。嬉しいときにそっけなくするのが好きなのだ、ただの所感だけど。)……パンケーキくらいじょうずに焼けるよ…。だって、ひっくり返すだけでしょう? むかし絵本でみたこともあるし。(微笑みから一転、つつかれた回数に応じて頬がむっと膨らんでゆく。ましろい指はたしかに頬へと触れらたけれど、その実、器用に図星を突いてくれたわけで。大人よりうんと長い2年を生き延びたからといって料理の腕が身につくはずもない。想起したキッチンへ立つ母の背を無邪気な小動物の絵で上塗りしたら、値札がぶら下がる新品のくたびれたリュックへ必要品を詰めようか。フライパンにカセットコンロ、使えるか分からない食用油。食べ飽きた保存食と胃腸薬――それから、それから。一冊のノートも忘れずに。入り切らないものは両の手で抱えてドアをくぐり抜けた。)きっと、じゃなくて、ずっと。(些細な言葉のニュアンスを気にして端的な指摘が煙を刺す。ひび割れたコンクリートを飛び越えて、横たわる大樹は遠回りをして、芝が土に還る庭を爪先が荒らす。適当な家をブランチ会場に決めたなら幾度とそうしてきたように、ドアノブを壊してしまおう。)メメント、きみはよくむつかしいことを聞いてくるよね。先のことは分からないよ、だってあしたのことも分からないのに。(隠れるのが上手な友だちの居場所や、まばたきの度に萎びた薄茶がちらつく花の末路より、ずっと難しい問いにふるりと首を揺らした。だけど考えないわけじゃあない。今たしかに答えられるとすれば、それは。)つぎの場所、なんじゃないかな……(かつては死後の世界をそう呼んだ。でも今ならどうだろう。大きくなって安定した生活基盤を得た未来? 世界が生まれ変わって新たな生命が芽吹いた未来? ――きみが消えてしまった世界? 恐ろしいIFを描いてぞわりと背を震わせた。不安に揺らめく水晶がノブの濁った銀を映すのを止め縋るように白を探す。)メメントは、……ううん。やっぱりなんでもない。パンケーキをつくろう?(どうしたいの、明確な答えを怖がって問いを飲み下すと、目先の楽しみへ逃げた。)
2021/12/17 00:32 [113]
memento
メメント
2021/12/18 00:54 [129]
なら、キミの今日の日記に「パンケーキは形じゃない、味が大切。」って書き殴られない様に見守っててあげる。(チェシャ猫みたいに笑った煙が白く靡いて、ふくれっ面をくすぐった。押し付けた生活必需品の重さをメメントは知らないが、濁世にまみえないあどけない腕に不似合いの大荷物を分け合うことは出来ない。「大丈夫。キミはきっと芸術的なパンケーキ職人だよ」とご存知の天の邪鬼をひけらかして、熱のない陽射を泳ぐだけ。)じゃあキミにボクが必要な限りは、ずっと。(コンクリートの裂創を、生まれたての苔が塞いでる。あてどない風に遊ばれたシーグラスは友だちの指先を傷つけないし、歪な2人きりはまやかしでも孤独を癒やしていたかもしれない。ひねくれてみせたのは友だちからの「ずっと」を欲しがる赤子の駄々だから、返事がどうあれ機嫌よく笑うだけだった。)キミがこの1年でいちばん失ったのはきっと遠慮だろうね。いい泥棒になるよ。(妙なところで思い切りのいい友人の指先に纏わりつきながら、ボニーとクライドの気分。家主を失った家屋を素足で荒らすことに抵抗は無いが、どこかの扉の奥に死神と手を繋いだ主が眠っていることを思うと寄り道をする気持ちにはなれなかった。)キミが困ってるのが好きなんだ。知ってる?キミは考えると眉間にマリアナ海溝ができてるの。(ともすれば究極の自問自答。どんな胡乱な世界でも、友だちとの他愛のない会話でお手軽な存在証明が出来るんだからイマジナリーだってこんな時には悪くはない。) 次の次の次のずぅっと先で、世界の端っこを見に行こう。(そうして曖昧に溶けた句読点の先を補う様にけらけら笑った。)キミの腕の見せ所だよ。ボウルはこっち、量は… 分からないから全部入れちゃえば?食べきれなかったら土のご馳走にしよう。(唆すくせ、湯気のフリしてフライパンの上で踊るくらいしか役目はないから口ばかりが労働を背負っている。「もっとよく混ぜて」だとか「ダマができてるよ」だとか。几帳面さは誰譲り?)
2021/12/18 00:54 [129]
evangel
エヴァンジェル
2021/12/19 13:28 [145]
もう………そういうの、『ああ言えばこう言う』ってやつでしょう? よぅく見ていてよ。満月みたいにまんまるで、こんがりキツネ色に焼くから。メメントが身軽にうかんでいられないくらいたくさんね。(引くことをしらないのはどちらのほうか。表面を撫ぜるようなやわい煙を吹き消すように、ふん、と鼻を鳴らして。だけど口端だけはほのかに天を仰いでこの応酬を楽しんでいることをあらわにしていた。逸る気持ちが短いコンパスを加速させ、たったか駆ける足はそれでも友だちとの距離を空かさない。物理的にも、精神的にも。求めるなら何度だって言葉を尽くそう、自覚はなくとも、巡り巡って己が求めたことでもあるのだから。やれやれと大人ぶりたいだけかもしれないけれど。)だって、ぼくらをつかまえるひとはいないんだもの。――…ここだけじゃなくて、どこもかしこもだれのものでもなくなったのに、世界はぼくらのものになってくれないね。(指摘によってより深く刻み込まれ兼ねない眉間を揉むように押して思考を放棄した。不安を煽る難問はこわいのに、それを投げられることは存外悪くなく、厄介な友だちがやわくそれでいて愉快に発する声色が好きだった。)ねえ、メメント。世界のすみっこはどんな景色をしてるとおもう? 楽園なのか、まっくらな終わりなのか、どっちかな。(光か闇か、天国か地獄か。緑が生い茂り人々が手を取り合う世界と、悪魔に襲われ食われてしまう世界、二分された情景を描けば、問うておきながら言葉尻が下がっていった。答えを求めなかったわけでもないのだけれど、誰にしも知り得ないことでもあるから。扉を開いて気分転換といこう。真剣な眼差しがパンケーキの作り方を追いかけて、「分かってるよ」の声を伴った準備は危なっかしくも不思議とテキパキ進んだものだ。もっちりした生地をお玉いっぱい掬って、そっとフライパンの上へ広げた。ちろりと白煙を見上げる瞳に自信という光を湛えて。)ほら! ちゃんとまあるくなった!(やがて甘い香りが湯気とともに立ち上り、プツプツと生地に穴を作り出す。返した焦げ目は想定よりだいぶん薄かったけれど、焦げ付かなかっただけでエヴァンジェルは得意げに胸を張って見せたろう。)メメント、お皿を寄せてっ。(片手にフライパン、片手にフライ返し。ぷるぷる震えた腕で、助けを呼んだ。)
2021/12/19 13:28 [145]
memento
メメント
2021/12/20 14:32 [157]
窃盗罪に器物破損、住居侵入に、礼拝所不敬罪?もしも警察の生き残りがいたらボクらは看守不在の刑務所の主になっちゃうね。(よく知りもしない罪状を並べ立てて、靄の隙間からニョキと生やした掌で指折りが4回。「ボクは鉄窓から逃げよう」とクスクスふるえて、眉間を溶かす指先に絡まった。)世界を手に入れたいの? やめなよ、キミに魔王は似合わない。それに、予想外がなくなったら退屈で死んじゃうし。(無人の惑星を統べて“魔王”なんて仰々しい名を冠するのは、子どものよくする空想ごっこに似ていた。凪いだ朝と夜の境目を、仮初の『予想外』で線引をするように、メメントは友人にとっての日毎のしるしだ。例えそれが、潜在的には『予想』の範囲内だったとしても。プカプカと宙でもつれていた煙が、しっぺ返しのように差し出されたハテナに)うーん。( 縷々と灰に染まった。考えていますよ、というポーズ。)キミがいないなら、そこが世界のすみっこだ。(天国も地獄も、終のないらせん階段の途中でも。2人でいるならば、世界は無限だった。冬のかげろうが輪郭の覚束ない人のかたちを成していく。)ボクらの終点が、楽園でも、まっくらな闇のなかでも。手を繋いでいてあげる。(指切りでもしようか?と差し出した小指は、別に目に見えた契がほしいわけじゃないから引っ込めるまでも早かった。シェフの手際に茶々を入れる最中、台所で罪状を重ねることも忘れずに居たけれど、鼻高々の声が聞こえりゃ瞳を生やす。)本当だ?不正は?ボクがみていない間に魔法を使った?(パンケーキと揃えて目をまあるく見開いた。くんと嗅いだ香りはノスタルジーを呼び起こして、純粋な感嘆。そのくせ救急要請にはけらけら笑って、)お皿はもう少し右だよ。そっちそっち。(煙に腕はないですよとしれっと縁を溶かしたが。パンケーキの着地が0点でも10点でも、続けて床下収納へ侵入した煙が内側からあけてと開口部をノック。訝しがる様ならば「はやく」と急かす声がくぐもって、はみ出た一塵が背中をせっつく様になぞっただろう。眠っていた夢を叩き起こすように、扉が開くと同時にするりと抜け出しては見つけたばかりの地下収納の中身を見せびらかしたがった。)今日はパーティーにしよう、エヴァンジェル。キミのシェフデビュー記念に。(保存用のメイプルを指差して笑う。煤が飾ったテーブルも一等品。回遊する成れの果てでも、かくも日常は夢物語。)〆
2021/12/20 14:32 [157]
evangel
エヴァンジェル
2021/12/22 00:21 [175]
(司法の失われた世界で、それでもひとの道を踏み外さないように。だけど繋ぎ止める声はからりと愉快な空に広がる巻雲に似て、ぬくい温度で耳をくすぐった。言葉の仰々しさしか知り得ぬ罪に対する意識は薄かれど、ひとり身軽な笑声はおもしろいものでもなくて。見捨てる気? 咎める眼差しは物言いたげに険を孕むのに、絡まる煙を決して散らそうとはしないのだから、エヴァンジェルも大概につむじまがりかもしれない。)……一度くらいあこがれるでしょう、世界征服。たしかに退屈はいやだけど、いまだって……、ふふっ。メメントといっしょなのは楽しいね。(灰に染まった世界でちっぽけな鼓動が彩るふたり分の色をつまらないとは思わない。冷たく朽ちた空気と対照的な穏やかな笑声がくちびるを震わせて、今もほら、友だちの出す答えに期待を寄せて瞳を瞬かせている。)ぼくをひとりにしないでね。(小指を絡ませずとも決して己を裏切らない絶対的な安堵に眦を下げ、大凡週末とは思えない賑やかさで料理をする日常が”楽しい”でないはずがなかった。)そんなにぼくがパンケーキをうまく焼くのが信じられない!? よく見ていてって言ったのに。つぎは目をそらさないでいてよね。(卵も牛乳もなければふわりと膨らむことを許されなかった一枚がフライパンの上でさらりと滑る。ステンレスを支える慣れぬ左手が、やがてぷるぷると赤信号を放って言われるがまま右へスライド。満月を模したかのような力作は、けれど皿から半身がでろりと落ちて出来栄えを損なわせた。不服な双眸が文句のひとつやふたつ投げつけようと友だちを探して宙を彷徨うものの、意外な場所から響けば胡乱げにまぶたを座らせて。トントン、と爪先で床を叩く。軽い反響音がその先の空間の広さを知らせてくれただろう。)わぁっ!? すごいメメント! よく見つけてくれたね! すぐにきみの分のパンケーキも焼くから待っていて。(弾む声が意気揚々ともう一枚をこさえたけれど、今度はうまく皿に収まったパンケーキは残念ながら楕円を描く。でも、友だちがみつけてくれたたっぷりのシロップを掛ければツヤツヤときらめくごちそうだ。頬張る口許をメープルシロップでべたべたにしたことは今宵の日記へ綴られる。明日友だちとやりたいことと共に。 ――空になった二枚の皿。しかし、一枚には重なるパンケーキが残されていた真実は、誰の目に触れることもなく塵となろう。)〆
2021/12/22 00:21 [175]
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