(星が流れる前に。)
kyo
キョウ
2022/1/1 20:00 [11]
(からからからから、乾いた音が穏やかな静寂に広がる。現在地は、ショッピングモールの廃墟内。ひとっこひとり居ない抜け殻と化したこの場所にて、放置されていたショッピングカートを押して歩いている。カートの車輪が床に転がるこの音ばかりが軽快だ。ドラッグストアとDIYコーナーを巡る間に頂戴した品物によって、カートの底は半分ほどは埋まっている。綺麗に並べられているのはオイルライターや携帯コンロのボンベ、携帯LEDライトや電池、工具やポリ袋など様々。一つ一つ物品を矯めつ眇めつ眺め吟味し、必要かつ使えるものと判断すれば籠の中へと移した。幸いにも建物の崩れは少ないから、状態の良好な物ばかりを獲得できた。そうして探索の末に次に辿りついた先は食品売り場。とっくに照明も切れて薄暗い店内の一角に缶詰の棚を発見すると、車輪のリズムが速まった。)クロウ、今日の夕食はちょっとだけ……贅沢しない?(片割れの名を呼ぶ声はいささか弾んでいる。缶詰の食品であれば、摂取しても問題ないだろう。まともな食料にありつけるとなれば安心するもので、その感情が声音にも表れていた。)……牛肉のトマトソース煮込み、マッシュルームのアヒージョ、オイルサーディン、あ、シチューもある。どれにしようか……。ねえ、君は何を食べたい?(建物に入る前に見上げた太陽の位置からざっと推すに、過去の遺物となった時刻で示すならば今は昼下がりくらいだろう。積み上げられた缶詰の中身の表示を幾つか読み上げるも選択の決断までには至らない。カートを止めると缶詰を幾つか手に取り、振り返って掲げて彼に見せる。二人の夕食を想定しての相談のつもりだった。)
2022/1/1 20:00 [11]
clow
クロウ
2022/1/3 12:23 [33]
今回の物語は財宝探しの冒険譚ですね。鬼が出るか蛇が出るか……蛇が出たら獲って食べてしまいましょう!(ショッピングモールに踏み入る第一声だった。今日も今日とて、人型をした影は主の半歩後ろをつかず離れず立ち回っていた。要と判断された品を覗き込んでは「いい品定めですね!」「これは何につかうのですか?」、時には棚に積まれたよくわからないガラクタを指して「旅のお供にいかがですか?」等々。そして一つまみ程度、カートの邪魔になりそうな砂利や障害物を見つけた注意喚起のお役立ち。そんな姦しさを、他に動く気配のないショッピングモール内に響かせていた。そうして幾許か──比較的急くでも遅れるでもなかった先導するカートがにわかに早まる気配。)おっと、宝箱を見つけましたね! ええ、ええ、勿論。良い食事は身も心も豊かにするものです!(いつも理知的な声色が、鞠が跳ねたように鼻や具様は訊いていて心地よい。此処を目指した彼女の判断が正しかった答え合わせに拍手を鳴らしたにんまり笑顔は一見、いつもと変わりなく見えるかもしれないが、彼女の喜びを分かち合う心は正真正銘の本物だ。コツコツ踵を進め隣り合う姿勢で。)肉も魚もあるんですね。贅沢といえば牛肉をいただきたいですが……ああ! こちらには果物の缶もありますね。食後のスイーツまでばっちりだ。(最初に彼女が読み上げた缶詰にやはり惹かれた。自分が真っ先に挙げたそれは、彼女にとっても好物かは分からぬとはいえ、食の選択肢はこの旅路においては珍しく、いくつも残されているのだ。そうして彷徨わせた視線をスライドさせれば、暗がりにもポップな色合いが分かる桃やパイン、オレンジの缶詰。並んだそれらを指さして、「主の鞄に入らない分はいただくですかねえ」と贅沢な言葉に傾いだ笑顔を向けた。)豪勢なディナー……となれば、たまにはお皿なんかに盛り付けるのもアリでしょうか。他の場所も探検します?(まだ、夕食の準備に猶予はあるだろう。何せ広いショッピングモール内、旅路には必要ないと通り過ぎた場所にも、ディナーにお誂え向きな道具は眠っているかもしれない。)
2022/1/3 12:23 [33]
kyo
キョウ
2022/1/4 20:55 [49]
(半歩後ろのお供を引き連れての宝探しはきっと、これまでにも幾度となく行ってきた。背中側、死角に誰かが居るというのは本来は落ち着かないけれど、このお供に関しては慣れたもの。人々が去る間際の慌ただしさのせいか、どさくさ紛れの略奪の余波ゆえか、物が散らばったり砕けたりした箇所も散在している。そういった所にさしかかる都度、片割れの注意喚起がとび、その声の示す障害物を苛立たしげに睨みつけつつ避けて通った。「そうでしょう、錆も無くて良いでしょう」「これがあれば、暗い状況で便利だもの」拾得物については無愛想ながらも律儀に会話を返し、「旅のお供なら、喧しいの一人でもう充分だから」と答える際にはさらに不器用に眉を顰めた無愛想を増してずんずんと前に進んだ。)牛肉ね、了解。……果物。缶詰とはいえ、果物を見たのはいつぶりだろう。最後に食べたのが随分と昔のことみたい。じゃあ、デザートはこれにしようか。(彼の指の先の、この静寂に不釣り合いなほどの楽しげで賑やかな色を見つけて、無意識に惹かれて近寄った。複数のフルーツ入りの缶を二つ、それから牛肉の煮込みの缶詰を二つ、取っては籠に並べる。そうしてからあたりを見回し、一通りこのフロアの探索をなしとげたと考えて、道すがらに頂戴したエコバッグを広げ品物を一つ一つ丁寧に詰め込んだ。)そうだね。使い捨てになるだろうけど、たまにはちゃんとした食器を使うのも悪くないかも。……えっと、階上にキッチン用品売り場があるみたいだから、そっちのほうへ行ってみましょうか。(近くにあったモール内の案内板を読み、雑貨やキッチン用品、衣料品などの売り場が上のフロアに存在すると知り、探索の狙いを定める。よいしょっとかけ声つきでバッグを持ち、カートを後に残して、ちらりと背後を振り返って目で促し、特に何事もなければ動きを止めたエスカレーターを経由して目的地へ向かうだろう。)
2022/1/4 20:55 [49]
clow
クロウ
2022/1/6 17:14 [69]
(擦り切れるほど繰り返されたとしても、演じ手次第で毎度唯一無二の物語が生まれる。しかめ面など何のその。影は律儀に返してくれる反応一つひとつに、時に初心さを覗かせ、時には玄人めかして彼女の発見に一喜一憂して、極めつけの口説き文句──少なくとも自分はそう受け取った──に、「身に余る光栄ですね!」と盛大な身振りとお辞儀で喜んでみせたものだ。)主の『これまで』において果物は高級品でしたか? それとも、特別な日にしか食べられない限定品でしたかね。……何にせよ、本日もきっと特別な日です! 美味しく頂戴しましょう!(彼女が新たなバッグに品々を包んでいく様も、バッグを持ち上げる手伝いひとつも出来ない身は、その所作に対して時に応援と歓声を添えて見守っていた。掲げられた案内図。広い施設の上層に感じた複数の気配。もしかしたら、それはモールに入った当初から薄らと感じ取れていた、主と同じく生きる鼓動を持つ生命体。徐々に近づいていることを知りながら、それをおくびにも出さない演者は、)持っていきたくなるような奇麗なお皿が見つかるといいですね!(ケロリと笑った声を応の返答とした。歩み出す彼女の半歩後ろ。から、エスカレーターを昇る時には一歩後ろの位置。固い段差を踏みしめる足音ふたつ、先を目指す相手に続いて反響させながら。)主。……すっかりど忘れしていて恐縮ですが、主のお誕生日はいつですか?(まるで突拍子もない会話は、しかしこの道化役にとっては儘ある事でもあっただろう。かぶったフードから覗く双眸は、鞄を背負った後面をまっすぐに見つめながら。こんな世界に暦も季節もあったものではないかもしれないけれど、それでも今、聴いておきたかったのだ。)
2022/1/6 17:14 [69]
kyo
キョウ
2022/1/7 23:58 [85]
(何やら喜ばれてしまったのは想定外で。「は――はぁぁ!??ちょっと……」喜ばせたかったわけではないので言い返したいのだが、適切な切り返し方が見つからず、無意味に口をぱくぱくとさせる無音ばかりに終始し、ついっとそっぽを向いて悔しそうに唇を噛む顛末に落ち着くのだった。)私の居た教団の施設では、食事にたまに果物が添えられている日もあった。多分、栄養価を考慮してのメニューだった……かと思う。……特別な日? ふうん、ま、いいか。(世界崩壊後のこの三年間、果物の入手の難度は高かった。生産も流通も途絶えた環境においては新鮮な青果にお目にかかる機会も滅多に訪れず。それどころか、知恵も体力も経験もまだまだ足りない少女の身であれば、旅の途中、迂闊に進退極まった際には便所に溜まった水を啜って乾きを凌いだ類の記憶もある。そういった意味で、やはり果物は久方ぶりの贅沢に感じられた。)綺麗でも、重かったり壊れやすかったりするお皿なら要らない。私が持ち運べるものには限りがあるもの。……でもそのお皿をクロウが覚えていて、いつもみたいにぺらぺら語ってくれるなら思い出せるし。所持しているのと同じくらい、その、良いでしょう?(最低限以外の何かを持てるほどの余裕もないけれども、常に付き従う従者のなかに仕舞っておけるならば価値は同じになる。「だから君はいつまでも覚えていて?」と、上層の存在など全く察知できないまま相変わらずの仏頂面で命令したがった。後ろの足音を引き連れて一段また一段と、慎重にエスカレーターを上り、埃の積もった店内案内の表示を頼りに食器のコーナーへ向かう。) ? 誕生日? なんですか、突然? 四月四日生まれだけど……?(さてどの皿を選ぼうかと、片っ端から商品棚の中を品定めを始めながらも、一度、ちらっと振り返った顔は眉のあたりにわかりやすく訝しみを浮かべていた。彼の話の突拍子の無さはきっと珍しくないゆえに大きな反応はしないとはいえ、気になって逐一突っ込んでしまうのもまたキョウの日常だった。)
2022/1/7 23:58 [85]
clow
クロウ
2022/1/9 13:41 [104]
(即興劇の返しとしては改善の余地ありであったとしても、彼女の表情を引き出したい思惑としては成果は上々、あらぬ方向をむいてしまった横顔をそれは楽し気に見つめていた一幕から、)ううん、訊けば聴くほどキョウダン連中には華も面白味もありませんねえ……。(等々、今まで彼女から聴いた時にも度々宣ったこともあるだろう感想を肩をすくませながらもぽつりと吐いた。重い荷物を背負った、自分の視点よりも小さな背中。いつかよりもうんと逞しいとはいえ華奢な両腕までもを見下ろしてから、極めて合理的な判断に「それはご尤もです」と頷いた。だから綺麗な皿なんていらない──ではなく。続く答えに今一度瞬く。覚えていること。今までの彼女の軌跡。尊厳を折り曲げるような事でも選ばざるを得なかった局面も、楽しかった一幕も。拾ったもの。置いていったもの。それらに連なる彼女との話。それらに対する、信頼とも呼び変えてもいいかもしれない言葉に──ああ、だからこそこの主に対する好奇心が尽きぬのだと、思い知らされながら。いつもであれば大人しく連なる歩みから前に躍り出て、光栄至極と感極まった小芝居を演じることくらいしていただろう影は、)……そうですね。……ええ、ずっと。覚えていたいです。(珍しくも静かな声色が、そんな願望を灯した。目指した食器売り場の各所にも、零れ割れたのか破片や残骸が転がっていた。「足元には気を付けてくださいね?」まるで先の事なんてなかったかのように、今一度の注意喚起も添えながら。)4が合わさるしあわせの日ですねえ! 縁起がいい。……いえ、何。先も未来もわからないのは今に始まった事ではないですが……──この先、私はお祝いできなさそうなので。今、ちょっとしたお祝いなんて差し上げられないかなあ、なんて思ったのです。……如何でしょうか?(そうして律儀に向き直ってくれる彼女の性質もよくよく知った気ではいるからこそ、敢えてはぐらかさず、けれどいつも通りの明瞭な声色が言葉を並べた。手は後ろに組みながら、にんまりと口端を持ち上げた笑顔に深めに被った外套。その中に浮かんだ赤色は、それがジョークやおどかしではない事を、彼女に示せるだろうか。)
2022/1/9 13:41 [104]
kyo
キョウ
2022/1/10 21:34 [120]
あの世では教義から解き放たれたなら、ひょっとしたら華や面白みが出ている可能性も……。あの世があるかどうかなんて知らないけど。(世間話のトーンで返す。結局、教団の信者たちの信仰に意義はあったのか。もはやこの世には存在しない彼らのみぞ知る、だ。神様なんて存在しないと結論づけた少女であるからして、彼岸の有無にも大して興味は無かった。無数の人間が旅立ってしまった、ただその事実だけがこの建物内に置き去りにされた沢山の遺物からも実感できる。意外な声色。いつも賑やかな片割れの、こんなにも静かな話し方にはまるで馴染みがなくて驚きを感じる。きょとんと目を丸めて見つめる羽目になった。)覚えていたい……? 約束は、してくれないの……?(思わずと発した声が上ずった。彼の言葉選びは了承ではなく、願望のそれだった。自分の命令ならば大抵は、二つ返事で引き受けてくれる。その想いと経験ゆえに、裏切られたような気分が少しこみあげて、覚えていたいなら覚えていればいいじゃない、どうして、と問いかけようとした矢先、再びの注意喚起によって足元へと注意が逸れる。きゅっと唇を噛み、比較的に無事な食器の中より装飾の豪華なシチュー皿を二つ発見し、夕食に利用しようと小脇に抱えそれから、自分の生誕の日の話。)この先、お祝いできなさそうって……?! それって……、(どこか別の場所へ行ってしまう?いや、自分がつくりだした従者が、つくり手から離れて存在できるはずがない。ならば。消えてしまうの?――とは、恐ろしくて尋ねられなかった。また唇を噛み締める。馴染み深い笑みの雰囲気を感じるけれど、外套の下の表情ははっきりとは窺えない。それでも、これが冗談ではないことは、その赤色の深さで察せられた。)どうして。私、私は……、クロウが居なくなることを望んでなんかいないのに。どうして、主人に寄り沿ってくれないの。従者のくせに!(どんどん角度がきつくなる眉も、荒くなる声も、赤くなる顔も抑えきれなかった。)……、皆滅んでしまって、きっと、私、自分が思っているよりも寂しかった。たった一人だけで主役を張って生きてゆける自信なんてなかった。だから、君が来てくれたんじゃないの……?それなのに……、(でも彼が、理不尽に自分を置いてゆくはずがない。信頼も根付いているから、何かしらの事情があるのだと頭ではわかっていたけれど。シチュー皿を抱く腕に無意識に力が入る。)
2022/1/10 21:34 [120]
clow
クロウ
2022/1/11 04:24 [129]
(彼岸と此岸、天国地獄はそれこそ人類歴々、物語のスポットライトを当ててきたテーマであろうが、この影は然して興味をいだくものでもなかった。あくまでも物語として輝くものは残されたこの世界であり、彼岸など生きた世界から抱く願望の創作に過ぎないと。一見彼女とは正反対の気質を振舞う道化の、けれど根が似ている証左か。それでも、己とは違いいつかはたどり着き、何かの感慨をいだくやもしれぬ少女の手前、「行ってみてからのお楽しみという奴ですね!」と、彼女のトーンに合わせた世間話の体でカラリと笑った。──その時には心根通りとは言えないそんな言葉を軽々しく紡いだというのに。その舌の根も乾かぬ中、今一度の疑問が連なる声色に、返す音はついぞなかった。否定をしない事がなにを示すかも知りながら、)とても良い目利きですね。いい思い出になる素敵な皿だ。(先の言葉を上塗りするように、やがて彼女が手にした二対の皿を見下ろした感想ばかりがいつも流暢な口から割って落ちていく。そうして本題を切り出さず、意図を覗かせないまま彼女にだけ聞こえる自分の声を張っていてはきっと、彼女にとっての転機を逃しかねないからこそ。あと少しの猶予に提案した言葉は、きっとさいごになるだろう即興劇の前振りとして。敏い彼女が頭の中に回しているだろう思案をも知りながら、一度陰りの中で深い瞬きをした。)……すみません。(今まで口にした言葉の中でも、一等に飾り気のない音は静かだ。こんな状況なのに、彼女がそうして怒ってくれることを嬉しくも感じている。好き勝手に振舞ってきた影にかけてくれる言葉、そして覗かせてくれる人間らしい感情を愛していたし──この時にはもしかしたら、離れている誰かがこの声色を聞きつけてくれるかもしれないとも思っていた。)……キョウ、(夢で演じる束の間の御伽噺ではない、この世界ではじめてあなたの名前を呼んだ。控える距離から一歩を近づいて。厭われぬなら、伸ばした右手が熱を宿したように赤らんだ頬を手の甲に撫でるよう宙を動く。)勿論ですよ。貴女が歩む第二の人生の晴れ舞台に、貴女をひとりにさせたくはなかったからこそ来ました。……けれども、私はあくまでも影法師、人の真似事をする代打に過ぎません。貴女と同じ──生きる人間こそが演じ手を担い、その手を引くには相応しいでしょう。(触れる手は短く、それから人差し指を立てる形で彼女の口元に無音を示すよう一度宛がった。静寂が敷かれるならば、彼女の耳にも届くだろうか。このショッピングモール内に動く、別の音があること。此方から近寄っていけばきっと、そう遠くはない距離で出会えるだろう事も。)第二幕は、ここまで。キョウの第三幕はここから始まるのです!……ねっ。わくわくするでしょう?(再び一歩を引き下がれば、から回るような明るい声色と共に手を広げて見せる。未知との遭遇は彼女にとっても好奇が惹かれるものだろう。さいごの餞が受け入れられるかはわからなくとも、ご馳走と綺麗な皿の思い出は、最後の晩餐ではなく出逢いの祝いとなるべきだと。影は疑ってもいなかった。)
2022/1/11 04:24 [129]
kyo
キョウ
2022/1/12 00:36 [133]
(すみません、だなんて。彼に関しての記憶にはない、らしくない飾り気の無さ。かつてない、特別な状況をその言葉遣いにも感じてしまう。謝ってもらいたいわけじゃない、主張したがる眼差しが強さを増して、小さく震えた肩は頬に伝わった温もりへの反応だった。その温もりが、キョウの名を呼びかけた声の響きが、口元にあてがわれた感触が、身の内に広がるにつれて体の力が抜けていく。腕の力も例に漏れず、拘束を脱したシチュー皿が落下し、床で砕けた。硬質で澄んだ音があたりに響き渡る。その音にひかれて近づいて来たのだろうか、向こうの何者かの気配が存在感を増す。それはキョウにも察知できた。皿の残骸を一瞥し、あーあ、やっちゃった、子供の癇癪みたいな形相を解くとぽつりと呟く。)……私にとっては、クロウは影法師でも代打でもなかったよ。でも、ここに居るのはわかってる。(ここ、と言うと同時に己の胸に手のひらを置いて。他のどれよりも鮮やかな赤色を見つめる眼差しはいつになくひたむきだった。)今まで二人だけでも、なんとかやってこれたじゃない。楽しかったじゃない。これからもそうすればって、そう思うけど、でも…、(ふんっと鼻を鳴らし、今度はむくれた子供そのものの表情になって、往生際悪く言葉を連ね、それから、)――二人で一つなら。クロウの願いは、私の願いでもあるんだね。(掠れた声がひとりごちた。むくれたまま俯き、むくれた心境に誘導されて鋭い破片から離れるていを装って幾らか足を動かし、ふと顔を上げれば、少し前方の開けたスペース、そこに取り付けらた展望窓越しの空が視界に映る。わかりやすく強がる様相で勢いよく顎を上げ、)わくわくするかはおいといて。私の誕生日祝い、してくれるんでしょう。一遍こっきりなんだから、気合入れて。気に入らないお祝いだったら、君を連れてここからトンズラしてやるからね。(自分の願いでもあるならば、それは無碍にはできないのだ。この想いは、彼にも伝わったはずで。空から後ろへ、たった一人の従者の位置へと視線を巡らせる。彼の姿は、まだ見えていただろうか。)

(ショッピングモールの出口の前。空気をささやかに揺らした、鼻を啜る音は一回きり。傍らには人影もあったか。少女は最後まで、片割れに対して別れも感謝も口にしなかった。ただひたすら、後押ししてもらった第三幕の開幕に向かって進む。)……全ての終幕の時には、クロウを思い出してあげてもいいですけど。(幕の降りるその時の、大仰な歓声と労いを期待している。)〆
2022/1/12 00:36 [133]
clow
クロウ
2022/1/15 02:38 [145]
(生きた熱をたどって、口唇にふれて。程なく張りつめた空気をも揺らすような高らかな音響にひくりとも肩を揺らさずに、この舞台の行く末を見逃さぬよう瞬きをも惜しんだ瞳を向けていた。小さな独白を零す顔ばせから先ほどまでの険は抜け落ちた様を見て、ようやく。対になる影らしく、男もまた、すとんと一度表情がぬけ落ちた。刹那の転換にふたたび唇には淡い弧をたたえながら、その御手に誘導されるが儘に視線を預け、克ち合わせた眼差しに小さく頷く。いつもは大人びた表情を過ぎる幼い一面に、笑う吐息と共に「主も楽しかったって、思ってくれていたんですね?」ちょっと茶化したがるような科白を挟みながらも、続く言葉はいつもの過剰な抑揚を押さえた静けさを伴ったまま、)主にそう思っていただけるなんて、これ程の幸いはこの世のどこを探しても、天竺や蓬莱にだってないでしょうね。……それでも。それ以上に、”ふたり”の願いを大事にしてくれるその御心こそが、私は一等に嬉しいです。(途方もない旅路の連れ添い、ひとりの人間として。彼女の心から生まれたもう一つとして、どちらの在り方も受け入れてくれるなら、この瞬間にだってもう、影の存在意義は十二分に満たされたようにも思えた。 けれど──一見すれば普段通りを保とうとしてくれている、彼女の心根をよくよく知るたったひとりであるからこそ。さいごの瞬間まで、ふたりらしくあり続けるべきであろう。)ふふふ。斬新な告白と受け取りますよ? 貴女にさらわれるなんて、とっても魅力的なお誘いではありますが……──コホン。(わざとらしい咳払いをはたいてから、彼女の足取りにつられる足は、大窓を背景にたたずむ少女の前で恭しくお辞儀をした。そうして片手を受け取りたがるように掌を伸ばす。)さあ、御手をどうぞ。祝賀のダンスと参りましょう!(彼女がこの手を取ってくれるか、それとも己が掴まえるが早かったか。さすればカツン! と大きく鳴り響かせた靴音を切っ掛けに、ダンスホールに見立てたようにその場で束の間、彼女を伴いワルツを演ずる事となるだろう。見様見真似の所作も徐々に沈みゆく太陽の他、見る観客もいなければ形ばかりで十分だった。そうしていざなう間、影は朗々とこれまでの事を語った。初めて出会った時のこと。途中で出会った事、見つけた物。夢の欠片。そうして、)キョウのこれまでの人生に盛大な祝福と感謝を! ──そして、これからの人生はより、あなたを魅力的な主演たらしめるものでありますよう! ……──私はずっと、見守っております。(片手を掴まえて、もう片方は彼女の腰を支えた姿勢。その時間は長いようで、きっとそう時間は掛からなかっただろう。自分は彼女に形あるものは何も残せないけれど、どうか。そんな言葉が彼女の胸に、欠片でも残ってくれるならいいと。そうして空に星が灯るころ、背後に彼女のものではない足音を聞いた。)

(そうして第二幕の帳は降りる。明転、彼女の言葉にこれから先、大袈裟なまでに騒ぐ声はきっと聴こえないだろうけれど。きっとその場に姦しい影がいたならば、きっと大きく笑ってこう言っただろう。──”ああ、なんと幸せな事でしょう! その時はきっと、百本の薔薇と共にお迎えに参りますね。”)〆
2022/1/15 02:38 [145]
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