(死とは、温もりを感じられないことだ。)
clifford
クリフォード
2022/1/1 23:02 [13]
(空は高い。ある晴れた日の暖かな昼下がりに、男はいつものように備蓄品の確認をし、家畜に餌をやり、来春に植える予定の苗の水の確認をした。数日前にかかった喉風邪は長引くこともなく、少し声が出しにくいと感じるまでに落ち着いた。外に出ないでいた夜長に半月型の籐の籠を麻の紐でくくって、ランニングボールを作ってみたのだが、即席の回し車もどきの使い心地はどうであったかを聞く前にお蔵入りとしてしまった。ころころするのはいいが中に入っている友の姿が見えないことに気づき、残念そうに再検討の烙印を押したのである。プラスチックの程よい形が見つかるには次の遠征まで待ってもらうしかあるまい。さて風の強い今日は少しビニールハウスの強度を上げておこうと、ジャケットをはためかせながら杭とテープを手に奔走している。友はさっきまではハウスの中の冬支度用の藁の山の近くで見かけた気がしたが、放し飼いのネズミの行き先を見失わなかったことはない。)垣根でも必要だろうか。(風除けの対応は風車の機構を考えるときに一緒に構築したものだが、改めて増やすのは骨が折れる。思ったよりも気候の変動が激しい。急な対応が難しい現在の生活では備えあれば憂いなしとばかりだが、この前の病床についてからというもの抱えるものの規模についても見直す必要があると思ったばかりだ。)えんじゅ、……おやどこに行った?(視界の端、遠くの林で一斉に鳥たちが飛び去っていく。青い空に黒い点々が通り過ぎていって、ふと上を向いた。)大きな獣でも来たかな。(街の周りの罠は小動物を捕獲する程度の規模だ。身を守る術というよりは、たまのご馳走程度のものなのでこの街を荒らす何者かが来たときの対処はあまりにも少ない。守るものは自分の命程度であったから。)
2022/1/1 23:02 [13]
enju
えんじゅ
2022/1/2 19:27 [22]
(友の病は回復に向かい、それにつれて毛玉が夜に寝室に居着く事も減った。だから夜長の工作は知る由もなく、無事いつものルーティンを取り戻した友と一緒に外へと繰り出した。風が少々強かったからニット帽の上ではなくポケット、そこからビニールハウスの中に下ろしてもらえば自由気ままにうろつき出す。別荘の材料の足しになるかと藁を頬袋に入れたらチクチクしたので諦めて持参したひまわりの種の弁当をつまみ、ごうごうと風で揺らぐビニールハウスを歩いていた。そのほてほてとした足取りが止まる)……実際どう食べればいいかはよく分からないものだね(足元にはさつまいもの葉が落ちている。収穫は終わったが、葉は見落とされているもの。早速拾い上げ、もしゃもしゃと口に運んで齧り始めた、が)──……!(しゅるん、とでも音が鳴りそうな勢いでアプリコットの毛玉が縦に伸び上がる。真っ直ぐ見上げる油滴の瞳に映るはビニールで少々くすんだ青空、そこを悠々と飛んで行く鳥達。強風でたわむビニールハウスの中は不思議と静寂に満ち、立ち竦んだ毛玉もまた動かない)……そうか、(鼻粒が動いて、髭が揺らいで、ぽつりと呟きが落ちる。──聞こえないし、見えない。でも分かる。覚束なくて頼りない足取りが、2つ。具体的な年頃も性別も分からないが、大人ではないということと、この街に至る山道を辿り来ているということだけは分かった。己を探す友の声は、聞こえない──耳に入らなかった。友が毛玉を探してビニールハウスを覗き込むなら、中央に立ち尽くすアプリコットを見つけることが出来るだろう)…………ああ、ごめんよクリフォード(振り返りもせず、短く詫びたら口元からぽとりとさつまいもの葉を取り落とした。小動物に時折起こり得る『フリーズ』とほぼ変わらない現象に見えるだろうが、現実のハムスターより多少都合良く仕上がっている毛玉にそれが起こることは少なくはあったから友がどう感じるかは未知数である。それもまたゆるゆると解凍されて、縦長形態は徐々に解除され、いつもの丸っこい4つ足になればとてててて、と友の足元へ駆け寄っていく。犬程構われたがらず猫程独立していない毛玉には珍しい所作かもしれない)──凄い風だ。これは帰りもポケットが望ましいね……作業はもう終わりかい?(またも伸び上がり、友のブーツにぺたぺたと触れながら問う。早く抱き上げてもらいたいと言外に願うように)
2022/1/2 19:27 [22]
clifford
クリフォード
2022/1/4 19:20 [48]
(カツンカツンと打ち終えた杭に最後のひと突き。キィンとなる甲高い金属音。男は眉をひそめることもなく、ふうと一息ついて額に浮かぶ汗を拭った。ハウス内の休業中の畑に肥やしを撒いて次回に備えたいところ。蓄えている化学肥料はあと数年持つだろうか。この場所を食いつぶすようで少し心は痛むが、己だけでは数世代先の未来は望めぬ状況で優先すべきは自分のことだけ。──余裕と余暇。考えながら歩く先、撒きこぼれた何かの種が畝の端っこで芽を出していた。トウモロコシだろうか。頬のつぶつぶした膨れ具合を思い出して口許を吊り上げる。膝を曲げて目を摘んだ。ハウスの端のダストボックスに入れてしまってから、)そこにいたのかい。(振り返れば縦に伸びたハムスターがそこにいた。レッサーパンダのような仕草と思ったが、男にはあまり他の動物との差異を認識するほどの知識はないので印象だけだ。手のひらに僅かに付着した土を払い手を伸ばす。近づいてきたことを認識したからだ。)幻の君とて強風の中捕まっているのは厳しいのかい? ああ、もういいだろう。穴が空いたらそのときはそのときさ。(しゃがみこんで足元の毛玉を両手で掬うように持ち上げる。庭仕事用のエプロンにはポケットがたくさんついていて重宝する。胸につけられた大きなポケットにでも相棒を誘った。気に入らないならジャケットのポケットだろうと構わないが、ゆるゆる漕ぐ自転車の揺れが一番響かなそうなのはエプロンの方だったので。)天気が大きく変わりそうだ。雷を呼んでこないといいんだがなぁ。(近くに落ちでもして火事が起きたら大事だ。一人では消せないし、せっかくの生命維持装置たる街の資材も一瞬で無に帰されてしまうだろう。)ひとまずはディナーといこうじゃないか、えんじゅ。スープには鶏でも入れようかね。(男は呑気なものだった。世界を変えてしまう足音は聞こえない。会話する友の声だけしか聞こえないのだ。)
2022/1/4 19:20 [48]
enju
えんじゅ
2022/1/4 22:15 [52]
都合の悪いことに。それと、毛並みが乱れると直すのが大変だからね(お疲れ様、と土の香りが残る掌に自分から飛び乗るような所作を少しだけ見せた。そして両手で包まれて運ばれる先はエプロンの胸ポケットだ。視界がいいし他のポケットより大きいからより寛げる。もふ…と落ち着けば、後は友の足取りに従うのみ。天気の話に顔を上げて、またも鼻粒をひくつかせる。見上げた青空は確かにくすみ出して、さして遠くもないところに灰色の雲が固まっているようだ)……雷ばかりは避けようがないからね。この辺は開けた作りだし、あまり心配するのも毒だと思うよ(呑気な口振りの友に対し、毛玉のそれはどこか上の空に聞こえるか。声の調子は変わらず妙に落ち着き払ったものだけど、微妙な変化に気づけるのは一年を越す付き合い、だからかも知れず。ディナーのメニューを組み立てる声への反応はない。ポケットのふちに手を置いて、友と同じ方角を眺めている)……肉類は今や貴重だけれど、あまり大事に取っておくと悪くしてしまうしね。それは鶏にも申し訳ないことさ……──(もち…とポケットの中で重心を変える。腰を落ち着けたな、と分かるやもしれない。両手を口元でもにゅもにゅと忙しなく揉み合わせてから、その手を止めて友を見上げた)──でも、鶏は『今度』に取っておくべきだよ、クリフォード。こういうのはやっぱり、記念すべき日のご馳走にすべきだと思うからね(油滴の瞳に映るのは友の困惑の表情だろうか。ぱち、と瞬きを一度だけして、くりくりと慣れた所作で顔を洗い始める)ねえ、君。(細々ちょこまか、忙しなく。毛繕いの手を止めないまま、問いかけは徐にこぼされた)この世界のどこかに君以外の人間が生きていたら、会いたいかい?(別荘地として誂られたこの街の入口にはアーチの架かった橋、その先には既に機能しない噴水を中央に据えた石畳の広場がある。ふらつく足取りの来訪者を迎えるにはおあつらえ向きの、綺麗に整えられた場所だろう。そこは街の中では所謂繁華街に値するところだから、ビニールハウスや友の住まいがあるここからは幾分距離がある。だから……友が自ら出向くか、彼らあるいは彼女らがここへ真っ直ぐやって来なければ出会うこともない。人間数人が当てどもなく歩いて偶然出会える程この街は狭すぎはしないのだ。このまま天気が崩れて、家の中に籠ってしまうのならば尚更。また風が吹いて、ビニールハウスの中にまで侵入する。取り落としたさつまいもの葉がふわりと揺らいで転がっていく)
2022/1/4 22:15 [52]
clifford
クリフォード
2022/1/6 22:13 [73]
(はて、風邪っぴきの己の次は相棒の方かと思うほど、どことなく元気がない。体調不良というよりは覇気がないような。ひまわりの種がすぐに収穫できないことを知った時の不貞腐れたような態度とはまた違う。胸ポケットは不自然に膨らんで布越しのぬくもりが伝わってくるような気がしていた。相槌は「そうだね」と肯定する音ばかりだが、友の零す違和感は細々と降り積もる。)記念すべき日。お祝い事とするなら私の誕生日もクリスマスももう少し先なのだがね。(友と過ごす二度目の季節を想い、不可解を表した瞳は友を見て双眸を細める。人差し指をのばして頭のてっぺんのアプリコットのゆらぎを整えてやった。)人か。──それは、えんじゅ。君と天秤にかけるかという意味かな?(口許を吊り上げて不敵に笑う。かつてのクリフォードが頭を回しながら対人の弁舌を考えるときによくやる顔だった。大体相手を屈してやろうという性質の悪いことを考えていたから酷い悪人面だ。今回に至ってはそんな思い出を思い起こすように、やや態とらしい。)仮に、どちらかとしか出会えないとしよう。真実かどうかはこの際置いておいてな。君を選ぶ理由は数多にあるだろう。これまでの生活を私は気に入っている。サテンの毛並みももっちりした重みもぬくい体温も今となっては私にとってなくてはならない癒やしさ。現状の私は変容を受け入れるにはうまく出来ていないからね。(ビョオと吹いた強風に少し目を瞑る。砂が入るのを厭うたためだ。風に混ざる異邦人の匂いも男には分からない。一歩二歩と歩いて自転車に手をかける。風に煽られて横転するのを懸念して押し歩くことにした。)そして、人間を選ぶメリットだが。人手が増えることはつまり私がせせこましく働かなくても良いということだ。毎日やらなくてはならないことがある。キチキチと決めたルーティンとイレギュラーを抑える日々、……まあ苦ではないがね。(つい最近弱った身の上だから心当たりが大きい分、動けるものが増えるのは魅力だと思う心理も増している。それでも、だが、しかし。つけたがるのは否定形ばかりだ。)君は知っているようで知らないのかもしれないが、数年前までは会いたかったさ狂おしいほどに。たったひとりに慣れるまでに時間がかかった。──今更、私のためだけに作り上げたこの国によその人間は必要だろうか? おっと、意地悪な言い方だ。必要ではないが、入れてやる余地はあるのだろうか。私が考えるのはそんなことばかりだよ。(生き様は人間に寄り添ってばかりだった。セカンドライフは孤独だった。ちっちゃなもふもふは人ではなくて、しかし言葉を交わせる。それだけで十分だと分かってしまった。)会いたいかと聞いたね。……どうだろうな、もう焦がれてはないよ。君がいるからかもしれない。
2022/1/6 22:13 [73]
enju
えんじゅ
2022/1/6 23:14 [75]
天秤にかけるには僕はあまりにも軽すぎるさ。本物のハムスターとしても、幻としてもね(人差し指で乱れた頭の毛並みを整えてもらえば狭苦しい頭部に触れられる反射で顔はくしゃりとなる。しかし不敵な笑みが浮いたなら、それはすぐに普段からのあまり締まった物とは言えない顔立ちに戻ってぽかんと見上げる事になるだろう。幻とて、初めて見るものもある。そして次々と挙げられる己との生活、褒めてもらえる己のチャームポイント。それらを癒しと断言してくれる友にポケットの中でふふ、と笑った。例え強風でも、毛玉は幻だから整えてもらった毛並みはちっとも乱れない)労働力としての視点が強すぎやしないかい?まあ、君の年齢を思えば妥当なのかもしれないけれど。……僕は君がこの街に落ち着いてから現れたから、それまでの事は多分朧げなんだろうね(時折古い過去のことを思い出したように口にする事もあったけど、それは恐らく友の記憶と同じくに懐かしく色褪せた言葉だった。緩やかに押される自転車。しっとりした風が友を撫でていくだろう。否定が色濃い友の言葉を、ぺらぺらの三角耳で聞いている)確かに、ここは君がたった独りで作り上げた、君だけの街。君だけの国さ、クリフォード。……いないものは必要ない。いないものを欲しがるのは空虚なことさ。幻のハムスターは孤独の埋め合わせにはなれるけど、君の王国の臣民としては小さすぎる(ポケットの中でふわふわの背中をエプロンの布地に押し付ければ多少は温もりは伝わるだろうか。それからくるりと身を反転させて、桃色の手をエプロンに添える。胸元から油滴の眼差しが真っ直ぐ友を見上げた)すまない。質問が悪かったね──『いる』んだよ。本物の人間が(見慣れた友の顔、柔らかなニット帽、骨張った肩。登ろうとはしなかった)ふたり。年の頃はわからないけど、大人ではないだろうね。……ここに向かって歩いてる。入口で待っていれば会えるよ。鶏はご馳走にするべきだと思わないかい、この『記念すべき日』のね(投げ上げる言葉は、いつも通りに淡々と静かで穏やかだ。これを冗談と捉えるには日頃毛玉は真面目過ぎた。街の入口付近のめぼしい物資は本来の住人と友とで取り尽くしているから見た目の綺麗さがそのゴーストタウン振りを強調するかも知れず、入口から反対側の出口まで真っ直ぐ抜けてしまえばそれきりだ。『ここもどうせ何も無い』と諦念を前提として、大して探索せずに歩き去る経験は友にもあっただろうか)……『いないもの』なら何とでも言える。でも『いるもの』は、どうだろうね?(それは否定尽くしの友の論説を、やんわり受け止め押し出す物言い。この毛並みのふわふわつるりとした手触りにも似ているかもしれない)
2022/1/6 23:14 [75]
clifford
クリフォード
2022/1/8 20:15 [94]
つれないな。君を友と思い相棒と認め、離れがたいと言っている私のことを慰めてくれてもいいじゃないか。(随分と切ない気持ちになってしまったよ。苦笑いは友からの問答を止めてくれと伝えることはしなかった。彼の次の言葉を待つように──己の分身であるとするならそれは少しおかしなことだが、いつだって彼は己の意を必ずしも汲んでいたわけではないからこそ、二人の間には友情を育んだのだったか。友が告げる、遠くが見えているかのような発言は冗談だろうと一蹴するには突拍子も無く、だからこそ一瞬訝しげにしてから足を止めた。この相棒は真面目なまま、いくつものすっぽかしをやってのけたりもするが、誤魔化したりは然程しない。)ああ、そうか──…そういうことか。(仮定の問答ではなく、本当にそこに人類の命があるのならば、男は見捨てないだろう。聖人君子ではないが、外道には成り下がれなかったし非情にもなりきれなかった。若かりし頃はこの世の不条理と不自由に常に憤っていた男は、今や制限こそされないものの際限のない不足の中で生きている。慣れきった弊害か、直ぐ側に居ると知ってもその"ふたり"に会いたい気持ちはさほど湧いては来なかった。しかし、会いたくないからと言って会わないでいるには生き過ぎてもいた。男の放浪記はまだ物があった時代だ。人はいなくても文明の残り物は数多に置いてけぼりにされていて、取捨選択の余地があった。されども『やはり誰もいない』事実に打ちのめされることと同義でもある。)悲しいな、君はいなくなってしまうんだね。(友の発言からも、己自身の直感からも、ひとりでないクリフォードにはえんじゅというハムスターが寄り添うことはないのだと分かる。自転車を止めポケットの縁に掴まる友人の前に手のひらを翳す。「おいで」と誘い、ささやかなぬくもりともちふわの感触を両手で支えれば己の顔の前まで持ち上げよう。)もう一度言おう。……君との別れは酷くさみしいよ。慰めてはくれないか、えんじゅよ。(聞き分けがいいわけではない。条件が揃い、そうすべきであるなら従うことに抵抗がないだけだ。感情を御することは何度だってしてきた。人生で一番悲しくて寂しかったのは妻を弔った時だ。淡々と葬儀をこなし、そして、忘れぬように日記をつける。今日の締めに『記念すべき日だ』と書き記すには、あまりに複雑な心境だった。)
2022/1/8 20:15 [94]
enju
えんじゅ
2022/1/8 23:49 [98]
人は皆何かしら天秤に掛けて生きているものだよ、クリフォード。何を優先するかは君の自由としても、幻たる僕は優先順位の上位にいるべきじゃない。そうだろう?(自称幻であり、事実幻である毛玉は淡々と問う。ゆっくり流れていた景色と穏やかな振動が止まって、友が事実を受け止めたと教えてくれる。得心の呟きを、静かに聞いていた。わかってくれたかい、と平素ならば聞いただろうが、友が働き己は遊んだ畑でも、一人と一匹で穏やかに緩やかに暮らした家でもない、ただただ何でもない道端の何気ない風景を見ていた。平穏は、こうして唐突に終わるもの。かつてこの世界が友を残して滅んだ時と同じように。友の最愛の人がいなくなった時のように)そういう事になるね。だって、孤独じゃない人に幻は必要ないんだもの(友が独りとなった時、毛玉はうまれた。幻の役目は終わるのだ。差し出される見慣れた手のひらは皺が刻まれて、まだ土の匂いがして、同時に懐かしくて安心出来る匂いがして、心地よく柔らかで、温かい。「うん」と素直に頷いて、誘いに応じ居心地のいいそこへ身を伸ばして移る。数え切れないほどこの小さな身体を運んでくれた手のひらに、今までと変わらず安寧の体重を預けては短い足を投げ出しちょこんと座る。見上げる事は幾度もあったがこうして同じ高さで視線を合わせるのは珍しい気もした)……消えてしまう僕の慰めがどれだけ効くかは分からないけれど、善処するよ(もにゅ、と鼻先で揉み合わされる桃色の両手。アプリコット色したサテンの毛並みはつくづく体積に見合わない量だから、自分で繕い切るには限界があるのだけど)君と過ごした1年はとても楽しかったよ。このまま共に在れたら、幻冥利に尽きたけれど──事情が変わったからね。……君が優しいひとでよかった(友が仮定の問答通りに“彼ら”をやり過ごしてしまわないことが嬉しかったから、その理由は優しさでも打算でも何でもいい。いつもの様にちょこまかと繕う毛並みはどんどん整っていく。ふと手を止めて、真っ直ぐに友の瞳を見つめた。油滴の瞳は、変わらず友の顔を映す)在り来りな言葉で申し訳ないけれど、僕は君から生まれた。君が生み出してくれたんだ。……君を取り巻く状況は決して良いとは言えないけれど、僕がその癒しになったなら何よりだよ。──僕はゆきてかえるのさ、君の中へ。これはいのちあるものには出来ない、まぼろしだからこそ出来る芸当だよ。みんな、さいごはひとりのはずなのに僕は君と居られる。君もさいごの瞬間まで僕と居られる。──僕がまぼろしでよかったと思わないかい?(最後にぐるりと顔を洗う所作がない。全体の出来栄えだって、アプリコットはあちこち跳ねてうねっていて、とても良いとは言えない仕上がり。何もしないよりはマシ、程度で収まっているこの毛繕いがいかにおざなりであったか分かるだろうか。仕上げの一櫛は、ともだちにやってもらうのが一番だ)ねえ、クリフォード。……最後に、お願いごとををしてもいいかな(投げ出していた足をきちんと引っ込めて、居住まいを正した毛玉が徐に申し出る。切実な状況以外で明確に『頼み事』をしたのは、きっとこれが初めてだった)
2022/1/8 23:49 [98]
clifford
クリフォード
2022/1/10 23:41 [124]
あぁ、あぁ、分かっているよ。分かるさ……。君を優先したがっても、君自身の意思とそぐわないなら意味がない。天秤の片方の皿から降りてしまうんだね(承諾が出来ても、分別がついても、納得したくないと抗う感情が静かに戦慄く。あまりにも突然じゃないか。これでは覚悟ができるのが後回しになってしまうよ。微笑の形に固まった表情の裏で、奥歯を噛んだ。)幻だとしても、私の側に君がいた時間は消えやしない。生憎、残してしまっているからね。君がひまわりの種の瓶に頭ごと突っ込んでひっくり返した昨日のこともさ。(書き記し続けた日記に己の人生の終焉を感じ取るより先に、幾つの終わりを認めることになるのだろう。願わくば、これが最後であるといいのだが。射干玉の瞳と見つめ合う。どうしてか無表情の動物の顔に感情を見る。皺の寄った眦にが僅かに喫驚を示し、面映そうに細められた。)どうしてだろうね、君が見ず知らずのハムスターだからかもしれない。私のことを優しい人だと言うのは、生涯で一人しかいなかったから信じていないんだが。(己の人生の終わりとともに消え去る一蓮托生の相手だと思っていたのに。少し先に消えてしまうだけだとしても、中々どうして口先だけの理解を示して認めたがらない本音をも自覚している。生れ出づる君とこれからだって片時も離れることがないとしても、)悲しいね、ぬくもりを感じられず声も聞くことができなくなってしまうのは。──だけれど、そうだな。君の存在が現実であればいいと思ったことはないよ。現実であれば、と考えたことがないわけではないけれど、結論はきみの言う通り……まぼろしでよかった。(風に靡かない毛並みが忘れがちな幻である事実を教えてくれる。いつも丁寧に毛繕いをしている風のこのともだちは、ちいちゃな口と手足がために完全に自分のことを自分でできないまま、触れられる範囲だけがとびきりキレイになっている。艶々の背中を撫でてやるのは己の役目で、癖のついた部分が残っていたとしてもお構いなしだ。手の届く範囲だけを整え続ける、程度の弁え方だけはふたりの共通点であるだろうか。)なんだい。("お願いごと"を促すように相槌のような返答だった。断る選択肢はないものだから、至極簡潔に。道半ばで脱退していく仲間を見送るように、決断を揺らがせることのないように余計な言葉を紡ぐように黙ってしまう。家の中でも、寝床の上でもない、狭間のような帰路で男は手のひらの上の友をじっと見つめた。いつも呑気な顔つきが、今は凛々しく見える気がする。それこそ、幻想かもしれないが。)
2022/1/10 23:41 [124]
enju
えんじゅ
2022/1/11 01:04 [126]
優先してくれるのかい。それはとても嬉しい言葉だよ──僕も取り立てて君と離れたい訳じゃない。でも、それは『彼らを見過ごす君』を作り出していい理由にはならない、なれないんだよ。大切なともだちを、孤独な王様にはしたくないんだ。こうして機会が訪れたからにはね(降りようとしている天秤の皿は元より傾いてもいなかった。幻でも小さな胸は痛む。やわらかく諭す物言いの最中だって鼻粒はぴくぴく動いて髭は連動して揺らぐ。笑みの形に強張った友の表情をどうにかしたくとも相変わらず小さな毛玉に出来ることと言えば、桃色の手を友の手のひらに無意味に置くとか、もふもふの尻を押し付けることぐらいだ)うん、その通り。君には残酷な事かもしれないけれど、君の中にそうして残れるなら嬉しいよ──ふふ、君の日記を本気で妨害しなくて良かった(友が痛みと共に幻の毛玉のことを全て忘れてしまったならば、それはきっと友にとっては幸福な事なんだろうけど。そうではないんだから身勝手ながら喜びにしてしまおう。食い意地が張っているが故の恥ずかしい有様を克明に記すペン先に「そんな事まで書かなくてもいいんじゃないかな」と付きまとったのは昨晩の事。毛玉を釣るにはひまわりの種が一番だから、机の隅に種を一粒放れば全て解決だった。見つめ合う面差しが驚きの色を見せれば、こちらだって意外そうに眼を丸くするのだ)見ず知らずとは言うじゃないか。僕を生み出したのは他ならぬ君だって言うのに──じゃあその記録は一人と一匹、に更新だ。『何人』の所は今後も増えるかも知れないからいい練習だね(心外だ、と抗議する空気はすぐに解れて、言葉で転がすだけのささやかな記録更新をさも大仕事のように言う。『一匹』部分は永遠に一匹だ。ほら、ここでも一緒にいる)我ながら都合の良い存在だと思うけれど、その辺はどうしてもね。……へえ、それは初耳だ。──ありのままを受け入れてくれている、と思うことにするよ。僕もつくづく自分がまぼろしで良かったと思う。こうしてきちんと君とお別れが出来るからね(これもまた幻だからこその芸当だ。撫でて、を始め、あれをやってこれをやって、と強請ったことはあまりないけれど、友の手のひらは優しく乱れの残ったサテンを整えてくれる。幻なのに、と言っても危ないところを助けてくれる。笑って食卓に招いてくれる。おいしくてきれいなひまわりを育ててくれる。自分も友が整えるべき細々とした良きもの達のひとつだった。幻だから何もしなくて良いものなのに、友が己に掛けてくれる一手間が知らぬ間にとても大事になっていた。当然のように促してくれる声に、もっと我儘を言っても良かったのかな、なんて意地の悪い後悔がひとつあって、すぐに打ち消して)……ひまわりをね(その花の名を口にする時は、いつだって弾み声)来年も、再来年も、そのまた来年も……毎年植えて、咲かせて欲しいな。僕が食べ切れないぐらいにね(毛玉はハムスターであって躾の行き届いた犬ではないから、正した居住まいはすぐにふにゃりと緩い、いつも通りの佇まいに見えるだろうけど)──来年の夏が楽しみだよ(咲き誇る大輪の花々を、一緒に見よう。残念ながら僕のかたちはもうそこにないけれど)

(小さな毛玉は自ら動く気配を見せないから、後は友の思うまま。だってこの手のひらは、いつだって心地いいからね)
2022/1/11 01:04 [126]
clifford
クリフォード
2022/1/14 00:03 [136]
孤独な王様か、困ったね。比べる必要がなければ孤高で気高い存在としていられたのに。(言葉尻に悲哀を纏い、皮肉らしくなってしまうのは拗ねた子供のようでいて、これが最後というのなら限られた時間いっぱいを困らせてやろうと吹っ切れた結果なのかもしれない。誰に笑われる機会もなかったがゆえに、ことさら友の前では自由気ままに好きなだけ己の生きやすいように過ごしていた弊害だ。本当にこの柔らかさが味わえなくなってしまうことが悲しいのに、ならば、と提示される代替案は存在しないのだった。かけがえのない存在である故に、きっと男はこれからも欠けたように感じる穴を無理矢理に埋めることはないだろう。むに、と指でつつけばその形に埋もれる毛玉を愛おしんだ。)奇跡的に今はまだ記憶力の方も無事だからね。老いぼれが信用してはならないのは第一に自分となる悲しさが差し迫ってくるようだよ。しかし、どんなに書き記しても一人と一匹の単位がこれほどまでに安心するものだということは、きっと私にしか分からないのだろうなあ。(経験しなければ終ぞ理解出来なかっただろうと自覚している。イマジナリーフレンドの存在を。他人から聞けば眉唾物だと吐き捨てすらしたかもしれない一連の経験が、この歳にもなって男に新たな知見を与えてくれたようだった。心の拠り所というものはどんなものであっても、当人にとって尊ぶべき唯一であると。友のお強請りを聞きながら、撫でる指先も止めることはなかった。この感触を覚えておきたいなぁと思いながら、ひまわりの話ともなれば「あぁ」と少し可笑しそうに声を震わせる。)もちろんだとも友よ。君が居なくなったからと言って、あれだけの種を無駄にはしないと誓おう。(本心であり、当然であり、約束にしてはあたたかな話だ。君を忘れないよと、口先で伝えるよりもずっとざわりと心が震えるような感覚がする。寂しさが消えたわけではないが、前を向く覚悟は出来た。来年の夏までは生きなくてはならないのだから。ゆっくりと瞬きをしてみれば、熱くなった目頭はやや落ち着いた。友との別れに湿っぽい涙を厭い、どうやら堪えることは出来たらしい。)さぁ、彼らを迎えにいこうか、えんじゅ。君とはしばし、さようならだ。(私から生まれ私に還る友だから、先の世界で待つ妻と息子を託すのは違う筈。彼はいつでも側にいる。ずっと味方でいてくれる。愛らしい仕草と温もりをまなうらに焼き付けて、手のひらは最後まで相棒を撫でていた。)

(ややして、男は二人分の人影に出会う。敵意がないことを示すように両手を上げつつ近づいた。苦笑がちに変貌した表情は、はたして操る言語が似通っていれば幸いと思いながら夕陽の沈みかけた石畳にエプロンから取り出したチョークで文字を記した。『私の名前はクリフォード。生憎だが、私は耳が聴こえないんだ。』)〆
2022/1/14 00:03 [136]
enju
えんじゅ
2022/1/14 22:16 [140]
物は言いようとはよく言ったものだよ。君の国の唯一の臣民たる僕は消えてしまうし、恐らく簡単に併合出来ない類の人間だってやって来る。……幻のハムスターと一年暮らせた君のことさ、きっと今度も上手くやって行けるとも(拗ねたような物言いを宥める口振りはやはり淡々といつも通りで、その間に摘まれたりつつかれたりしても嫌がる素振りひとつ見せずにアプリコットはもふもふと友の指を受け入れる。擽ったいよ、と身を捩ることぐらいは許して欲しいかな)これから嫌という程刺激があるんじゃないかな。今度は幻じゃない、生きた人間だよ。僕ほど物わかりがいいかどうかも怪しいものさ。そうして暮らして行けるなら、記憶力だってついて行くさ。……それはきっと永遠に、君の心の中に隠され続けるんだね(老いぼれを自称するにはまだ早い。ひねた物言いをするのはかつて偏屈呼ばわりされていた友のそれに近しいかもしれず。友の心の中に、最初で最後の『一匹』として在れることは紛れもなく幸福だ。友の指先に従って、つやつやのアプリコットは好き勝手に乱れて整って、それら全てが心地いい。しっかり覚えておくといいよ、何せ僕の自慢の毛並みなんだから)例え全て撒いてもこの街には足りないかな。そうしたら食べてもいいよ、僕としてはそのままが最高だけど、例えば蜂蜜漬けにしたらどうかな?……(尊大にお許しを出しながら、撫でる掌に身を擦り付ける。緩慢に瞬かれる友の瞳に油滴の瞳が細まった。出来れば二度目の種まきも監視して、成長も見守って、種は僕が余さず食べたかったけれど、無駄にする訳には行かないからね)

どんなひとだろうね。いいひとだといいね(相棒の手のひらの上、その時が来るまでずっとずっとそこで撫でられ続けていた。相変わらず心地良さげに潤む油滴の瞳は、サテンのとろける手触りは、永遠に彼だけのものだ)


(現れた人二人に敵意がないと示す両の手、その手のひらに丸まった温もりはもうないけれど、それは決して死ではない。何の役割があるのかよく分からない短いしっぽ、案外骨ばった桃色の足、食事も毛繕いも大の得意な両手、丸々とした背中、後頭部、一丁前に畳めるぺらぺらの三角耳。それらをくっつけたふわふわつやつやしたサテンのアプリコット、その下に確かに息づく小さくて温かな身体。友を見つめる油滴の瞳、細かく動く鼻粒と口。えんじゅという名前を持ったハムスターを形作るその全て、君がいたから生まれてきた。時が来たから、君の中へ戻っただけ。だからこれは死ではない。在り方が変わっただけ。君のそばにいること、君の味方であることはずっとずっと変わらないから)

(静かなしずかな君の世界。再びその静寂に君を置いていってしまう。けれど独りじゃないから平気だね、なんて言ったら君は何と言うかな。君の言う通りしばしのお別れだ。いつか君が奥方とご子息に逢いに行く日、その旅立ちの日にまた逢おう。そしたらまた、色んな『話』をしよう。まずは思い出話を聞かせて欲しいな──一緒に見てただろうって?残念ながらその日までには忘れてしまうよ、何せ僕はハムスターなもので。
静かな君の道行きに、また僕を伴って欲しい。座席は頭がいいかな、それともポケットかな。手のひらでももちろん歓迎だよ。これは奥方にだって出来ないことさ。

……それじゃあまたね、クリフォード。大好きで大切な、僕の一番の友達)〆
2022/1/14 22:16 [140]
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