(ふたつの目でみる真実)
evangel
エヴァンジェル
2022/1/2 02:04 [17]
あしたにはサンディエゴに着きそうだね。(寒さから逃れるという目的はじきに果たされそうだ。埃臭いベッドで震えていた夜がうそみたいに、安定した気候はぬるい風を運んでくる。寂れた冬景色から次第に淡い色彩を見せ始め春を思わす景色へ移ろえば、いつになく軽やかな足が声まで弾ませた。屋根が崩れ落ちた家屋、ひび割れて抜け落ちたコンクリート、横転したビル。世界は着実に終わりへ近づいているけれど、顔を出した若葉の芽になにかが生まれているのだとも感じられて、傾いだ陽の光を受けた頬は期待をのせて茜に染まる。)サンディエゴについたらさ、しばらくそこで暮らすのはどう? この前みつけた種を蒔いて畑をつくるんだ。(今宵の宿に選んだアパルトメントのエントランスで、トマトやナス、パプリカ、キュウリなどの種が入った小袋をシャカシャカ鳴らした。これまでひとところに留まらずにきたのには特段理由はなく、最終的に行き着く先が世界の隅っこなら、どこかで羽を休めるのも悪くない気がしていた。少なくともエヴァンジェルにとってふたりきりの生活はこの先、何年何十年と続くものであると信じて疑わない事実であったから。階段を一段上がるたび、シャカ、と種が揺れる音を鳴らして、やってきた二階のドアノブを壊す。外観は朽ちた世界にしては新しく、けれど強風でも吹けば容易く崩れそうなものだったが、中はだいぶんきれいな状態で保たれていた。積もった埃は少なく、かつてひとであったものの姿さえない。決して、エヴァンジェルが見たくないからではなく。時を忘れたかのように、あるいはつい最近まで誰かが暮らしていたかのように。もちろん、部屋中を見て回っても人影があるはずもないのだけど。)……なんだか、へんな家だ。(西日が差し込む窓辺から外を見下ろして首を傾ぐ。もう数時間もすればすっかり慣れ親しんだ夜が訪れるだろう。)
2022/1/2 02:04 [17]
memento
メメント
2022/1/3 00:11 [26]
(くあ、とぬるい欠伸が忍び寄る春の気配に溶けた。砂礫を踏んづけるのは面倒だから、かろうじて人の形を保っているくせ移動手段は専ら風まかせだ。)ベンアンドジェリーズは生き残ってるかな。(無重力に則って逆さから友だちの顔を覗いたついで、「そこ、クラックがあるよ」といつもどおり戯れの嘘っぱちを転がした。視界不良の原因を取り除けばちいさな蕾が春らしく呼吸をしているだが、踏んづけ注意の面ではあながち嘘塗れという訳でもないのかもしれない。絶えず蘇る自然は平坦な旅路で唯一時の流れを教えてくれていたから、ささやかな信仰心の紛い物。)いいね。サンディエゴが元の姿を忘れてなきゃ、しばらく腰を据えるのにはうってつけだ。とびきりの豪邸を見つけて、ボクらの城にしよう。(小袋を興味深そうに見つめてから、ニヤリと肯定の意をもって笑う。とはいえ地球はすっかり混沌の膝下だから、ビルの首元まで海水に浸かっていたっておかしくはないのだけれど。)でも、畑の整備ってどうやるの?エヴァンジェルのほそ〜い腕じゃ、耕すのに1年かかっちゃうかもよ。(クラッシャーの手付きも今や見慣れたもので、いつも通りお先とばかりに滑り込んだ室内でくゆる白煙はピタリと動きを止めた。“いつも通り”じゃない違和感を嗅いだのはおそらくエヴァンジェルの五感を通してだったが、「そうだね」と短い返事の途中で、ガラス片を踏む音を遠くに聞いたのは、あるいは予感めいたものだったのかもしれない。) ねえエヴァンジェル、せっかくきれいな宿なんだ。前に出来なかったプレゼント交換をするのにもってこいだと思わない?(暮れ泥む窓の向こうに呼吸は感じない。思い出したように持ち出した提案は、取り立てて何かを用意していたわけじゃないから、友だちの周りを漂いながら「ものじゃなくってもいいよ」と楽しげに揺れているばかり。)
2022/1/3 00:11 [26]
evangel
エヴァンジェル
2022/1/4 13:20 [44]
ぼくらで新しいアイスクリーム屋を開くのもたのしそうだよ。(アイスの作り方もしらなければ客なんてひとりも来やしないと分かっているのに。薄く笑って咄嗟に爪先を遠くへ、なにかを飛び越えるように跳ねればたたらを踏んで。亀裂があったらしい地面を振り返り知ったうそに「もう、」と尖らせたくちびるは芽吹いたばかりの命に気づかないままふたたび前を、その先の未来をみつめた。オーシャンビューもプール付きの庭もふたりぼっちの世界ならよりどりみどり、たとえホラーハウスに姿を変えていても。ふふん、と得意げな笑みが未来予想図を描いて次第に鼻歌へ形を変えるさなか、水を差すようなそれでいて尤もな意見にはたと静止する。)……きみもクワを持てるなら半年でおわるかもしれないのに。(うらめしくねめつける友だちは煙だ。人の形を成そうとも鍬を持ち上げることは叶わないだろう。どうしようもないと分かっていながら、行き場のない文句を八つ当たりするように押し付けて、己の片手へ視線を落としてはグーとパーを交互に作る。あかぎれたちいさな傷がぴりりとひりついた。――さて。)うん、いいね。それじゃあまた街へでる? 夜はあぶないけどランタンに火を灯せばだいじょうぶかも。(不思議な部屋、それ以上でもそれ以下でもない感想は揺らぐことなく、友だちが気づいた物音も知らぬままこっくりと頷いてみせた。すっかり世界に取り残されたと思い込んだ脳は、きれいに保たれた部屋を容易くそして安易に”ラッキー”なのだと結論づけて、友だちへのプレゼントの案で埋め尽くされる。ものでなくともいいのなら――)メメントの誕生日パーティーでもしようか?(ケーキこそないもののキッチンの棚を漁れば今までの食事が大層質素であったと思い知らされるほどに充実したラインナップ。ミートボール缶と乾燥パスタを掴んだ両手を掲げて、)ほら、ミートスパゲティは? いちごの缶詰もあるよ。(厳密には食べるのはひとりだけれど、エヴァンジェルが友だちと食事をしたと思えばきっとそれはふたりの現実だ。)
2022/1/4 13:20 [44]
memento
メメント
2022/1/5 20:53 [62]
それもいいね。歌って踊りながらつくる?サンディエゴに着く前に材料も集めなくっちゃ。この葉っぱはどう?ローリエみたい。(道端の雑草にそんな立派な名はついちゃいないが、正解を知るもののいない旅路は気楽だ。仄かに青臭い匂いがある筈もない鼻をツン、とつついて顰めっ面。世界に干渉する術を持たない煙がぐるりと舞って「アイスクリームにいれてみる?」といたずらに笑って唆した。)ボクの仕事はキミの退屈を奪うことだけだからね。たとえクワを持てたって、畑を耕す役にはたたないよ。(いったいどちらの為の退屈凌ぎかは分かったものじゃないが、それでも数多の問答だって友だちの為だと信じて疑いはしなかった。傷を知らない抜けるような白がゆっくり立ち昇って、「お望みならクイズも出せるよ」と自慢気に問うたけれど、きっと正解の分からない問は持ち合わせちゃいない。どこまでいったって、所詮は自問自答の域を出ないのだから。)ボクの?(提案した側のくせ、プレゼントの一案にきょとんと目を丸めた。確かに。)あはは!そろそろ1歳になるからね。もうなったっけ? ならキミの誕生日パーティーも一緒にしなきゃ。今日が何日でも、ボクらだけの勝手だよ。(ふよふよと曖昧な形のままキッチンへ連れ立って、それがいい、あれも食べようとおそらくは他人の食材で好き勝手。その目で見るまでは、世界はまだ2人だけのものだから。滅亡前でいえば質素な、けれど旅路のなかでは豪勢な食事をテーブルへ並べて手を合わせる。)お誕生日おめでとう。エヴァンジェル。(例えそれが半年前だって、カレンダーはとうに時間を止めていたはずなのに。どうしてかこの家は他のどの家とも違う日付を示していた。同じ時間を生きる第三者がいるかもしれないと言う事実が、ひどく胸をざわつかせた。) 几帳面な人なのかな。(バツのついたカレンダー、入り口傍の救急箱。知らない誰かの存在を悟られたくなかったくせに、気が付いたら手つかずの皿の上にポツリと声が落ちていた。)
2022/1/5 20:53 [62]
evangel
エヴァンジェル
2022/1/7 01:31 [78]
(雑草がローリエなら木の枝はシナモンだろうか。看板メニューにするには随分と苦味が強そうな提案に、やだやだと首を振るくせ、爛々と光を湛えた瞳が落ちた木の葉や粒のような赤い実を目ざとく認めては楽しげに手の中に収めてゆく。自由気ままな友だちへ、つい大人ぶって呆れたような態度をとるけれど心根はいつだって共に楽しんで来た。田畑を耕すのにいかほどの年月を要そうとも、この身の回りをふわふわとたゆたって小気味よく声を掛けて、むくれた頬をつついてくれるだけでいいのだ。)うん、ぼくの誕生日ももうすぐだからメメントもおなじ日にしよう。そうすれば忘れることはないし、つぎも一緒に祝えるね。(メープルシロップたっぷりのパンケーキも、埃臭い雪の中で丸まったクリスマスも、思い出は比べられるものでないにしても、とびっきりな日にしようと遠慮知らずの手があれよあれよとごちそうをこさえて。ドアノブを壊すほうが余程”らしい”のだろうけれど、それよりもずっと、泥棒や強盗の気分がしていた。大凡数日分の食材を贅沢に使い切ってご満悦な頬がほっこり熱を宿す。ぱちん、と合わせた手のひらはいつになく弾んだ音だったかもしれない。)誕生日おめでとう、メメント。(正面同士、顔を突き合わせて同じ言葉を反復させる。今日がきみの生まれた日、今日がぼくの生まれた日。事実とは異なっていたとしても、今この世界ではこれが真実だ。大きくまんまるいミートボールへかぶりつけばソースがくちびるを彩って、楽しいはずのパーティーは、だけどそれだけではいかないらしい。か細く落ちた声に気づかないままでいられるほど器用じゃあなかった。違和だらけのこの部屋を、もう見たくないものが見えない目で見続けるのは限界なのだろうか。)…………メメント、……ハグしてくれる?(ズッズッ、と座っていたイスを引きずって隣へ移動すると、言及しない代わりに友だちの顔を覗き込んでねだる。煙の姿だったとしても、エヴァンジェルがそこに顔があると思えばあるのだろう。ただしくはそうでなくとも、まるで膝を抱えてまるまっているみたいにちっぽけに映った友だちが要求を叶えてくれるのなら、)生まれてきてくれてありがとう。(そう、耳にくちびるを寄せるだろう。)
2022/1/7 01:31 [78]
memento2
メメント.
2022/1/8 05:09 [86]
どうせなら、世界も一緒に祝ってやろう。一度死んだ世界の二度目の誕生日だ。(絶えた世界にイエス・キリストやヤハウェの加護など存在しない。神の庇護なんか望めない世界だから、そもそもそんな概念だって必要無いのだ。神様やサンタなんて曖昧なものより、もっとずっと胡散臭い2人きりだけが不確かに確かな現今。手付かずの料理だって、煙で覆えば空っぽの蜃気楼が虹彩を歪ませた。)キミが望むのなら、いくらでもあげる。(本当の友だちみたいに両手を広げてまやかしの体温を分かち合えば、いくらか刺立った心臓が凪いだ気がした。溶かしあった35度も、人間みたいに右往左往するBPMも、どうせ幻だと捨て去るには近づき過ぎた様な気がした。例えいつか友の日記を読む者が立ち昇る煙が、靄が、人のかたちに見えていただけだと吐き捨てたって、思い出は事実だ。――遠雷に似た規則正しい足音が建物へ躙り寄る。)はは。自分にお礼を言うなんて、ヘンなの。(擽ったがって、目尻を綻ばせた。もぞもぞと友だちの腕のなかで身じろいで、ふうと白い吐息を吐き出す。メメントの一部が逃げていくように、白息は窓の隙間へ吸い込まれて外気と溶け合っただろう。)死体が転がる地獄だって、2人きりなら天国だった。だってボクにはキミしかいないから。でも、(人ならざるものを警戒して、アパートの扉前でためらうように靴音は止まった。おそらくたった一人分の足跡を見付けたのだろう。)  ボクたちはひとつに戻った方がいいのかな。 ねえ、エヴァンジェル。(いつもの様にキミはどう思う、とは聞かなかった。かといって同意を求めたがった訳でもない。ただ日常会話の延長線上に、2人の顛末を訪ねただけ。いつかどこへ向かうのか問うたように、あるいは、朽ちた花をいつ摘むのか訪ねたように。体温を手放してしゅるりと煙は霧散した。じっと触れていたら、いやだと言ってしまいそうだったから。)ボクはキミのためだけのまぼろしだから、キミがほしい言葉をあげる。(――ピリオドのかたちがどうであれ、今は1(+1)人、食べて飲もう。Carpe diem quam minimum credula postero. 花を摘み切ったその先に、どんな蕾が芽吹くかなんて今は知る必要もない。)
2022/1/8 05:09 [86]
evangel
エヴァンジェル
2022/1/10 01:32 [112]
……ふふっ。そうだね、きっと今日から世界もかわりだすよ。(人類は滅亡しても草木は変わらず命を営んでいた。今日という日が世界にとっての起点ではなくとも、ふたりが見る世界にとってはそうであるのだろう。まんまるく瞠った瞳がぱちくり瞬いて、可笑しそうにやわい声を零した。終わりのあとに芽吹いた始まりを見つめて、期待を寄せる未来は心を軽くしてくれる。――だけど。友だちとの別れが避けて通れぬというのなら、ずんとのしかかるさみしさはどうしたらいいんだろう。背に回した手に力を込めて、縋るように心音へ耳を傾けても、すぐそこの足音をなかったことには出来なかった。友だちの欠片さえ逃したくないのに、透き通る煙は容易くすり抜けてしまう。消えないで――音にしない代わりに、ううんと首を横に振ってみせる。食べかけの料理もほったらかしにしたまま、部屋の隅に隠れるように身を寄せて手招いた。)ぼくにもメメントだけだった。そのはずだったんだ。――こわい、こわいよ、メメント。きみが見えなくなったあと、のこされたひとがわるいひとだったらどうしよう? きみとふたりぼっちのほうがいいかもしれないよ。(息を潜めてささめいた声が不安を落とす。かくれんぼの鬼ばかりをしてきた子どもでは容易に”だれか”に見つかってしまうだろう。一分一秒、些細な時間でも先延ばしにするためには、もうこうすることしか思いつくすべがなかった。怖い怖いと震えて膝を抱える一方で、もし良い人だったら、という期待も捨てきれない。惑う双眸がゆらめきながら友だちを見つめよう。)……メメント、きみにずっとそばにいてほしい気持ちはずっとかわらないんだ。(すっかり風邪は治ったはずなのに、きゅっと締まった喉がイガイガと違和を残して掠れた音が声として吐き出される。あの夜と変わらず今も友だちがいてくれるのがいちばん良いに決まっているけれど、その形は変化してゆくのかもしれない。そっと伸ばした手のひらは、逃げ出そうと告げることはなく、しかし己の中へ帰るようにも言えずに、小指だけを残して指を折った。――ギィ、ゆっくりとドアを開く音と歩み寄る足音をBGMにして。)つぎの場所で、待っていてくれる?(さようならのかわりに。)
2022/1/10 01:32 [112]
memento2
メメント.
2022/1/10 22:32 [121]
(1人の生も死も、あるいは77.5億と175万種の命の顛末も。この惑星にとっては些末なことで、運命的にも思えた2人きりは俯瞰してみれば有り体な孤独に対する防御反応の1つにすぎない。ああは言ったくせ、立ち返ったスタート地点に小指の先ほども興味などなかったし、例えばあの夜がなければたったひとつの足音なんか聞こえない振りをして、ゆるやかな終わりを望んだままだったかもしれない。随分と一人前に自我など持ってしまったのが運の尽き。)キミはたくましくなったんだから、その時はあのフライパンを使えばいいよ。それで、逃げた先でまたボクを呼んだらいい。(からかう様にたなびいた煙が、不似合いに軽やかな調子で笑う。かろうじて人のかたちを保っちゃいるが、それも足音と比例してしらんでいくだろう。ないしょ話をするみたいに、「それはそうだろうね」と嘯いたのは、“きみとふたりぼっちのほうがいいかもしれないよ。”に対するアンサーだ。)でも、ボクはキミにあの包帯を巻いてあげられない。(伏せた白磁のような睫毛が一瞬小さく震える。膝を抱える友だちを後ろから抱きしめるみたいに、乳白色の煙が立ち迷った。今だけはそこに体温があればいいのに、とのっぺらぼうの神にでも願いたい気分。)大丈夫。  明日も良い日だよ、エヴァンジェル。(ゆらぐ視線を遮るように、かすれた指先が友だちの瞳を覆い隠した。褪めない幻はないけれど、この不完全な目隠しが、怖い夜から友だちを守ってくれるように。ちゃちなまじないはプレゼントで、餞で、肯定だ。)世界の端っこの、その向こうで待っていてあげる。(笑うように一度波打ってから、ちぎれちぎれになった煙が室内を回遊して、そうして。随分と淡くなったひとのかたちが、行っておいでと友だちの背を押した。どうしようもない寂しさと、言葉にできない喜びがゆるやかに混ざり合う。やわらかく、ある筈もない心臓が焦げ付くようだった。)
2022/1/10 22:32 [121]
evangel
エヴァンジェル
2022/1/12 01:52 [134]
(うん、うん、とちいさく首を縦に振って相槌を打つたびに、細い白銀がさらりと流れてゆく。伸びた前髪がちくりと胸を刺す痛みにも似た刺激を齎して視界が滲んだ。迫りくる変化を恐れたせいともいえるけれど、それなら友だちとの別れを惜しんでいるからといったほうが適切だ。こんな世界にひとりきりになっても決して流さなかった雫がじわりと浮かび上がって、大きく膨れ上がって、それでもすんでのところでせき止められている。いつもの調子で笑う声につられて三日月をつくってもまだ。)……パンケーキをつくったときよりうまく使えそうだね。(へへっ。あどけない子どもらしい笑い方をするのはなんだか久しい気がした。零れ落ちる前に雫を拭って寄り添うように煙に身を委ねる。包帯なんて巻けなくていいのに。一緒に食べたはずのパンケーキも、くっついて眠った夜も、ほんとうはひとりきりでみた幻だってそれでもよかった。まやかしの愉楽が虚しいとは思わない。常に付きまとう”死”への意識を肩代わりして、明るい声で先を照らしてくれた片割れとふたりきり、これまでも、これからも、ずっとそうであるのがいいはずなのに。子どもひとりでは生き長らえるのが難しいとも、心のどこかで自覚していた。この選択が正しいのかなんて、後生でも分からないだろう、それでも。)ありがとう、メメント。いつだってきみはぼくのためを考えてくれたね。(そうであって欲しいと願ったからかもしれない。けれど、友だちをひとつの個として認めるエヴァンジェルは最後のときまで、その意識を変えることはない。せめて、お別れは笑顔で。泣きそうに歪む顔でへたくそに微笑んだ。)やくそく、だよ。必ずきみをむかえにいくから。(散りゆく煙に小指を絡ませて指切りをした。いとおしいきみが消えるその瞬間まで目をそらしていたくはないのに、だけど心がそれを耐えきれるはずもなく、振り向いた先で大人の男を目にする。 ――もう、振り返っても、呼びかけても、友だちの姿はどこにもないのだろう。ひとで溢れていた頃と同じように彩られていた世界が急激に色を変えてゆく。褪せて寂れて、けれどモノクロームにはならない。あるべきものをただしく捉えられるようになっただけのこと。外が明るくなればそこら中に転がる肉塊だって見えてしまうだろうことも、大事に育てた花がもう死んでいることも、よく分かっている。ぱちりと瞬いた瞳が男から逃れるように地に落ちて、散らかった料理のあとをみつけた。――あんなに上手に出来ていたと思っていたのに。これじゃあ泥棒に荒らされたあとだ。)……やっぱり神さまはぼくらの味方じゃあなかったね、メメント。(か細くささめいた決意は、後ずさる足がざらつく床を擦る音で掻き消える。喉につかえる声はボーイソプラノと呼ぶには掠れたガサつきを伴って変声期の訪れを表していた。友だちとの別れは、奇しくも他人との出会いと同時に大人へと繋がる階段を一段上がったことにも起因していたのかもしれない。神に嫌われようと、それでもエヴァンジェルは生きてゆく。世界の隅っこに、そしてその向こう側に辿り着くまで。)〆
2022/1/12 01:52 [134]
memento
メメント
2022/1/14 03:52 [138]
(1人きりの孤独を、2人ぼっちの愉楽で上書きすることが幻の存在意義だった。けれど、それはつまり、幻は孤独のそばにしか在れないのだ。友だちの傍から、孤独という怪物が逃げ出した今。あてどない旅において、メメントの役目は終わった。例え、とびらの向こうの男よりいくらか上手く友だちの退屈を転がせたって、明日を生きるためには手段が必要だから。)さみしくなったら、目をこらして。キミが探すところになら、とくべつに化けて出てあげる。(ハッピーエンドじゃないくせに、2度目に伏せたまぶたは青々と抜けていた。幽愁を無理やり飲み込んだわけじゃない。ただ、この世界における“唯一”のこれからが、きっとこれまでより明るいものであることがただ誇らしかった。)そうだろう?ボクはキミの“いい友だち”、だからね。アイツがどんなにいいやつでも、キミの日記の準主役は譲ってやらないよ。(キミのためだとか、この選択はそんな美しい理由じゃない。この先、自分の無力が唯一絶対の友だちを殺すことが怖かった。――小指になりそこねた余燼がくすぶって、忍び込んだ風に吹き消されていく。世界なんかどうだっていい。扉の向こうの男だって、たとえばいるかもしれないその他だって、役たたずのサンタクロースだって。朽ちて転がった“だったもの”と線引なんてない。神様が愛さないのなら、さいごの瞬間までただひとりの友人が寂しくないように、とびきりの愛情を手渡してからかえろう。へたくそな笑顔をからかう様に唇の端っこをつりあげた。)キミの世界の端の景色を、また今度おしえてよ。エヴァンジェル。(錆びついたとびらがキィと鳴き声をあげたのと同時、さらさらと風が忍び込んで、友の背を遠ざけてゆく。縷々と窓の外へ吸い込まれた煙は、闇に紛れ込む。白くもない、砂塵のようなそれは、もうとっくに友だち以外の誰かの目にも触れただろう。目も鼻も口もない、褪せた世界に似合いのありふれた景色として。)

(バロック。あるいは、memento mori. 捩じ曲がった景色が正されたとして、0.0の世界が天国か地獄かは、夢のさなかには分からない。それでも、全てを失った世界がエヴァンジェルにとって、無味なものではないといい。ただひとりの友人を妨げるものすべてとともに世界へ還るから、キミがボクを思い出すその時まで。 幻は、彼の分厚い日記のページを捲って待っている。)
2022/1/14 03:52 [138]
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