(朝のあしあと、愛のぬけがら)
gigi
ジジ
2022/1/1 13:04 [6]
(寝ないで年越しパーティしようねなんて言ってオセロやチェスなんかも用意していたのに、クリスマスのあとから体調を崩してしまって、ホテルの一室からまともに出られたのはそれこそ年明けになってからだった。その間は沸かしたお湯をたっぷり飲んで、粉のスープと、あとはキャンディとチョコバーくらいしか食べられていなかったので、まずはインスタントオーツにスキムミルクを混ぜたおかゆから。あのラウンジで友だちに座りながら食べていたのだけれど、今日はその前からずっとそわそわしている。窓は発泡スチロールで覆われていて、明かりはいつものストーブの火。でもその、窓のちょこっとの隙間から、ほそくほそく、外からの光の線が、たしかに中へと射しこんでいるのだ。兄の時計によると今は朝の八時ちょっとすぎ。青空なんかは見えなくっても、痛いくらいにまぶしい輝きでなくっても、ほんとうに久しぶりの朝日がそこにはある。)イス。イスイスイス。イ〜ス〜。ねえ。今日はぜったい、外だよね。日光浴だ。ビスケットとさ、お茶をもって、外でたべようよ。今日の日記は風景の記録ね。(ちょっぴり早口といっしょに、スプーンの先で宙をくるっとかき混ぜる。そういえばホテルに籠もっている間に一度おもおもしい地響きめいたものがあったから、わりと近くで大きな建物が崩れたのかもしれない。)はやくしなきゃ、また宇宙人が太陽をぜんぶ隠しちゃう!(病み上がりのわりに元気に言って、せっせせっせと朝ごはん。)
2022/1/1 13:04 [6]
isu
イス
2022/1/3 05:16 [29]
(布団に包まり火照った頬で、ふうふうと呼吸するかぼそい命。その汗ばんだ額を見守りながら、ない指を折るようにして過ごしたNYEからNY。彼女の母親のように、クリスマスのローストチキンの残りで拵える栄養満点のスープを作ってやることもできないし、オレンジジュースをベッドに運んでやることもできない。彼女が生命を繋ぐため、ただじっとその呼吸の番人になり、眠りの浅い頃合いを見計らって呼び掛けて、水分を摂り、暖炉の火を絶やさないようにすることを促すだけ。結局、イスは椅子でしかないことを痛感して悔しかったので、彼女が少しでも微睡んでいられるように、全くらしくないが、歌を口ずさんだりもした。──きっとその甲斐はなかったのだが、兎に角少女は再び起き上がり、動き回ることができるようになっていた。それを喜ばしく感じながら、「風邪は治りかけが怖い」と安静を保つように促していた数日。今日は木椅子のすがたで、彼女と同じように窓の隙間から差し込む日の光に意識を向けていた。角がすっかり丸くなったホワイトバーチの、なんとなく柔らかい曲線のある、普通の椅子。)ううん…そうだなあ…。そろそろ君に外の新鮮な空気を吸わせてあげたい気持ちもあるけれど…、(そこで一旦、言葉が途切れた。意識は未だ、窓の外。黙っている間、せっせと朝食を摂る彼女の、スプーンのかちかちと言う音が響く。イスはホテルの外の、──正確な距離はわからないが、兎に角とてもとても近い場所に、“誰か”の気配を感じていた。湖のほとり、木々の間。積もって上等な大理石のようになった雪を、ざくざくと踏み締めて歩く立派な二本の脚が、なぜだかスッと意識に入り込んできたのだ。早くしなきゃと華やいだ声を上げる彼女の声で、またホテルの室内に居る自分を認識する。)…うん、そうだね。日光浴はとても大事だ。ビタミンDだ。…よし、今日は外出しようか。(珍しく、微笑を含んだような声が返る。「ただし」と声は続き)歯磨きして、きちんと髪も梳かして。ずっと寝たきりだったから、寝癖がついてたら大変だ。うんとむくむくに着込んで、マフラーもしっかり巻いて。(「わかった?」と言う、椅子のくせしてすっかり保護者じみた声。いつも通りの朝。)
2022/1/3 05:16 [29]
gigi
ジジ
2022/1/3 23:51 [38]
(ちょっと前、ほうろうのミルクパンでオートミールを温めている間。ふんふんとまじえた鼻歌のかろうじてたどれるメロディは熱とまどろみの中で聴いたもの。いつかどこかで覚えて忘れて、記憶の沼にすっかり堆積していたものが、水の底からふうわりと舞うようだ。友だちはときどき、ジジが忘れた思い出の引き出しを開けてくれるけれど、歌、というのはめずらしい気がした。深めのお皿にうつしたそばから冷めていくミルクがゆを、まだ温かいうちにスプーンですくっては口にする。ほんのり甘くて、香ばしくて、もうちょっと脂肪分があったらもっとうれしいけれど、でもあったかくてやさしい味がとろっと口の中に広がるのは安心できた。かつての朝はシリアルだって抜きがちだったくせして懐かしい気持ちになっちゃうのは、友だちのかたちが家のダイニングテーブルに並ぶものとよく似ていたせいかも。)イス?(途切れた声に友だちの名前を呼びながら、目は窓からの光を見ていた。細い隙間から、薄い板のようなかたちになってラウンジに入る光の中に、こまかなほこりが一瞬ずつきらっと輝いて、そして消えてゆく。そういう光景こそが、なにかの暗示のような、啓示のような。そんなに仰々しくなくっても、たとえば四つ葉のクローバーを見つけて、今日はいい日と気分よくなるくらいの浮かれかた。だから友だちの声のやさしさだって、いい日の要素のひとつと飲みこんでしまう。)んっ、もちろん! 寝ぐせが直んなかったらぼうしでうまーく隠してさ。また風邪ひいちゃったらたいへんだもん。……イスも心配しちゃうしね?(スプーンをにぎったまま、手首ですりっと肘掛けの木材をなでる。はやくしなきゃと口にしたわりに、そのあともおしゃべりを続けながら食事をやっと終えて、暗い中で慣れたように身支度をととのえる。手鏡の中のラウンジもおなじように暗かったのだけど、そこを覗きこむ16歳の娘の目ばかりあかるい。 ──てっぺんにおおきなポンポンがついたニット帽は耳当てつきで、そこからはみ出したくせ毛は口元までうずめるマフラーの中。上下とも昔のスキーウェアみたいに分厚く着ぶくれしたら、あつあつのレモンティーが入った水筒と、おやつと、ビバーク用のアルミのブランケットやナイフや、そのほかこまごまとした外出セットをザックに入れて。だいたい冬山登山みたいな格好で、ホテルのエントランスから外へと出てゆくことになるだろう。)……わぁ、ははっ、 すご、……まぶし〜!(実際のところはうすぼんやりとしたあかるさだけれど、いつもよりもずうっと遠くまでしろじろとした冬の街を見渡せる。一度、雪じゃなくって雨が降ったせいかそこまで積雪はなくって、ホテルの入り口の広い階段を下りて、まるでミルクの海みたいな雪の地面を踏むと──、それでも16歳の体重で、さふ、とふくらはぎの半分くらいはうまってしまう。)ふふ…、ねーえ、サンタクロースのそりは、あれは……、どう? 椅子に入る?(友だちを振り返り、思いつきのようにその姿かたちの境目をたずねてみる。)
2022/1/3 23:51 [38]
isu
イス
2022/1/5 05:17 [55]
(記憶の澱をちょっとつついて、撒き散らすだけのことが、彼女の友だちである自分に唯一できることだと知りながら。椅子はずっと、あることを考え続けている。眠る彼女の額、火の光を受けてほのかに金色にひかる産毛を眺めながら。深い呼吸や、心臓の鼓動、時折ぴくぴくと動く眼球を包む瞼。きちんと空気をふるわせる正しいやり方で音になる鼻歌や、食べてエネルギーに変える肉体を見守りながら、ずっとずっと考え続けていたこと。いつどのタイミングで切り出そうかなんてらしからぬ躊躇いを確かに抱えて、何かの気配に頓挫するすべて。)…うん、結構。どうせなら、快癒記念でとっときの帽子でも出したら。…そうそう、僕にもうこれ以上心配させないでくれ。(と、いつもの日常会話は続いていく。きらきらした塵芥や、浮き立つ彼女の声に感化された訳ではないが。久方ぶりの太陽と、それらなしには生きてはゆけないいのちが彼女以外にあることに。どこか覚悟めいた、けれどなぜだか悲しくはない気分を味わっていた。そうしてすっかり準備の整った彼女の、文字通りむくむくのありさまを見た椅子は、彼女の耳だけに届くかすかな笑い声をこぼし。ちょっとそこまで、の筈なのに、万全の雪中行軍の装いは、この星にひとり暮らしの経験を物語るよう。彼女の後ろを、彼女が瞬きするごとにひとりでに移動してついていく椅子が一脚。広い階段の一番上で、太陽を浴びて喜んで、また雪を踏んでは嬉しそうにする彼女を見ていた。)どうだい?ビタミンDは感じるかい?(そう声をかけて、問いかけには「ええ?」と困ったような、悩ましいような声を上げ)…そりはそりだろ…。あれはどう?車輪のあるオフィスチェア。もしくは…籐椅子。倒して背もたれに座るんだよ。ちょっと感心できない座り方だけどさ。(どっちも滑るし、似たようなものだろと言いながらどこかを見ている。椅子には目がついていないので、彼女に自分がどこを見ているかは知れないだろう。彼女の足元や、広がる湖や、雪の原や、木々の群れ。それにもっと向こうにある街の抜け殻。彼女に見えている景色の中で、先ほど感じた誰かの気配を、探している。あの足の太さは、きっと大人だろう。男のようにも感じた。友好的だろうか。攻撃的ではないだろうか。もし腹を空かせていたら、武器を持っていたら、彼女に危害は加えないだろうか。ただ、どこか上の空であることは、友達にはわかってしまうだろうか。)…ねえジジ。(椅子は思い出した風に、友達に呼びかける。)…いつだか、僕は君に言ったよね。「僕は椅子だから、お話を考えることはできない」って。覚えてるかい?(少しだけ言葉を切った後、躊躇いがちにまた声を発し。)…あのね。君が寝込んでいる間、色々と考え事をしていたんだよ。その、つまり…お話を作ってみたってこと。……聞いてくれるかい。
2022/1/5 05:17 [55]
gigi
ジジ
2022/1/7 02:41 [80]
(雪を足でかき分けて進むたび、頭の上でぽわぽわと赤い毛糸をまるく揺らすとっときの帽子。エントランスから出たばかりの階段の上、見守るようにそこにある椅子を見上げながら、まっしろの吐息は張りのある笑い声がまじっている。動かずに留まっていたならば、数時間のうちに命の凍りつくような世界で、それでも。友だちの声に応じるように、手袋につつまれて二回りほど大きくなった手を振って見せて、)──もぐらの気分だよ! あかるくってびっくりしちゃった。こんなのいつぶりかな? 骨が元気になった気がする!(振った手を拳にしてぐっと力こぶをつくるポーズ。まだちょっと距離があったから、すこし声をおおきくして。さふさふさふ、と建物の前のちょっとしたロータリーを歩き回って自分の足あとをたっぷりとつける。)背もたれにお尻をのっけるほうが、イスの中では椅子っぽいのね。(友だちの解釈に零したくすくす笑いだってしろいものになって、そしてすぐに冬の透明さに染まって消える。)イス?(その場で雪を踏み固めながらの呼びかけは、相手がこちらを呼んだのとほとんど同時になった。こっちのはなんとなくの気を惹きたがる一声だったから、呼ばれてそちらに向かおう。雪に埋もれた階段を、スノーブーツのまるっこいつま先で探って一段分。凍りかけのまつ毛をぱたっと動かしながら、その声に耳を傾けた。どうしてだか、いつもよりもそれは静かに聞こえる。)どう……、(どうしたの、とたずねかけて。常の穏やかな大人の顔の声に変わりはないのだけれど、ほんのちょっぴりだけ年が近くなったようにも感じた。友だちはたしかにジジの中から出てきてくれたものなのに、その彼が感じる先触れを、娘はちっとも知り得ない。ただすこしだけ、マフラーと帽子からはみ出た髪の毛先がちりりとさわいだ気がしただけ。)あ。ふうん、…うふふ。もちろんいいよ〜。聞かしてちょうだい。(含むように微笑んだのは、相手の言葉の歯切れの悪さをはずかしがりのものだって勝手に見当をつけたからだ。エントランスから出て数歩のところで早速アルミのシートを取り出して、友だちの隣に座る。インタビュワーの気分だから、その姿がぜんたい目におさまるところに居ようと思った。)やっぱり、できるでしょ? できたでしょ〜。イスはさ、椅子だけど、わたしより物知りで…、わたしとたくさん、お話ししてるもん。
2022/1/7 02:41 [80]
isu
イス
2022/1/9 05:21 [101]
(うっすらと白をかぶる景色の中で、赤くて丸いポンポンを頭に乗せている彼女はきっと目につきやすいだろう。動かないものばかりの世界で彼女見つけることは容易いだろうし、彼女の元気な声は雪に吸い込まれてさえいなければきっと良く聞こえる。それでも自分達以外の存在を彼女に知らせなかったのは、なぜだろう。気付くべきだ、と、気付かないでほしいという祈りにも似た相反するものを抱えているからか。)ああ。明るいし、眩しいな。君、さっきより背が伸びたんじゃないか?(手を振る彼女に応える腕はないから、彼女と同じように声を張る。そうして重なり合った互いの名前の果て。まつ毛の先に、白い結晶を乗っけた友だちがトコトコと戻って来て。それから自分の隣に腰掛けるのを、木椅子は微動だにせずに待っていた。沈黙を構成する要素の一つは「気恥ずかしさ」だったから、彼女の予想は何も間違っちゃいない。椅子は却ってそれを指摘されたように感じて、更に声のトーンをほんのちょっと上げ。)…これでも、僕なりに幾つも矜持を捨ててだねえ!(と言い返す様は、およそ年上の男などと言えぬそれであっただろう。笑みを含む声に、エヘンとひとつ咳払いをして落ち着きを取り戻そうとがんばって。)…ともかくね。君とチェスができなかった代わりに、時間を潰すには、これしか方法がなかったってわけ。…お話はこうだ、(不承不承の形をとって、言い訳のあとにはじまるお話は。「あるところに」というたくさんの人間の手垢のついた語り出し。)人間のぬけがらが、たくさん落ちている世界がありました。(しんと冷えて、音の少ない辺りに男の声が落ちる。そうして語られるのは、なぜか椅子の形をした、“人間の抜けがら”のお話。あるものは丸くて、あるものは四角い。ピンクだったり、ライムグリーンだったり。革張りだったりプラスチックですべすべだったりする。背が低かったり、高かったり。新しかったり、壊れかけていたり。「そうしてその中に」 声は続く。)…その中にひとつだけ、特別なものがありました。それは抜け殻なんかじゃなくて、まだ中身が入っているもの。それは誰かのお喋りの相手にもなるし、聞いてほしいだけの時は耳を貸すし、…そうだな、喧嘩だってできるかも。そう、君の友だちになれる、魔法の椅子だ。(そこで声は一度、途切れる。「それで、」先を探す声)…それはある日突然、“ぬけがら”になる。蛹を破って蝶が出てくるように、殻を残して。それは「人間」になるんだ。(馬鹿げた話。どこかで聞いたような話。そうだろう?と言いたげな笑みを語尾に含んで。聞いてくれる友だちの反応を窺いながらも、お話はどんどん先へと続き)人間になった友だちは、残念ながら椅子だった時のことを覚えていない。君の名前も、君の友だちだったことも、全部忘れてしまうんだ。…彼は君に酷いことを言ってしまうかもしれない。君を傷つけるかもしれない。でも、彼を許してあげてほしい。抜け殻を残して外に出ることは、君を抱き返したり、手を繋いだり、どこまでも一緒に歩いて行ける腕と足を得るため。忘れてしまうのは、その代償だ。(夢から現実へ。少しずつ醒めて行くような音色は彼女にだけしか聞こえない。椅子の目には、凍った湖を歩いてくる人間がもう、見えていた。彼女にだってきっと、ほら──)…ね、ジジ。君の友だちを、許してあげてほしい。
2022/1/9 05:21 [101]
gigi
ジジ
2022/1/9 20:43 [107]
(咳ばらいが聞こえるとなりで、マフラーに顔のほとんどをうずめては、丁寧に織られた毛糸の中にくすくす笑いをしのばせる。それからお話がはじまるまでには、うん、うん、とちょっぴりだけ応援だとかなだめるに似た色の相槌を打って。その間だって娘の茶色の瞳は、雪が照り返すひかりのおかげで、いつもより明るい色で友だちを見ている。 ──ひとのぬけがら。そうしてはじまる物語は、今も雪にうもれ、氷の中で、冷えて乾いてゆくひとびとのつめたい景色を思わせるのだけれど。けれど、それが椅子に転じてしまえば、さみしさはそのままに、しかし心の凍るような風景にはならない。まっしろい雪の上に色もかたちもさまざまな椅子たちが、もの言わず点々と並んでいるのは、終わってしまったテーマパークみたいなにおいがする。わたしたちのお話ね、なんて茶々は心の中でだけで、特別な椅子が登場しても、マフラーの下の唇はわらい、まなざしもたのしげだ。自分だけが見えて、しゃべれて、座れる、魔法の椅子。でも世界にはジジひとりだから、この魔法は百年経ったって解けない現実だ。世界があなたの実存を感じている。それなのに。)…………。(やがて唇がかたく結んでゆくのはまだ隠れていたかもしれないけれど、短い前髪のせいで不満げな八の字に変わりつつある眉は知れたかもしれない。胸の奥がざわざわする。今日目が覚めて、あの光の筋を見つけたときとはまったくちがう騒ぎかただ。)……やだ……。(途中でかぼそくつぶやいたのは、自分にすら聞こえないくらいの音。)…………いまもだよ。どこでも一緒に、行けるじゃない。みんなのこと、お話しだって、できるよ。…イスが、みんなの……たくさん、椅子をさ、覚えてくれてたからじゃない…。(ハグだってできる。腕を伸ばして、友だちの背もたれと座面を抱くようにつかんだ。たしかにそう感じるのだ。背もたれに押しつけた頬は冷たい空気の代わりに、よくやすりがけされて、ニスを塗られた木に触れている。ホテルは湖に向かうように建てられていて、ずっと先までつづく永遠の雪の荒野みたいな湖に背を向けて、友だちにしがみついて目をきつくつむった。ようやく感じ取ったのだ。友だちが感じたものを、たぶん、やっと。友だちが増えるのなら、それは喜ばしいことだけれど。そうじゃないなら。彼の言葉を拒否するみたいにぐいぐいと頭をこすりつける。)イスじゃない。イスは、………イスは、ここにいるもん。ねえ、……やだよ…、ずるいよう、……ぅ゛、…(声は濡れて、ベッドの上に逆戻りしたみたいに鼻を啜る音がする。)み゛んな、…、きゅうに、い、いなくなって、…ふ、…っぐ、…イスまで、きゅうに、おわか、っれ゛、 〜〜やだあ、…っ!(なにもかもが自分のためだ。今もまた、ひとり残される娘の心を案じるような、やさしい物語を聞いた。これを自分をかわいそうがってつくった幻というなら、頭をつららでぶったたいてやる。宇宙人だって。ひろいミシガン湖をわたってきた、ひとりぼっちのだれかだって。ぐずって、だだをこねて、見ないようにして。それでも背中のほうからは、やがては遠く、雪を踏みしめる音も聞こえてくるのだろう。ひとりきり、数年間を生き抜いてきたとわかる慎重な足音が。)う、ううう、……、イス、イス、……イス、(唇を肘掛けにほとんどくっつけながら、そうっと名前を重ねてささやく。ほかのだれにも聞こえないように。見つけないで、見つけないで、といのりながら。)いなくならないよっていって。作り話で、おどかしたって…。そしたら、つづきを…、わたし、考えるから…、イス、……、だいすきよ、…(ここにある、椅子の姿の友だちをいつまでも引き留めたがった。涙はまつ毛を凍らせて、頬をつめたく冷やしてゆく。それでもホテルの前の階段で、じいっとうずくまったまま。──ちかづく足音に、背中がひやりとした。)
2022/1/9 20:43 [107]
isu
イス
2022/1/11 01:32 [127]
(くすくす笑いをする彼女の吐く白い息は、空気中で凍った粒子になってきらきらと輝いた。まつ毛の先も、帽子のふさふさも、彼女のうしろの銀世界だって。こんなにいい天気で、こんなにも輝いている。だのに彼女の気分がどんどん曇っていくのを感じる。眉毛だってそんなに垂れ下がってしまって、温かいお茶だってブランケットだって甘いビスケットだって、君のザックには詰まっているのに。彼女自身にすら聞こえないであろう拒絶の言葉は、椅子には聞こえた。)…ジジ、(彼女の愛称、その呼びかけは、彼女の声に押し潰される。困ったような沈黙だけが、泣き声の通奏低音となってそこにあり。)……ジジ。ジョージア。聞いてくれ。(涙と、鼻水と、濡れたほっぺたと唇。一方的なハグを受け取りながら、声が途切れてしゃくり上げるような音だけになったころ。静かにそう名前を呼んだ。)…君は僕がいなくなると思っているのかもしれないけれど…そうじゃあない。抜け殻になった形で、君の行く先々で残り続けるよ。だから時々、頭の中で「イス」って言ってみてよ。そしたら「やあ、見つかった」って返事をするから…。(笑みを含んだ声が、ぽつ、ぽつ、と彼女の頭の上に降る。やり方は違えど、彼女に一方的に記憶を託して、いなくなってしまった人間たちと同じことを、しているのかもしれないなと思いながら。けれど彼女は今度こそ一人ではなくなる。広くて冷たい分厚い氷の上を歩いてやって来る彼もまた、たった一人ぽっちでこの世界に目覚めたのだろう。そうして自分がたった一人の寝坊助であったことに戸惑ったか、焦ったか、絶望したか…少なくとも彼女の存在に気がついて、まっすぐに歩いて来るほどには、僕の友だちが気になったのだろう。椅子にはもう、はっきりと彼の顔立ちが見えていた。一人で生きることに慣れきってしまった、疲れたような男の、哀れな顔が。自分以外の存在を求めるような目が。ははは、ジジ。やっこさん、君の姿を見てずいぶんびっくりしているぞ。まんまるの目がりすみたいだ。そんな独り言を頭の中でやりながらくすくすと笑う。)…さて、僕はどんな形のぬけがらになるかな。コーティングの剥げたピアノの椅子がいいかな。背もたれの根元でがちゃんって高さを調整するタイプの。そしたら君がもっと大きくなっても丁度いい高さで座れる。それとも、デザイナーズマンションに似合うような、モダンで格好いいやつはどうかな。なんにしろ、君なら僕の抜け殻をきっと見つけられる。かくれんぼなんか、ずいぶん一緒にやっただろう。(覆らぬお話の展開を、突き付けなくてはいけない。それは椅子にとってもつらいことだ。彼女は賢くて勇敢な女の子だ。全て、わかっているはず。だって自分たちは、最初からつながっていた。彼女が眠っているあいだ、彼女を生かし続けてきた生命維持装置のように。階段の下の雪の中に、どさっと膝をつく人間の姿があった。さあジジ、君の姿は見つかってしまった。観念したように、ふう、とため息をつく。)…──ねえジジ。…もし、どうしてもどうしても、君がこれ以上だめだーって思ったらさ。ぬけがらに座ってごらん。そこで眠ってしまっても、また歩き出しても。君はいつでも、ひとやすみできる。なにしろぬけがらはきっと、そこらじゅうにある。…それでね、もしできたら…そこでお話の続きをしてくれないか。その後の友だちがどうなっても、どんな結末でも、僕にはきっと、聞こえてるからさ…。(もう殆ど、笑い出しそうな声だった。僕はなんてずるくて安易な嘘を、友だちに送っているのだろう。ひどい友だちだったな、僕は。友だちを抱き返せもしないで。ああ神様、宇宙人様、何でもいい。どうか、彼女にとって彼がいい友だちでありすように。もう、祈るしかできないんだ。)……ジジ。僕も君が大好きだよ。これまでも、これからも。…さあ立って。10数えて、振り返って。君の友だちに「こんにちは」って言って。僕はきっと、君に「生きてる人間だ!」って返して、君を笑わせるから。その間に、ぬけがらは隠れるとしよう。君と元・イスだけの、1対1のゲームだ。大丈夫、君はできるよ。また会う時まで、どうか元気で。本当にいい天気だな、今日は。さあ、始めよう!いーち、にーい、3──

2022/1/11 01:32 [127]
gigi
ジジ
2022/1/15 00:52 [142]
(きっとひとりでは、なにもかもを雪の下に埋もれさせてしまったままだ。あの日、目覚めた病室をぎゅうぎゅうにしていた贈りもののひとつひとつに、自分への愛があったこともとうに忘れて。そうやって、さびしさばかりを血のようにめぐらせて、やがては心と体を凍らせていたにちがいないのだ。それを、愛ある世界を、自分につなぎとめてくれていたのが、友だちだった。こうやって今、うすっぺらの体に力いっぱい抱きしめられている友だちは──、ああ、ほんとうは、わかっちゃっているよ。他のひとには、もしかしたら、ひとりぼっちにうずくまる姿が見えているのかもしれないし、どこかからひろってきた、骨組みばっかりの折りたたみ椅子を抱きしめているのかもしれない。でも、なにひとつも嘘じゃない。顔に触れる友だちの感触も、名前を呼んでくれる声だって。こんなにやさしく、静かに言い聞かす言葉なんか、どんなに自分の底を浚ってみたって見つからない。ずず、と洟をすすりながら、喉元がきゅうきゅうと狭まってくるしい思いがした。さびしさは心ばっかりを痛くさせるのではないのだ。)……、ぅ、…ん゛……、(ほんとは聞き分けいい返事なんかちょっともしたくなかったけれど。だってどんなにわがままを言っても、今この時が、ふたりっきりの最後だ。そして今年には17歳になるのだから。嗚咽を漏らす唇をつぐみ、友だちの話に耳をかたむけている。彼の提案は、いつも、そう、今も、ジジの頭に想像しやすく、心になじみやすいものだ。もしかしたらひとのぬけがらよりももっとたくさん残されているかもしれない椅子たちに、友だちの影がかくれんぼしているという空想。まっしろく、細く、乱れた吐息をととのえて、大人びて笑おうとしてみる。唇の端が、ぬるく湿ったマフラーの下でちょこっとふるえた。)………、ど、 んな、かっこでも、…すぐね、……、 っ、みつけ、ちゃう、……よ…、(濡れた顔をちょっとだけ離して、友だちの背もたれを見つめ、するすると座面へまなざしを落としてゆく。何度も見た姿でも、一度きりの夢の椅子でも、それはいつもジジのお尻と心に親しむかたちをしてくれた。)ねえ、……、イスが、返事してくれたら、ね、……たのしいお話、たくさん、…できるようにするよ……。椅子じゃない、イスとも、なかよく、……、…、っ、(また溢れそうになる涙を堪えきれなくて、言葉は詰まってしまった。大好きだよと返るやさしさに、顔をくしゃくしゃにしたまま、ゆっくり二度ほど深く頷く。ひとの気配はいよいよ近づいて、振り返ればすぐ、数段下のところに、長くひとり旅してきた、いたわるべき誰かがいることがわかっていた。かくれんぼだって、ほら、もうはじまっちゃう。これまでの夜の中よりもっと、もっとたくさんおしゃべりしたいことがあるはずなのに、愛で胸がつまってうまくでてこない。)あり、がと、……ッ、ずっと、 〜〜ずっと、ねえ、ともだち、…だから、…ね、っ…。イス、……、…、 ──また、ね…、(さよならではないことを、あなたのお話を、ちゃんと聞いていたよ、と告げる代わりの言葉。目も鼻も真っ赤にして、ぼやけた視界に友だちの姿を写しながら、さあ、とうながされるまま立ち上がる。彼の声に重ねるように心の中に数を浮かべて、その間に、すん、と鼻をならして、明るい空の中にホテルの影を見上げてはましろい息を吐き出してゆく。そうして、きっかり10秒ののち。)──こんにちは。(まぼろしの椅子を背にして、振り返る。そこには生きたひとの姿があって、それこそおばけを見たような目をしているんだろうか。友だちがどうやって隠れてしまったかを見届けたのは背中だけ。あんなにやさしいお話を聞いたのに、やっぱりたった一脚だった友だちと、目の前のひとりをおなじようには思えなくて、けれど、迎えることにしよう。ひとりきり、心をさびしくしてきたひとだから。さふ、と一段、雪に埋もれた階段をおりて、)お、 ……おつかれさま。…とっても、………さむかったでしょう。(ちょっぴり緊張した声でのはじめまして。パパやママやお兄ちゃん、たくさんのひとがくれたもの、友だちが抱えてくれていたものを、わたしはまだ、わけられるだけ持っているよ。だから、そうね、ちょっとでも、ひとりぼっちのそのひとを、あたためられたらいいと思う。)…あたたかいレモンティーは、すき? ねえ、…よかったら、ビスケットもあるのよ。(そうして聞かせて、あなたのこれまでのあしあとのこと。わたしもね、たくさんあるの。さびしくても、ひとりっきりじゃなかった、やさしい日々のお話がね。)

2022/1/15 00:52 [142]
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