(願いの果てに見えるもの。)
kaname
2022/1/1 15:14 [7]
(夜を半袖で過ごすには肌寒く感じられる季節となった。暑さに耐えきれない夜、孤独に耐えきれない夜には保健室を抜け出して、花火のきらめきを楽しんだ。スーパーのワゴンで投げ売りされていた花火も、昨夜打ち上げたもので最後となってしまったから、もう二度と花火を見ることも無いかもしれない。そんな虚しさが胸の底に降り積もる。今日は普段よりも溜息の回数が多い一日となっただろう。――夕方、日が傾き赤くなった石段をとぼとぼと力なく歩む。手には昼間のうちに川の土手や校舎の裏で摘んだ花を抱えて。草むらから聞こえるコオロギやスズムシの鳴き声は、夏の蝉と比べれば些か上品すぎる気もしたが、世界が無音でないというだけで幾らか気が休まるというものだ。目的地である神社の境内までは長い石段が続くから、いつも視界の端にいるそれにとって困難な道であれば文句を言いつつ腕に抱えて運んだ。自らの足で上ろうと挑むのなら、これもまた「大根足」と罵りながらも隣で見守り続けただろう。斯くして長い石段を上りきった少年は、頭を軽く下げながら鳥居をくぐり、参道の右端を通って拝殿へと向かう。お賽銭の代わりに花を一本投げ入れて、お辞儀を二回、拍手を二回、数秒手を合わせてからもう一度礼をする。神社に訪れる際、神様への挨拶を欠かしたことはないけれど、奇跡を願ったこともない。皆と一緒に行かせて欲しかった。唯一の願いは決して叶わぬものだから。)大根、石退けるの手伝って。(境内の片隅。石が敷き詰められた土地と草むらの境にそれはあった。最後のふたりの片割れである、幼馴染の墓だ。墓といっても掘った穴に死体を埋めただけで、立派な墓石が立っているわけではない。図工室の木材を切り出し、油性マジックで名前を書いた板を地面に突き刺しただけの簡易な墓。数日前の大雨で運ばれてきた砂利や小石を茂みにぽいぽいと投げ込んで、斜めった板を直す。夕日に照らされた横顔は毒々しいほどの赤に染まっていた。)今日は……今日は、…………あー……何したんだっけ。思い出せねえ。(俺、馬鹿だからと土の下で眠る友人に向けて笑う。俯かせた顔は隣のまんどらごらにも見えないだろうけれど、すん、と鼻をすする音ならば虫と鳴き声と共に届いたかもしれない。)
2022/1/1 15:14 [7]
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ルウト
2022/1/2 14:13 [20]
(彼と過ごす毎日は、とかく幸福に満ちている。季節の移り変わりのひとつひとつを大切にするように、道端の草花や虫の声へ駆け寄っては愛でた。朝夕ごとに冷たくなってゆく空気に葉を震わせても、彼の傍にいればそれだけで、あたたかかった。彼が溜息をつくたびに、少しだけしんなりと葉は垂れたけれど、それはいつもと変わらない明るい笑い声を響かせていた。目的地へと向かう長い石段に、初めは全身を使って立ち向かったが、半分もいかぬうちに救援を求めることになるのも常の通りだっただろう。拝殿では拍手以外は彼に倣って、石をどけるのも戦力にならずとも一応手伝う姿勢は見せて、それから彼の傍で黙って彼の夕日に染まる横顔を見上げていた。不意に、) ? (さわりと葉を揺らして、それは静かに後ろを振り向いた。それは己が、彼の生み出した幻であることを当然として知っている。意識的に、あるいは無意識的にかを問わず、彼が知覚することの出来る情報でなければ、それが知り得ることはなかった。それは、すべてを彼に依存して、ようやくこの世界に幻として存在しているからだ。訝しむように、小さくからだを傾ける。だからこそ、おかしいと感じた。長い長い石段の下の様子など、普通の人間には感じ取れるはずがないからだ。それはありもしない耳を澄ませるように、意識を傾けた。個々のかたちは判然とせぬけれど、複数の、なにか。なにかが、そこにいた。否、そこにいるのが何なのかを、それは、本能的に知っていた。傍らの彼を、ぱっと見上げる。困惑よりも、混乱というほうが近かった。)っ かなめ(彼の名を呼んだ。常ならば「ねえ」なんてただ彼の気を引く言葉に置き換えることで、呼んだこともない彼の名が零れた。今にも泣き出しそうな声になってしまったのは本意ではなかったから、一瞬ぐっと言葉を詰まらせる。彼にぴたりと身を寄せたがって、)あのね あのね だいすき!(次に発した声は、いつも通りの明るい響きになっただろう。必死さが滲んだのは、きっと、仕方のないことだった。)
2022/1/2 14:13 [20]
kaname
2022/1/3 06:43 [30]
(日ごと、夢とうつつの境界が曖昧になっている。夢の中での大冒険をさも現実の出来事のように語る日もあれば、今日のように日中の記憶がすっぽり抜けていることも儘あった。片手で顔を覆って、情けなく下がった眉を隠す。そうしている間にも、足元では陽気で愉快なまんどらごらがいつも通りに笑いながら周囲を駆け回って――いない。いくら墓参りの最中とはいえ、大人しすぎる様子に何事かと顔を上げ、視線を横向ける。ちょうど、遠くの気配にジッと耳を傾けていたそれがこちらを向いたから、ぱちんと視線が合ったように感じた。)お、おう……お前、俺の名前知ってたん……。(その名を誰かが呼ぶのを聞いたのは、実に三年ぶりのことだった。見開いた瞳で傍らのいきものを見下ろし、それから「どした」と続きを促した。制服を纏った足に寄り添ういきものを片腕で抱き上げて、彼が伝えたがっている言葉に耳を傾ける。文字通り、頭の片側をその身に近付けて。)はっ……はああ!? なんっ、な……何だよ急に!(むず痒いような照れ臭いような、そんな感覚を吹き飛ばすように大声で吠えかかる。黒髪の間から覗く耳朶が赤いのは、夕日のせいだと思いたい。わなわなと震える唇がそれ以上の文句を紡ぐことは無かった。彼を抱えている腕とは反対の手で頬を掻き、それから東の空に浮かぶ月を見上げる。夜はもうすぐそこまで迫っていた。)そんなの、改めて言われなくてもわかってるよ。……幼稚園の頃からモテまくってたしな、俺。(茶化すようにそう言って、豪快な笑い声を上げる。いつもと違う仕草。いつもと違う声色。いつもと違う言葉。それらに気付いていながら、普段通りに振る舞うことを選んだ。生憎、大根役者なので、普段通りというにはぎこちなさが勝るようだが。)
2022/1/3 06:43 [30]
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ルウト
2022/1/3 14:14 [34]
(いつもと変わらぬ優しい腕が、求めに応じて抱き上げてくれる。あたたかくて、彼の傍にいるだけで、なんだってできる気がした。しあわせだ。自分からも彼へ擦り寄るような仕草を見せ、告げたことは彼を驚かせるに足りたらしい。間近に吠える彼の大声に、嬉しい気持ちがふわふわと湧いてくるから、その気持ちのままに「うふふ」と笑い声を零した。大丈夫だ。うん。)うん ぼくのこと だいこんっていうけど でも だいすき!(彼の大根芝居はだからこそあたたかくて、肩なんてないけれど肩の力が抜けたように、声色はいつもと同じ、陰りのない明るさを取り戻すことができた。彼の大声に一瞬静まった気のする草むらの虫の音は、再びあたりに響き始めていた。東の空には、やさしい光を湛えた月が浮かんでいる。暗闇が覆い尽くそうとする夜に、彼の行く道を照らしてくれる光。彼にくっついているだけで、楽しくて、しあわせな気持ちが次から次へと溢れ出してくる。うんうん、と小さく頷くようにからだを前後に揺らして、また少し、笑った。)かなめは おさかな つかまえられるし やいて たべられるし いっぱいかいだん のぼれるし とっても はやく はしれるし(彼の、すごくてかっこいいところをひとつずつ数えるように、歌うみたいないつもの明るい声で並べていく。彼はかっこいい。かっこよくて、いいこで、やさしい。今だって、きっとモテモテになるに違いない。)えへへ だーいすき(嬉しげに、もう一度繰り返した。石段の下の気配は、特別意識を傾けなくとも感じ取れるままだった。暫くそこに留まっていたそれらは、先ほど石段を上がってきた彼が踏み折った草に気付いたらしい。誰かの存在を示す真新しい痕跡を前に、話し合うような様子が続いていた。虫の声。)ねえ なでなでしてー(甘えるみたいに、彼の手にからだを寄せる。きっと初めて触れてもらったときよりも大きくなった、大好きな手に。)
2022/1/3 14:14 [34]
kaname
2022/1/4 08:54 [41]
(冗談めかして答えれば有耶無耶になると思っていたのに、重なる「だいすき」に思わずたじろいでしまう。頬やまなじりに滲む朱を沈みゆく夕日の仕業とするのは、さすがに無理があるだろうか。物言いたげに開かせた唇は、何を言うこともなく引き結ばれる。代わりに、あれもこれもと褒め称えてくれるいきものをちょっぴり乱暴に揺さぶって、ふんと鼻を鳴らす。自称モテモテの少年だが、面と向かって好意を伝えられることには慣れていないのだった。一方で、その脈絡の無さに妙な焦燥も覚えて。白く小さなからだを、強く抱き締めた。)仕方ねえな。今日だけだぞ。(それが単なる錯覚だと知っている。知っているからこそ、冷たい言葉と態度で突き放すことが出来ていたはずなのに。いつしか友や家族のように接するようになっていた。今も求められるまま、白いからだを出来る限り優しい手付きで撫でてやっている。空に向けていた顔を手元に落とし、そのまま静かに瞼を伏せて。)俺はお前が嫌いだったよ。(先程の大声とは打って変わって、内緒話をするような声は、虫たちの合唱に紛れてしまう。酷いことを言っているのに、青い葉の根元を撫でる手はどこまでも優しい。道端で転んで膝小僧を擦りむいた時、父や母がそうしてくれたように。ぽんぽんと叩くように撫でて、抱き上げたからだを揺らす。)こんな世界、もういいやって思ってた。俺だけ生き残ったって楽しいことなんか何も無いし。夏は暑いし冬は寒いし。夜は怖いし、寂しいし。もう終わりでいいやって。……そしたら、お前が俺の周りをチョロチョロするようになって。どこに行ってもひとりになれないから死ねなくて。邪魔すんな、早く消えろって、毎日思ってた。(腕に抱いたまんどらごらに覆い被さるように、上体を屈めて、葉の根元に額を押し付ける。堰を切ったように溢れる声は、情けないくらい震えていた。ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、少年はまぼろしに縋りつく。空は徐々に色を変え、紫色に染まり出す。)俺がこうやって生きてんのはお前のせいだ。……お前のせいで、お前のおかげだ。(ありがとう、と続けるはずの声は、嗚咽にのまれて出てこなかった。石段の下に集まっていたそれらは、やがて生存者を求めて歩き出すだろう。そんなことも知らずに、少年は幼い子どもみたいにわあわあ声を上げて泣いていた。)
2022/1/4 08:54 [41]
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ルウト
2022/1/5 09:01 [56]
(彼の腕のなかが大好きだ。あったかくて、やさしくて、少しだけせつない。嬉しくて揺れる葉で彼の顔を叩いてしまわないように、彼の腕に添わせた。いつからか、彼の態度がまろく変わっていったのはわかっている。全身全霊の好意を向けられて、それがいくら幻のまがい物だとしても、突っぱね続けられるような冷たいひとではなかった。暴言が飛んでくることがあったとして、それは、そんな言葉を受け止めることさえ喜びだった。ここにいる、その存在を彼が認めてくれている証左であるから。空が、深い色へと変わっていく。響きを増した虫の声に溶けるような、きらい、の音に僅かばかりそのからだを震わせたが、今はきっと違うとわかっていたから平気だった。彼の手がやさしい。その鼓動まで聞こえそうな距離にくっついて、彼の声を聞いている。その、しあわせ。泣かないで、ではなく、泣いてもいいよの気持ちをこめ、彼の腕を器用な葉でぽんぽんと撫でる。彼がその胸のうちに閉じ込めていた言葉が、嗚咽と一緒に溢れ出してくる。あったかくて、いたい。大丈夫、彼は、大丈夫だ。これからも。じぶんのなかに繰り返しながら、彼の涙が落ちていくのを感じている。いくつかの気配は少しずつ、石段を登り始めたらしい。彼の登る速度よりも幾分かゆっくりとしているのは、慣れの違いか、未知への警戒か。時間はまだある、それでもたくさんではない。彼の涙が少しだけ落ち着くのを待って、)あのね ……あのね(そっと囁いた。大切な秘密を彼に打ち明けるような、小さな子どもが手のひらの中に閉じ込めた宝物を見せる前に少しだけもったいぶるような、そんな、はにかむ響きだった。世界には絶望なんてひとかけらもないみたいな、いつもと同じ明るい声だ。)あのね しってるかい まんどらごらは せいちょうすると ひとりで たびにでるんだ(出会ったときからなにひとつ変わらぬそれは自慢げに告げ、彼の頬を葉でそっと撫でようとする。彼が真に人類最後のひとりであったなら、さいごまで彼と一緒にいられた。しかし、この小さな町でさえも彼とその幼なじみが残されたのだから、そうでなくても不思議はない。大丈夫。それは明るく、笑った。)
2022/1/5 09:01 [56]
kaname
2022/1/6 13:48 [68]
(制服の上にぼたぼたと涙が落ちていく。公民館に転がる死体の中に両親の姿を発見した時も、町中を駆け回っても自分たち以外の生存者が見つからなかった時も、校舎の窓から幼馴染が飛び降りる様をこの目で見た時も、一粒だって涙を零すことは無かったのに。次から次へとあふれる涙が頬を濡らす。その涙が青々とした葉や、白く滑らかなからだに触れることは無かった。わかっている。彼は壊れかけたこころが見せたまぼろしで、神社の隅に蹲る自分はひとりぼっちだということを。それでも、彼がこうして傍にいてくれるだけで、胸に勇気が湧いてくる。今日を生きることが出来る。肩を震わせながらべそを掻いていた少年は、何事かを打ち明けようとするまんどらごらの声に顔を上げる。情けなく眉を下げたまま、ぱちぱちと瞬きをする。目の縁から涙の粒がまたひとつ生まれた。)……そーなの…………えっ、お前まだ大きくなるつもりなの?(目を丸くして、腕に抱えたそれをまじまじと見つめる。こちらの身長が伸びた分、むしろ以前より小さく軽くなったようにすら思えるというのに。自分と変わらぬ大きさまで成長した大根の姿を思い描いては、「こわ……」と怯えた風に呟いた。ふわふわと頬に触れる葉っぱのくすぐったさに目を細めて、制服の袖で目元をこする。力いっぱいこすったから、目元はほんのり赤くなってしまった。)じゃあさ、その時は……俺がお前に名前つけてやるよ。大根じゃなくて、もっとかっこいいやつ。(彼にはいつの間にやら――もしくは初めから、自分の名を知られていたようであったから。こちらから呼ぶ名前も必要だろうと、穏やかな声で提案をする。彼がひとりで旅立つというのなら、それはつまり別れを意味するのだろう。そうと理解していながら悲観する様子がないのは、その日が永遠に訪れないと信じているからだ。彼には自分が必要だ。そうでなきゃ、階段を上ることすらできないのだから。)んでも、あんまりかっこよすぎると似合わないから駄目だな。(いつもの調子で意地悪を言って、腕の中のからだをくすぐる。少年の耳に石段を上る足音が聞こえてくるのは、もう間もなくのことだろう。)
2022/1/6 13:48 [68]
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ルウト
2022/1/6 20:56 [72]
(ひとりぼっちの彼だけのために生まれた。自意識の始まりももう判然としないが、それでも初めから、彼のことがだいすきで、彼のためだけにそこに居たのは間違いない。彼の涙を拭ってあげることができなくても、永遠に彼の傍にいられなくても、ここに居るのはきっと、本当だ。目を丸くした彼の反応に、小さく首を傾げる。彼が想像したものなんて想像もしないまま、見つめられて恥ずかしげに少し身を捩ったそれは、こぼされた一言にぴたりと止まって、慌てたようにじたばたとする。)こっ こわくないよ ぼく りっぱなまんどらごらだもの!(いつもと変わらないような、他愛のない会話がいとおしい。このまま彼と一緒に、あの学校へ帰りたいと思う。このまま、階段の向こうの気配たちが回れ右して帰ってくれたらいいのにって気持ちが、ないとは言えない。けれど、彼は。彼の、しあわせは。今の状況が変えられないなら、彼のためにできることは。それはくすぐられるまま楽しそうに笑い声をあげた。いつもと同じに。)かっこいいのがいい! かいだんも がんばってのぼるし じゃんぷも かっこよくちゃくちするし すききらいもしないし くらくってもなかないし ぼくも がんばるから(そうして、また彼の手に擦り寄る。大好きな手。その指先を温めてあげることは、できないけれど。しんなりと垂れかけた葉を、ぴんと伸ばす。涙を落とさずにすむから、目がなくてよかった。かっこわるい表情を見られなくてすむから、口がなくてよかった。深呼吸するように、短い沈黙、)だからね ぼくのたびのはじまりは きょうだよ かなめ(彼の名前を呼んだ直後に、彼の背後、階段のほうから複数の足音が聞こえる。それは初めから、知っていた。彼が独りでいる限りは、傍にいられると。言葉にして確認したことなどなかったが、きっと彼も同じだと何故だか、わかっている。)だから かなめも あたらしいともだち いーっぱい つくってね(きゃははと、それは明るく笑う。いつも通りの、なんでもない声が届いている筈だと信じてもいいだろうか。幾つかのライトが神社の境内の一角にちらついても、彼がまだ、後ろを振り返らないことを祈ってしまう。だって旅立つ前にかっこいい名前を、彼から、もらわなきゃいけないので。)
2022/1/6 20:56 [72]
kaname
2022/1/8 06:20 [87]
(腕の中でじたじた暴れる両足を見下ろして、ふすんと鼻から息を漏らすように笑った。唇の端だけを上げて笑う様からは、彼の懸命な主張を小馬鹿にしていることが見て取れただろう。そんな意地悪な表情も、くすぐったさに身をよじり、きゃっきゃと笑い転げる姿を眺めるうちに穏やかなものへと変わっていくだろう。物語におけるマンドラゴラはその悲鳴で数多の人間の命を奪ってきたのだろうけれど、この不思議なまぼろしの笑い声にはひとりの人間を生かすだけのちからがあるようだった。「ぼくも」と言われれば、お前も頑張れと背中を押されている気になって、うんと大きく頷き返す。世界は滅んでしまったけれど、こんな平和な日々がいつまでも続けばいい。そう願うからこそ、続く言葉の意味をすぐには理解できなかった。)今日? そんな……急にそんなこと言われたって、俺……。(揺れる瞳が背後を向く。そこに人影は見えなかったが、足音は確かにこちらへ向かっている。同時に、彼が今日を旅立ちの日とした意味も分かってしまって、少年の顔がくしゃりと歪む。一度引っ込んだ涙がもう一度溢れそうになる。行かないで。ずっとそばに居て。俺をひとりぼっちにしないで。そう叫びたくなる気持ちを堪えるように唇を噛み締めた。今すぐ彼を抱えて走り出せば、きっといつまでも優しい夢を見続けることが出来る。けれど彼はそれを望んでいないから。震える唇でいびつな形の笑みを作って、傍らのスクールバッグからボロボロになった本を取り出した。背後で足音が止まる代わりに、息切れを整える音が聞こえてくる。日暮れの境内に黒い制服はよく溶け込む。もう少しだけ、あと少しだけ時間をください。祈りながら英単語の載った本を捲って、捲って、)root――ルウト。これにしよう。お前の名前。(地面を照らす明かりが境内の隅を照らす。「誰かいるぞ」「まさか」参道の方から囁き合う声が聞こえる。腕の中のいきものをぎゅっと抱き締めて、少年は潤んだ目をしばたたかせた。それから、大切な友人に語り掛ける。)なあ、いつか旅の思い出を聞かせてくれるよな。……その時は、俺もお前に友達を紹介してやるから。お前も友達100人つくれよ。カブとか、ごぼうとか、じゃがいもとか。
2022/1/8 06:20 [87]
root
ルウト
2022/1/8 21:27 [96]
(複数の足音が、彼の耳にも届いたらしい。彼が振り返って見える位置にそのひとたちの姿がなかったのは、彼の腕の中のからだがまだ、ここにあるから分かった。彼のことしか知らないから、それは、にんげんという生き物のすべてを知っているわけでもない。ひとりぼっちになったそのとき、まだこどもであった彼だって、そうだろう。出来るのは、彼が出会う人々のやさしさを祈ることだけ。かみさまのことは知らないが、彼だって、きっと報われるべきだ。ひとりぼっちで3年を生き抜いた、若くて丈夫でやさしいひとだから、きっと、誰にだって大切にしてもらえると思う。鞄を引き寄せる彼の膝の上で、彼の捲るページに次々と現れる英単語を眺めながら、少しだけ葉を揺らした。ほんの僅かばかり残された短い時間の中で、彼が、自分のためだけに選び取ってくれる名。)るうと ぼくは るうと(噛みしめるような、囁くような、めいっぱいの喜びが声になった。初めから自認していた種族でもなく、彼が何度も呼んでくれた見た目に由来する言葉でもなく、ほんとうに自分だけのための名前だ。それは間違いなく、疑いようもなく、幸福だった。嬉しくなって、やはりいつもと同じ、明るい笑い声が溢れた。どんなに笑ったとて、彼の背後の訪問者たちにはそれの声が届くことはない。だからあと少し、あと少しだけ、彼をひとり占めさせてください。)うん ぼくもがんば…… えっ まんどらごらのともだちがいいなあ?!(驚いたように彼の腕の中でからだを仰け反らせ、それからじたばたと抗議する。いつも通りがよかった。彼が忘れるまで、覚えておいてもらう自分の姿は。「でもまあ さつまいもとか なすとか とまととか がんばる……」と神妙そうに頷いて、すぐに堪えきれなくなったようにまた明るく笑うのだ。彼の腕の中からは、離れがたい。)さむいときは あったかくするんだよ あついときは おみずをのむんだよ げんきがでないときは おうた うたうといいよ(彼の頭を少しだけ撫でる。どうかこれから先の一緒にいられない未来に、彼を褒めて、慰めて、笑わせてくれるひとがいますようにと願いを込めて。それから、地面に下ろしてほしいというふうに、彼の腕を器用な葉の先でとんとんと叩こう。別れ道を歩き出す旅立ちは、もう、すぐそこまできていた。)
2022/1/8 21:27 [96]
kaname
2022/1/9 21:28 [108]
(与えられた名を声にして確かめるいきものを見つめながら、少年もまたその名を胸に刻むよう「ルウト」と呼びかけた。その外見にちなんだいつもの愛称も気に入っていたけれど、与えられるばかりだった自分が最後に何かを返せたのなら、これほど嬉しいことはない。手にしていた本は投げ捨てて、腕に抱いたまんどらごらのぬくもりに目を細める。夏にはひんやりと感じた肌も、秋の夜にはあたたかい。いつも通りの野菜扱いに異議ありと暴れる様子を見れば、心までもが照らされる。)うん。でも、ピーマンは友達になんなくていーぞ。まずいから。(きっと今生の別れになるというのに、昨日までと変わらぬ軽口を叩く。どんな時でも笑っている。そんな彼の生き様が好きだから。振る舞いも声もまるで幼い子どものようなのに、親や先生が言い聞かせる時みたいな言い方に、自然と頬が綻ぶ。うんうんとひとつひとつに頷いて、しゃんと背を伸ばした。心配ないよと答える為に。)……ルウト。ありがとう。町に出るのも、夜更かしするのも、かけっこも。お前と一緒で、楽しかったよ。(躊躇する両腕がぎゅうぎゅうと力強くそのいきものを抱き締める。背後に迫る足音は、振り返らない人影を警戒してか、慎重に距離を詰めてくる。地面に向かって独り言を言っている背中を見れば、誰だってそうしたに違いない。小さな友人の両足がちゃんと地面に着いたのを見届けてから、その手を離す。鼻先がつんと痛んだ。彼との別れを不幸だと嘆くより、この出会いをしあわせだと思うべきなのに、散々擦ったまなじりには涙の粒が浮かんでいた。)また遊ぼう。お前が俺を、俺がお前を忘れなければ、きっとまた会えるから。(自分の手で薄ら滲んだ涙を拭って。最後にそっと手を差し出した。握手を求める右手は、彼が触れる前に引っ込んで、代わりに握った拳を突き出した。その方が友達らしいと思ったからだ。――「大丈夫ですか?」懐中電灯に照らされて、少年の影が地面に伸びる。さあ、お別れだ。深く一度頷いて、ゆっくりと立ち上がる。握ったままの右手は震えていた。)
2022/1/9 21:28 [108]
root
ルウト
2022/1/10 12:08 [115]
(ほんの少しでも、彼の表情が和らげば嬉しい。素直に感情を吐露してくれるのももちろん、嬉しい。強く抱きしめてくれる腕にしあわせな笑い声を溢しながら、「ぼくも」と頷いた。何気ない日々、それはいつでも彼の傍にいた。いつでも、たのしかった。求めに応じて彼の腕が緩められる。大切なものを扱うみたいなやさしい手が、やっぱり嬉しい。白い両足でしっかりと地面を踏みしめ、その場で何度かスキップみたいな足踏みをした。)うん あ あと! ごあいさつも わすれないようにするんだよ(彼の背後のひとたちは、暗がりに蹲る人影を警戒しながらも、顔を見合わせて小さく頷きあったようだ。彼らは未知の誰かとの対話を諦めずにいてくれるらしい。いいひとたちだといいな。幾度目かにそう願い、差し出された拳に少しまるめた葉の先をトンっとぶつける。聞いたことのない、声がした。知らないひと。頷く彼を励ますように、それも小さく頷いてみせる。)ありがとう だいすきだよ さようなら かなめ(立ち上がる彼を見上げて、それは機嫌よさそうに葉を揺らし、いつもと変わらぬ声で言った。明るく甘い、鮮やかな声だ。彼の震える手を握ってあげることはできない。それでも、きみならきっとだいじょうぶ。がんばれのエールの代わりに、その場でぴょんと小さく跳ねた。ぼくも、だいじょうぶ。それじゃあ、) またね (嘘としてではなく明るく笑って告げてから、それは彼から離れるように駆け出した。一度も振り返らずに、近くの、背の高い草むらへとまっすぐに迷いなく飛び込む。自分の姿を彼から、隠すように。なにかを叫び出したい気持ちが湧き上がってくるようだったが、声が途切れたらさいごの瞬間が彼に伝わってしまうだろうから、ぐっとこらえてただ走る。彼の幼馴染みたいに自分も彼を置いていくけれど、だからこそ彼に、彼のくれたこのいのちが消える瞬間を見せるのだけはいやだった。そのまままっすぐ、まっすぐ、止まることなく一生懸命走っていく。すり抜けていくから立ち塞がる草にも地面の小石にも邪魔されぬとはいえ、実際に、残された時間で小さなからだがどれほどの距離を進めたかは定かでない。しかし、この別れが旅立ちだと彼に言ったのはそれ自身だったから、ふつりと存在が途切れる瞬間まで、それは確かに走り続けた。そのいのちのはじめからさいごまでただまっすぐに、彼のしあわせだけを願ったいきものだった。)
2022/1/10 12:08 [115]
kaname
2022/1/11 04:45 [130]
(不愛想で不器用な男から生まれているはずなのに、そのまぼろしが紡ぐ言葉はいつだって優しかった。最後の最後まで世話焼きなまんどらごらに肩を竦めて、わかったよと首を縦に振る。きっと他意は無いのだろうが、出会いの日、挨拶もせず石段のてっぺんから"大根おばけ"を投げ捨てたことを今更になって責められているようにも思えて。ほんの少し、眉が下がった。まんどらごら4匹とちょっとの高さから友を見下ろして、心の中で「さよなら」を告げる。いつも通りのぶっきらぼうな声で。いつも通りの仏頂面で。いつもより、瞳を揺らしながら。)またな。(震える右手には、彼がくれたたっぷりの勇気と優しさ、そして幸福が宿っている。跳ねるように駆け出したそいつが草むらに消えた瞬間、冷たい風が通り抜け、ガサガサと草葉が揺れる音がした。まるで勇敢なまんどらごらが、草を掻き分けながら進んでいるような。そんな錯覚に目頭が熱くなる。息を大きく吸い込んで、俯かせていた視線を持ち上げる。たとえ実体が無くとも、最高の友人だった。彼は。それは誰にも否定できないことだ。踊るように軽快に、くるりとその場で振り返って、怪しい者じゃないですよと言いたげに両手を掲げる。)はじめまして! ……それから、えー、こんばんは?(言いつけ通りに礼儀正しく挨拶をして、ぎこちない笑みを浮かべる。突然振り返った少年に驚く声と、後退る足音が聞こえた。懐中電灯の明かりが眩しくて細めた視界の端に、ギラリと光る刃物が見える。彼らもまた、この滅びた世界の中で必死に今日まで生きてきたのだろう。大丈夫、怖くないよ。そう伝えたくて一歩を踏み出す。鈍く光る刃を向けられても怖気付くことなく、立ち止まることなく。)俺以外、みんな死んじまったんだと思ってた。……よかった。ほんとに、ほんとによかった。(情けなく震える声と、今にも泣きだしそうな目元。何より空っぽの両手が少年に敵意が無いことを示していた。「学生さん?」「もう大丈夫だ」「よくがんばったね」あたたかな言葉と共に、先頭の男性が手にしていた刃物が下ろされる。同時に駆け寄ってきた彼らが周囲を取り囲み、肩や背を労わるように叩いてくれた。我慢していた涙が溢れそうになって、ずず、と鼻を啜る。彼がだいすきだと言ってくれた自分は、ちょっぴり強がりな男の子だから。涙の代わりに、笑顔を湛えよう。)俺は要っていいます。見ての通りの――……(きっと、生涯、少年とまんどらごらが再会する日は訪れないだろう。もう二度と、ひとりぼっちになることも、さみしさを感じることも無いからだ。それでも少年は忘れない。大切なともだちの名前と、彼がくれたとびっきりの幸せを。「がんばれよ」ささやく声は秋風に乗って、夜の空に溶けていく。)〆
2022/1/11 04:45 [130]
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